ルべリアとテオドール
朝だ。
今日も走り込みをして鍛練しよう。朝の冷たい空気が心身を清めてくれる気がする。
「ルべリア、起きてる?」
「ギュゼル様。はい、起きています」
「入っても良い?」
「勿論です」
戸を開けると、三つ編みにした髪の毛を両耳の横から垂らしたギュゼル様がいらっしゃった。寝間着が可愛らしい。是非とも記憶に刻み付けておきましょう。
「おはよう、ルべリア」
「おはようございます、ギュゼル様」
わたしとギュゼル様は、昨日なにがあったとか、城の中の豪華な部屋についてなど、他愛ない話をたくさんした。昨日の夜はお喋り出来なかったので、それを気にされてわざわざわたしとの時間を取ってくださったのではないだろうか。
たった二日、離れている時間が長かっただけなのに、今はギュゼル様を少しだけ遠く感じる。慣れない城での生活は不自由していないか、新しく付いた騎士とは上手くやっていけているのか。心配の種は尽きない。
「あのね、ルべリア。私はね、ずっとルべリアと一緒にいたいと思っていたの」
「ありがとうございます、わたしもです」
「でも、テオドールお兄様が、それは無理かもしれないって……、そう仰るの」
「…………」
「やっぱり、ルべリアもそう思うのね。お母様もそう仰るのよ」
「ギュゼル様……」
ギュゼル様のお顔が、くしゃっと泣き顔に変わる。
よく見れば、目の下が擦ったように赤い。寝起きのむくみではなく、まさかずっと泣いておられたのではないだろうか。
そう思うと、いてもたってもいられずに、ギュゼル様の小さな体をぎゅっと抱き締めていた。
「るべりぁ……ずっと側にいて……行ってしまわないで……ぉねがい……」
「ギュゼル様!」
「わがままなの……わかってる……、でも、さびしい……、さびしいよ!」
「ああ、泣かないでください、わたしの愛しい御方。出来るものなら貴女様の悲しみを全て取り去ってしまいたい……」
「……ルべリアが男のひとだったら、私の初めての口づけをあげられたのにね」
「勿体ないお言葉をありがとうございます。お気持ちだけでも充分報われます」
わたしとギュゼル様はしばらくの間、二人で抱き合っていた。
言葉はいらなかった。
だが、ギュゼル様のお腹から可愛らしい囀ずりが聞こえてきた。そろそろ朝食のために仕度をするべきだ。
「さぁ、姫、朝を告げる鳥の声がしましたよ」
「うふふ、ルべリアったら。まぁ、仕度をしないとテオドールお兄様が来てしまわれるわ!」
「わたしがお相手しておきましょう」
「お願いね、ルべリア」
軽い足音を立てて、ギュゼル様は駆けてゆかれた。
やはり良い足をしていらっしゃる。反復横跳びを教え込みたい……。登攀や、滑空や、裸の馬に乗る方法も……きっと役立ててくださるに違いない。
◇◆◇
顔を洗い、さっと騎士服を身に付けて、髪を整える。
無発酵のパンをストーヴの上からさらい、さっと口に入れる。
婆やの拳を避けて、山羊の乳をカップに一杯。ミントを噛み水で口をよくゆすいだら支度はとりあえず出来たと言える。
ギュゼル様を見送ったらきちんと朝食をいただこう。
朝の訓練をすっぽかしたのは久し振りだ。だが、アウグスト様と鉢合わせする可能性があったので、行かなくて良かったのかもしれない。
離れの前で待っていると、騎士を一人伴って王太子殿下がいらっしゃった。本当に御本人がずっと迎えにいらっしゃるおつもりなのだろうか。妹思いの優しい御方だ。
「おはようございます、王太子殿下」
「おはよう。君がルべリアさんかな。ギュゼルからよく話を聞くよ」
「勿体ないお言葉をいただき、ありがたく存じます。わたしのことは、ルべリアとお呼びください」
王太子殿下は手を上げると、騎士を離れた場所でお待たせになった。わたしと話すおつもりなのだろうか。
「本当はもっと早くに君と話したかった。いつもはギュゼルを送ってすぐ別れるから、話も出来なかったものね」
「わたしのような者に、何か御用件がお有りなら……」
「堅苦しくしなくても良いよ。話とは、ギュゼルのことだよ。城の中では僕がちゃんと見ているから、安心して欲しいと思ったんだ」
「それは……」
「ショコラの話もアウグストから聞いている。大丈夫、城は安全だよ」
「あ、ありがたく存じます!!」
わたしは深く頭を下げた。
アウグスト様にも感謝をしなければならない。王太子殿下がこうして直々に来てくださるのも、アウグスト様のおかげだ。
「何と御礼をすれば良いのかもわかりませんが、王太子殿下がギュゼル様をお守りくださり、本当に感謝しております。ギュゼル様の騎士として、出来ることは何なりとお命じください」
「ああ、頭を上げて……。僕の妹のことなのだから、むしろルべリアに礼を言わなくちゃいけないよ」
「勿体ないお言葉です」
「本当に、良いから、ね? もし僕に何かしてくれると言うなら、今度、絵を描かせてもらいたいね」
「絵、ですか?」
「そうだよ。僕は絵を少し嗜むからね」
そこへ、扉が開いてギュゼル様が駆けていらっしゃった。
金の髪が朝陽に輝いて、その妖精のような小さな顔を煌めかせる。絵にするというなら、ギュゼル様こそ相応しそうなものだが。
「テオドールお兄様、お待たせして申し訳ありません」
「いいや、楽しく過ごしていたよ。ルべリア、また今日のお茶の時間にね」
「えっ、は、はい……」
思わず返事をしてしまったけれども、いったいどういう意味なのか……。王太子殿下とギュゼル様のお二人は、仲睦まじい様子で歩いていかれた。




