縮まる距離
こちらは本日二話更新した内の二話目になります。前話はガールズ・ラヴの要素を含みますので、苦手な方は飛ばしてこちらからお読みください。
テオドール殿下の症状は、施療記録から見ればやはり気の乱れによる経絡、つまり気の通り路の詰まりからくるものだった。不定期に体を襲う痛みや不快感、心臓への負荷も大きく、激しい運動が出来なくなる。
黒術による鎮痛、鎮静、脈の安定化は確かに苦痛を和らげる。だが、根本的な解決にはなっていない。お茶もそう、症状を穏やかにするだけだ。
テオドール殿下がきちんとした治療を受ければ、症状は治まる。長い年月をかけて、根気強くやっていく必要があるだろうが、そこは我慢してもらいたい。
わたしはこの記録を持ってきてくださったセリーヌ姫殿下に心の中で感謝した。久々に力を使ったが、姫殿下は実に良い仕上がりだったように思う。
……暗示が使えなかった頃より、ずっと自然に、滑らかに魅了出来ていた。女性にしか使えないが便利過ぎる裏技である。本人の知らぬところで尊厳を踏みにじる行為……だからこそ、極力使わないようにしてきた。
教会の導師に指摘されるまで全く無意識に使っていて、使わないよう制御出来るようになるまでの苦行を思い出すと気分が暗くなる。
しかし、この記録をいつ返しに行こう。早い方が良いな。
そもそも着替えていないし。
「……げ」
ドレスの胸元に、セリーヌ姫殿下の耳飾りが片方、落ち込んでいた。思わず自分の身に付けていた宝飾品を確認したが、欠けはなかった。
返しに………は、無理ですね。
見なかった事にして、引き出しに仕舞った。
◇◆◇
夕飯を終えて、ギュゼル様のお帰りを待つ。
早くギュゼル様と、テオドール殿下の治療について話し合いたかった。思った通り、今日はテオドール殿下ではなく騎士がギュゼル様の護衛として付いていた。
「お帰りなさいませ、ギュゼル様」
「ルべリア! ただいま戻りました。今日の夕食会には、テオドールお兄様も、セリーヌお姉様もいらっしゃらなくて寂しい会だったわ。その代わりに、お父さ……国王陛下とたくさんお話ししたのよ」
「それはよろしゅうございました」
そうか、姫殿下はお出にならなかったか……。
少し罪悪感が湧く。
「送ってくれてありがとう」
「勿体ない御言葉です。それでは、失礼します!」
威勢の良い挨拶と豪快な一礼をして、騎士は小路を戻っていった。
「ルべリア、お兄様から手紙が届いたの。素描の最中にお倒れになったんですって?」
「はい。ですが、私はその場では何も出来ませんでした」
「それは仕方ないわ……。ずっと病弱だというお話だから」
「それが、私はテオドール殿下と同じ症状が表れた者の治療法を知っているのです」
私はギュゼル様に気の乱れと経絡について話した。
しかし、ギュゼル様の反応は懐疑的だった。
「でも、長年診ていた医師が何も仰らないのに……」
私がいた西部では割りと一般的な治療法だったと思うが、そう言われると困ってしまう。
「……とにかく、お兄様にお伝えしてみましょう。私が何か出来るわけではないんですもの。もし治療が上手くいったら、お手柄ね、ルべリア」
「手柄はともかく、殿下の苦しみが和らぐとよろしいですね」
「ええ、本当に!」
明日も絵のモデルを引き受ける予定だ。忘れずに太陽の首飾りを返さなくては……。
◇◆◇
朝、爽やかな目覚めが訪れて、わたしはさっと寝台から下りた。訓練場に行かなくても鍛練は出来ると、テオドール殿下は昨日教えてくださった。だったら、わたしは庭で鍛練しようではないか。
走り込みは出来ずとも、筋肉を鍛えたり、素振りをしたり、突剣術も……いや、突剣術はやめておこう。胸が、苦しくなるから。
今日もあの恥ずかしい服を着なくてはならないのは嫌だが、ギュゼル様の、そしてテオドール殿下のためなら仕方ない。
わたしは剃刀で手入れをして、体に油を塗り込めた。ふむ、もう少し筋肉が付いていても良いのに……。ままならないものである。
愛らしいギュゼル様が起きていらして、今朝は私も支度を手伝わせていただいた。
髪がまた伸びていらっしゃいました。黄金の輝きも一段と美しく、妖精から本物の淑女へと近づいていくギュゼル様。でも、どうかあと少しだけで良い、このあどけない笑顔を守らせてください。
………アウグスト様がお帰りになったら、一度だけお会いしに行こう。ギュゼル様を害する犯人が見つかったら、わたしはここを去って、遠くからギュゼル様の幸せを願うことにしましょう。
◇◆◇
ギュゼル様を迎えに来られたテオドール殿下は、お顔の色も良く、回復されたように見えた。わたしが見つけた治療法については、ギュゼル様からお伝えしてくださるそうだ。
「いってらっしゃいませ」
「いってきます」
笑顔のギュゼル様を送り出す。ギュゼル様は、今日は一日、陛下とお過ごしになられるとか。段々と王族の一員として認められつつあるのだろうか。
城の中は安全だ。
だから、今の内に早く犯人を……。
「ルべリア、大丈夫?」
「!」
「怖い顔をしているよ。リラックス、リラックス」
「テ、テオドール殿下……」
テオドール殿下がいつの間にか目の前にいらっしゃって、わたしの顔を覗き込んで、にこりとお笑いになった。そのまま、頭をぽんぽんと叩かれる。
わたしは急に恥ずかしくなり、俯いてしまったが、テオドール殿下はしばらくそうやっていてくださった。




