アウグストの思惑
「それで、聞かれて何と答えたんだ」
「アウグスト様は意地が悪いので、きっと何をしても満足なさらないかもしれない、と答えました。泣きそうな顔で帰っていきました」
「……おい、それじゃあ私ではなくお前が意地悪なんじゃないか」
困った表情が可愛かった、などと主人を喜ばせることを言ったりはしない。思えばなるほど、確かに少し意地悪だったかもしれない。トマスは顎に手をやった。
「アウグスト様だったらそうするかと思いましたので」
「馬鹿言え。私はあれに何の期待もしていない」
酷いことをさも当然のように言う。だが、それに続く言葉は、考えようによっては優しい、のかもしれない。
「私はルべリアが何をしようと、何を持ってこようと構わない。あれがすることに対しては何の期待も、こうだったら良いという希望も、一切持ちはしない。私はルべリアが、私に対してどう奉仕したいのか、それだけが知りたいのだ」
「と言われますと?」
「手料理でも、詩を暗誦するでも、楽を奏でるでも良い。私をどうやって喜ばせようとするのか、そこが重要なのだ。要はルべリアの誠意だな」
「色仕掛けできたらどうします」
「ありがたくいただこう。私は据え膳は余さず平らげる主義だ」
……全く、仕様のない御方だ。
「そう言えば、ギュゼルから面白い手紙が届いていたぞ」
「そのようですね」
トマスが部屋に入ってきた時に高笑いしながら手紙を割いて焚き付け入れにねじ込んでいた事からそれは分かっていた。
「ははは、手紙には『ルべリアは私の騎士なので盗らないでください』とあったぞ。馬鹿な事を……あれは絶対私が貰う。余さず全て私のものにしてやる」
「心は無理矢理にどうこう出来ませんよ」
「いずれ心も向こうから差し出してくるさ。言っただろう、私の口づけを嫌がる女はいない。ルべリアもギュゼルより私に仕えたいと言ってくるさ」
「それはどうだろう」と思ったが、トマスはその台詞も飲み込んだ。
それにしても今朝の勝負の容赦のなさといい、この方はルべリアに辛く当たりすぎなのではないだろうか。実の妹にも冷たいし、ルべリアにだけ優しくなりはしないだろう、とは思う。思いはするが。
この方は変わったと思ったのだが。
トマスは心の中で唸った。
そして代わりに、ふと思いついたことを口にする。
「まさかと思いますが、アウグスト様はルべリアの年を知らない、なんてことは……」
「知らないがどうせ同じ年くらいだろう」
「…………」
「違うのか?」
トマスはあっちの方を向いて黙った。
そういえば、言っていなかった、かもしれない。
「そんなに違いはしないだろう。まさか年上なんじゃないだろうな。別に構わないが兄上より年上だとちょっとな……」
「いえ、ルべリアはアウグスト様より年下です」
「ふぅん?」
「五つ違います」
「へぇ……。五つ……。五つ?」
「はい。ルべリアは今年で十九だそうです」
「まだ駆け出しじゃないか……」
アウストラル王国でも周辺国でも、大抵は女子の成人年齢は十二だ。それは結婚を早めるためと言われている。家と家の結び付きである結婚は、貴族社会において重要な外交手段となり得る。逆に王族は離縁出来ないので結婚には慎重だ。いずれにせよ成人して結婚したからといって夫婦の関係を始めるのには十五になるまで聖殿から許可が降りない。平民も同じだ。
男子は十五で成人し、仕事を始める。
例え貴族の息子でも仕事の最初は見習いであり、また仕事が出来なければ爵位は継げず、別の仕事を探し、それでも駄目なら職人階級に落とされる。職人にもなれなければ畑を耕すことになるのだろう。
貴族の男子は、成人までは勉強に武術にと遊ぶ暇なく詰め込まれ、成人してからは辛い仕事が待っている。中にはわざと貴族から外れて商人になったり芸術面で活躍するなど、のんびりした暮らしを楽しむ若者もいる。
無能力者であることが許されない社会なのだ。だからこそ平民から貴族に取り立てられたり、貴族の養子になったりと機会に恵まれる者もいるのは確かだ。
話は逸れたが、つまり、成人してもある程度の経験を積まねば一人前の大人とは認められない、という事である。ルべリアの年齢は、子供からみたら大人に見えるだろうが、大人からみればまだまだひよっこなのだ。
「お伝えしていなかった自分の失態です。申し訳ありませんでした」
「いや、私も確認しなかった」
「ですので、次からは手加減をお願いします」
「仕方ないな。色々と教えてやろうと思っていたのに」
「…………」
「少しくらい役得があっても良いだろう! そんな目で見るな!」
トマスはわざと大きく溜め息を吐いた。
「大丈夫だ、ちゃんと分かっている」
「本当に?」
「しつこい!」
アウグストは振り返ってトマスをぐっと睨み付けた。トマスは胸を張り、顎を反らして言いくるめられないように心構えをする。
「大体、お前の方こそ何だ。ルべリアに惚れでもしたか!」
「いいえ。アウグスト様が横暴だから気にかけているだけです」
「この……! なんて従者だ」
「アウグスト様こそ、かなり執着しておられますがルべリアに心を預けていらっしゃるのではないですか?」
「馬鹿な……。今まで私が色恋沙汰で本気になった事があるか?」
「いえ、まっったくありません」
「……その物言いには腹が立つ」
「では、大丈夫なんですね」
「ルべリアは連れていく。痛みと苦しみから逃れるためにはあれが必要だ」
「戯れに側に置いて、醜聞にならないようにご注意ください。貴方様は国の要なのですから」
「ふん、下らんな。……あの娘が一生を棒に振る前には解放しよう」
思案するように口許に畳んだ指を持っていくアウグストは、言葉とは裏腹にさらにルべリアを求めているようにトマスには思えるのだった。




