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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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ルべリア、大いに悩む

 アウグスト殿下とトマス殿のお二人と別れて離れに戻ると、ギュゼル様が朝食のために城へ行く準備を終え、王太子殿下をお待ちになっていらっしゃった。



「ルべリア、訓練お疲れ様! (わたくし)は今日からお城で朝食なの。すごく緊張するわ……」


「ギュゼル様ならきっと大丈夫ですよ。作法のお勉強をしっかりとなさっていますから」


「ええ、そうね。ちゃんと出来たら嬉しい」


「あ……、あの、少しご相談が……」


「なぁに? 何でも言って!」



 ギュゼル様は身を乗り出すようにして仰った。

 瞳がきらきらしていらっしゃる。しかし、「アウグスト殿下に何か差し上げたいのだけれど、どうすれば良いのか分からない」という話をすると、急に熱が冷めたかのようにギュゼル様の瞳も輝きを失ってしまわれた。



「好きじゃないって言ったのに……」


「あ、いえ、その」



 理由を説明するには、今朝、アウグスト殿下に挑んでこてんぱんに敗かされた出来事を話さなくてはならない。かなり恥ずかしい……。



 これをお聞きになったギュゼル様は、とても驚いて目を丸くされた。



「ルべリアが、敗けたの?」


「はい」



 得意種目ではないとか、言い訳はしない。

 殿下は黒術(こくじゅつ)により武功を立てていらっしゃるから、個人的な剣技はさほどではないだろう、と(あなど)り敗けたなんて……。ああ、穴を掘って入りたい。



「アウグストお兄様ってお強かったのね……」


「かなりの腕前でした」


「ルべリアが力負けするなんて」



 いえ、技に負けたんです。

 突くことしか出来ない剣で、その技だけを競う突剣術(フェンシング)……わたしは力に任せて剣で薙ぎ、払い、盾で押し込む近接戦闘の方が得意です。槍はそこそこで、弓に至っては飛距離はあれど当たらないという……。ぐう……。



「ともあれ、何か喜んでいただける物を贈ろうかと思いましてご相談を」


「アウグストお兄様の好みは、よくわからないわ。ごめんなさい、役に立たなくて」


「そんな、謝らないでください。わたしが悪いのです」


「テオドールお兄様に聞いてみるわね」


「ありがとうございます」



 ギュゼル様の出立を一同で見送り、わたしは嘆息した。

 ギュゼル様について城に入れないのはわたしの未熟(ゆえ)だ。届け物なら城に入っても許されるだろうが、ギュゼル様は、きっとわたしみたいにそそっかしくないだろうし。



 ギュゼル様のことを考えればこれは良い変化だ。城に入ればその身は安全であるし。姫を害する者などいはしまい。



 そして、姫として扱われるということは、公務などに関わるということ。ただ結婚させられるために離れに置かれていた今までとは全く違う。



 さらに何よりも重要なのは、ギュゼル様の賢さや美点をアピールして、ギュゼル様がただの飾りではないと証明する実績になるという点だ。ゆくゆくは有力な貴族(今はキンバリー伯爵が第一候補)の後ろ立てを得て自由に振る舞えるようになれば……。そうしたら不幸になることはない。奥様もギュゼル様の側にお立ちになれるし、嫌な結婚は断れるし、良いことずくめだ。そう信じたい。



 例えわたしがそのとき側に立てなくても。



 わたしみたいに変な能力のある落ちこぼれの騎士じゃなくて、ユージェニア隊長のように強く美しく賢い騎士がギュゼル様をお守りするだろう。わたしの剣はギュゼル様に捧げたい。けれど、受け取ってもらえるかは……。



 いけない、今は出来ることをやろう。ギュゼル様は心配ないのだ、わたしの役目はこの離れを守ること。



 そして、アウグスト殿下の期待を裏切らないという、無理難題……を何とかすることだ。



 これは、あれだ。飼っている猟犬が自力でどんな獲物を持ってくるか、みたいな。もしくはどんな芸を見せてくれるかな、みたいな……。こう、なんというか、もうちょっと人間扱いしてくれても良いんじゃないかな……なんて。贅沢な考えですかね。



 満足させられるまでやり直しだったらどうしよう。



 怖い想像は捨てて、現実的な案を考えましょう。そうしましょう。そうだ! 奥様なら何か良い案をお持ちかもしれません!!





◇◆◇





 わたしの突撃に、奥様は困ったように微笑まれた。



「私は……、陛下には求められるばかりで、自分から差し上げたことは無いような……」



 陛下……。そうか、奥様のお相手って……。

 わたしは軽はずみにとんでもない(かた)にご相談してしまったのではないでしょうか。聞いてはいけないことを聞いてしまいそうな気がする……!



「ごめんなさいね」


「い、いえ、とんでもないことで……」


「ああ、でも、私の故郷のお菓子を作って差し上げたときは喜んでいただけたと思うわ」


「お菓子ですか!」



 それは良い考えです!



「奥様、ありが……」


「無理だよ、奥様。こんの馬鹿娘に菓子が作れるわけない」


「そんな……」


「作れるかもしれないではないですか!」


「作れるわけないんだよ」


「どうしてですか!」


「林檎一つ切るのもガタガタで、変色させちまうのに、粉を正しく計ったり焼き加減を見るなんてできっこないね」


「…………」



 は、反論出来ない……。



「る、ルべリアは何が得意なの?」


「体力には自信があります!」


「うーん……」



 助け船を出してくださった奥様も黙ってしまわれました。



「他に聞きに行けるヤツはいないのかい?」



 タンジー婆やの言葉に、わたしは一人、確かな人物に思い至った。そうだ、彼に聞けば良いと!



「行って参ります!!」



 わたしは大手を振って離れを発った。

ルべリアさんはどこまでポンコツになっていくんでしょうか…。

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