贈り物
改めて朝食を摂っていると、タンジー婆やがさっきの仕返しとばかりにわたしの頭を叩いてきた。よけるつもりが、ちょっとばかり面積の大きなものだったので当たってしまったのだ。
「届け物だよ、パン泥棒」
「泥棒は酷いですよ……」
食卓に置かれたのは、薄手の布に包まれた木箱だった。包装を開くと仄かに鈴蘭の香りがした。贈り主は明白だ。
そっと蓋を開けると、まるでピンクの花束が敷き詰められているようだった。わたしがアウグスト様におねだりした外国のハムである。
「わぁ、嬉しいです!」
「なんだい、色気のない。焼くのかい?」
「焼くなんてとんでもない! 婆やもパンに挟んで食べてみてください。チシャも入れましょう。あ、乾酪とも合いますよ。奥様、奥様も一緒にいかがですかー?」
奥様も婆やも、朝食がまだだったので一緒にハムを挟んだパンをいただく。ストーヴの上で焼いたパンがカリッとしていてハムの柔らかい塩味とよく合う。二人とも問題なく食べられているようだ。美味しいと思ってもらえたのなら、それは何より。
「こんな高そうなもんをアンタなんかにくれるなんて、誕生祝いか何かかい?」
「いえ、アウグスト様からご褒美にいただきました」
なぜか黙り込む婆や。
「な、何でも好きなものをねだって良いと言われたんです。だから、どうせなら美味しいものをと思って……」
何か言わないといけない気になって言い訳に走ると、盛大に溜め息を吐かれてしまった。何がいけないんでしょうか。
「次は骨付き肉でも頼むのかい?」
「あ、それは良いですね」
「やれやれ、馬鹿娘が……」
「あ、ほら、ルべリア。ギュゼル様がお手紙を書いていらしたの。城の配達部へ回してもらえないかしら?」
奥様がわたしに気を遣って、話題を変えてくださった。
奥様はお優しくて大好きです。婆やも好きですが、いつも怒るか馬鹿にするかなので優しくありません!
手紙の宛名を見ると、エルンスト少年に出す手紙のようだ。
そういえばギュゼル様はショコラの送り主をエルンスト少年だと思っていらっしゃるのだったなぁ。
確かに御礼の手紙を出す頃合いだ。早すぎず遅すぎず、レディの嗜み読本の通り。さすがギュゼル様! わたしはすっかり忘れていましたよ。
「これはわたしが直接持って参りましょう」
「あら、でも……」
「昼食には戻ります。婆やの作ってくれる食事が一番の楽しみですから」
「はいはい、行っておいで。狼に気をつけるんだよ」
「王都に狼なんて出ませんよ?」
「いいからさっさと行け」
いつもながら酷いなぁ。
「では、奥様。行って参ります」
「行っていらっしゃい」
ミントの葉をよく噛んでから水を飲み、わたしは出立した。
◇◆◇
キンバリー伯爵家に来るのも二度目、慣れた足取りで裏へ回り、手紙を使用人に渡す。そのまま帰ろうとすると、引き留められてしまった。
伯爵様には御会いしたくないんですが……。
怖いんですもん、あの方。
願いも空しく、通された客間に伯爵がすでにいらっしゃった。エルンスト少年もいるが、この短期間に痩せてしまったように見える。
ただでさえ細いのだから、ちゃんと食べて筋肉をつけないと。吹けば飛ぶような体では貴族は勤まりませんよ? アウグスト様も細いが、しっかり筋肉がついていらっしゃるのが体捌きで分かる。まぁ、わたしとしてはトマス殿くらいにがっしり付いている方が望ましいかな、と。
「手紙をわざわざ持ってきて下さるとは、ご苦労だった、ルべリア・ラペルマ殿」
「いいえ、わたしの役目ですので。勿体ないお言葉です」
「さて、三の姫殿下におかれてはお元気と伺う。その後はお変わりはありませんでしょうな」
「はい、我が主人は恙無く勉強に励んでいらっしゃいます。わたしはこの辺で……」
「第二王子殿下はまだ王都にいらっしゃるようだが、ご健勝だろうか」
「っ、わたしには、答えようも……」
「昨日は殿下の遠乗りにも付いて行ったと聞くが?」
「……はい、殿下はお変わりなく過ごされていらっしゃいます」
背中に汗が滲む。
これはそう、わたしとアウグスト様に繋がりがあるなら、ギュゼル様の暗殺未遂犯をアウグスト様も追っている筈、だから伯爵の無実を伝えろと、情報を持っているなら寄越せという圧力だ。
勿論、伯爵から「知っている事を言え」とは口に出せない。だが、わたしが勝手にペラペラ喋る分には伯爵に疵はつかない。
アウグスト様からはキンバリー伯爵に伝えよとも伝えるなとも言われていない。しかし、わたしはショコラを買い求めた商人の名前しか知らないのだ。あれから事件についてアウグスト様やトマス殿の口からは何も出てきていない。
伝える程の情報なんて……。
「わたしはもうすぐ登城せねばならないのだが、ラペルマ殿はもう少し拙宅でゆっくりされるが良いだろう」
「いえ、その……」
「昼食もすでに用意させている。そうだ、私の息子が庭を案内したいそうだ。無論、私が直々にお相手しても良いが……?」
帰りたい……。
「ラペルマ殿、ゆるりと楽しんでいってくれ」
キンバリー伯爵の手が、肩に食い込む程強く握られてから離される。……傷つけられはしないだろうが、引き留めてもおかしくない時間ギリギリまではここから帰す気がない、というアピールだ。
エルンスト少年はすまなさそうな表情だが、父親に言い含められているのだろう、何も言わなかった。
うぅ、もし知っている事を話して、それが言ってはいけない事だったらどうしよう。昼食には帰ると約束したのに、また心配をかけてしまう。
わたしが考え込んでいる間に、キンバリー伯爵は出立してしまった。エルンスト少年が側に来て言った。
「すまない、ラペルマ殿。父は強引だし融通の利かない石頭だが、あれでいて正直な人なんだ。おかげで敵は多いけど」
「ご立派な御方だと聞いています」
「どうか、父を助けて下さい。僕みたいな不肖の息子のせいで父が失脚するなんて、おかしいです。僕がもっとしっかりしていれば、濡れ衣なんて着せられなかったかも……」
エルンスト少年はうっすら涙を浮かべて、唇を噛み締めていた。この少年が悪いのではない。隙があったのは事実だが、彼はまだ成人もしていないのだから、仕方ないと言える。
「ギュゼル様は貴方のことを、心憎からず思っていらっしゃいます。貴方は悪くない。顔を上げて前を向くべきです」
「ラペルマ殿……」
「ルべリアと、お呼びください。ギュゼル様もそうお呼びになります」
「ありがとう、ルべリア」
エルンスト少年の笑顔を見たのは、あのパーティー以来初めてだ。わたしは、知っている事は全て話すことにした。後で怒られるかもしれないが、キンバリー伯爵なら上手く立ち回ってくれるだろう。彼の息子曰く、有能らしいので。




