目覚めて
恥ずかしいことに意識を失い、どれ位経ったか分からなかった。起こされた時、部屋が暗かったためにすでに夕刻かと勘違いしてしまったのだが、トマス殿が時間を教えてくれ、わたしは身繕いをしてから昼食の席に着いた。
……最初は遠慮しようとしたが、すでに配膳されていたし、断れなかった。
昼食を摂りながらわたしの瞳についての話をぽつりぽつり語っていく事になった。大して面白みのない話であるが。
「わたしが生まれた時、ちょうど魔導師様がいらっしゃったそうです。稀な才能だと仰ったそうで、わたしはあまり使えませんが、本来なら、白術を意のままにする事が出来るとか」
「私が黒術を使えるのも同じ事だな」
「はい。でも、体に負担がかかると。陽の気が溢れるくらい体にある時、わたしの目は赤く光るのです」
「さっきも光っていたが、気は尽きていたのだろう?」
「気が尽きたので、大気から取り入れようとして光っていたのです。今は落ち着いて赤も濃い赤茶色に見えるはずです。不気味でしょう、まるで魔物のような……」
「美しい色だと思うがな」
アウグスト殿下の呟きは、わたしにとてもショックを与えた。まるで頭の上に金盥でも落ちてきたようだ。
「う、美しい、ですか……?」
「ああ、まるで極上の紅玉のようだ」
ようやく絞り出すように聞き返すと、事も無げに最上級の誉め言葉をいただいた。かぁっと耳まで熱くなるのが分かる。動悸が激しい。
この男は、危険だ。わたしの少ない脳みそが大きな警告音を発していた。
◇◆◇
「先程は、朝の走り込みで陽の気を使い過ぎたとか言っていましたか?」
トマス殿の質問に、わたしは我に返った。
「はい。体に負担をかけないために、普段から体を動かして気を発散させているのです。わたしの場合、気が溜まり過ぎるとご婦人がたが少々当てられて人事不省になってしまわれる事もあるので」
「なるほど。ではアウグスト様も今日から鍛練した方が良いですね」
「今日からか?」
「ええ。反省も兼ねて」
「ぐ……。そう、だな」
アウグスト殿下は悔しそうに歯を噛み締めていらっしゃったが、やがてこちらに向けて思いがけない言葉を下さった。
「ルベリア、褒美をやろう。好きな物を言え」
「そんな、いただく理由がありません!」
「お前に会うまでは、私は陰の気の晴らし方も知らず体調不良を抱え込んでいた。お前が治したのだ、褒美を取らせないとトマスがうるさい」
「詫びの事もありますしね、殿下」
「うるさい」
「わたしは、その、特に欲しい物は……」
「何でも良い。何かないのか、靴などは?」
……! 靴は確かに欲しいですね。登山用のスパイクを取り付けられる、爪先から刃が出る特注品が。
ああ、でも注文済みでした。早く届かないかな。
「靴は、もうすぐ新しいのが届くので」
「ならば宝石は? 瞳と同じ紅玉をやろうか?」
「いえ、結構です」
わたしの言葉に、殿下があまりにも残念そうになさるので、何かおねだりした方が良いような気がしてきた。
「あ、では、ハムとか。大好きなので。パーティーで出たプロシュット・クルードとか」
「……分かった」
あれ? 何だか呆れられているような……?
◇◆◇
帰り際、アウグスト殿下は「ギュゼルによろしくと伝えてくれ」とわたしに伝言を託された。
そして、用心するように、とも。
国王陛下に正妃様、王太子殿下もギュゼル様に気を配って下さるという話に、わたしは畏れ多い気持ちと有り難さの両方を感じた。
それに、アウグスト殿下からは今回の事件を第二王子の名に懸けて解決に導いて下さると、約束をいただいた。
「どうか、ギュゼル様のことをよろしくお願い致します」
深く頭を下げた。わたしに出来る事なんて、これくらいしかない。
「ふっ、長靴に口づけしろと言っても迷わずしそうなくらい必死だな」
「仰せのままに」
「よせ、お前の唇を靴で汚すことはない」
アウグスト殿下はいたずらっぽく瞳をきらきら輝かせている。その紫水晶の如き美しさにわたしは引き寄せられる。
この男は美しく、そして残酷だ。これまでにいったいどの位の女性が泣かされてきたのだろうか。
わたしと殿下はそんな関係ではない。だから、わたしがその毒牙にかかることはないのだ。それでも少し、ほんの少しだけ、罠にかかっても良いと思ってしまったのは、気の迷いだろう。きっと。




