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魔王子は女騎士の腕の中で微睡む  作者: 小織 舞(こおり まい)
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魔王子の招待

「それで、どういった御用件かな」



 キンバリー伯爵は座ったままでわたしを上から下まで眺めた。いったい何者か、何故来たのかと考えているのだろう。現役の大臣の威圧感は大きく、値踏みするような視線は居心地が悪かった。



 披露パーティーでもお会いしたが、わたしのことは覚えていらっしゃらない様子だ。それならばこちらもそれには触れずにいよう。



「はい、本日のお昼過ぎ、キンバリー伯爵のご子息、エルンスト様からギュゼル様にショコラを戴きました。しかし、わたしにはそれがご子息からのものと思えませんでしたので、直接伺いに参りました。ご無礼をお許しください」


「ふむ……。ショコラの件は聞いていないな」


「カードにエルンスト様の署名がありました」


「ふむ。エルンストを呼べ」



 キンバリー伯爵の一声で、控えていた家令(かれい)が部屋を出ていった。



「それで? 勝手に息子が贈り物をしたとして、息子は陛下から直々に三の姫様との婚約を打診されている身。何もおかしくはない」


「そのショコラですが、細工がしてありました。今、軍務部が調べています」


「なっ……!」



 キンバリー伯爵の顔色が変わった。

 細工のしてあるショコラに、署名入りのカード。それがどういった意味を持つのかすぐに察したことだろう。



 さて、息子の方はどんな答えを返してくれるだろうか。





◇◆◇





「僕じゃありません! ギュゼル様にショコラを贈ったり、カードを書いたりしてなどいません!」



 渋い表情の伯爵に、真っ青な顔のエルンスト少年。彼が犯人とはやはり思えないが、やっていないという証拠が出せるかどうか、それが重要だ。



「カードを見せてください、僕の署名と違うと分かる!!」


「ご子息は正式な書類を任されておりますか? 国に提出された署名があるのでしょうか」



 わたしはエルンスト少年の言葉には答えず、伯爵に質問した。エルンスト少年は父親を振り返り答えを待つ。キンバリー伯爵はわたしを睨んでいたが、ゆっくり首を横に振った。



「無いな。認められた署名でなければ偽造を疑われる」


「父上!?」


「家紋も入っていました」


「家紋くらい、偽造出来る! 目の前で署名すれば、カードと比べて、違うとすぐにわかるだろ?」


「署名はわざと違うように書いたとも取れます」


「そんな! そんな、ことが……!」



 エルンスト少年は取り乱し、両の手で前髪を握りしめている。そのせいで表情は窺えないが、わたしにはとても嘘を吐いているようには見えない。これで演技だったら大した役者だ。



「これは罠だ! 誰かが僕を陥れたんだ!!」


「心当たりがお有りで?」


「有りすぎて分からんな」



 それは困った。



「軍務はすでにカードを調べているんだろう? 異議の申し立てはするつもりだが、どこまで戦えるか……」


「カードはまだ渡していません」


「なに……?」


「わたしはエルンスト様を疑っていません。ですから、カードは軍務部には渡しませんでした」


「では、こちらにカードを貰おう」


「それも出来ません」


「おい!」



 わたしは証拠として懐からカードを取り出した。もちろん、奪われては困るのでサッと見せるだけにする。キンバリー伯爵はそれを確認して苦い顔で頷いた。



「わたしはギュゼル様を狙う者を捕まえたい。いえ、そうしなければなりません。貴方も、今はそう思ってらっしゃる。そうですよね?」


「……協力しろと言うのか」


「はい。わたしでは貴族の方々には手が届きませんから」


「承知した。私の出来る限り力を尽くそう」


「ありがとうございます」



 わたしはキンバリー伯爵に頭を下げた。これで味方が増えた。どこまで追えるか分からないが、ギュゼル様を害させはしない。わたしは決意と共に伯爵家を後にした。





◇◆◇





 わたしが伯爵家から出たのを、待ち構えるように立つ人影があった。その立ち姿からだけでも腕の立つ武人というのが分かったが、近寄ると騎士服だったため、わたしは身を固くした。



 やましい事は無い、とは言い切れない。なにせ重大事件の証拠を隠し持ったままで勝手に調査をしている最中なのだ。徽章(きしょう)から、位の高い騎士と見て取れる。わたしは一礼して通り過ぎようとした。



「ルベリア・ラペルマだな、一緒に来てもらおう」


「……わたしは仕事中です」


「自分もだ」



 目一杯の抵抗も握り潰されてしまった。おとなしくついて行くしかない。



 ……すみません、ギュゼル様。わたしは今日、お側に帰れないかもしれません。



「どなたからの命令でしょうか」


「乗れ」



 扉の開いた馬車を示される。会話を楽しむつもりはないみたいだ。まったく、女性をエスコートするならもっと優しくしてほしいものだ。



「どこへ、と聞いても無駄でしょうから、乗りますよ」


「……出せ」



 男の言葉で馬車は動き出した。

 馬車の窓は幕が引かれており、外は見えない。一体、どこへ連れて行こうと言うのか。剣は帯びていなくとも、ブーツには刃が仕込んである。いざとなったらこれで抵抗させてもらおう。



「お前を()ばれたのは第二王子、アウグスト殿下だ。往来で名を出すわけにはいかなかった。許せ」


「納得のいく理由です。ですが、なぜ殿下が、わたしを……」


「詳しくは知らない。直接聞け」



 聞けと言われて聞けるわけないと思うのだが。わたしはそこまで図太くない、はずだ。





◇◆◇





 連れて来られたのは娼館だった。

 思わず顎が落ちてしまう。



 第二王子はクールでストイックで女に興味のない冷血な氷の魔王子ではなかったのか?



「誰にも聞かれぬよう貸し切りが出来て、あまり目立たぬ場所がここしか無かったのだ。他意はない」



 男の声に我に返った。

 確かに娼館なら貸し切りにするお金持ちもいるだろうし、不自然ではない。それにお嬢さん方を部屋に出勤させなければ見られる心配も、秘密の会話を聞かれる心配もない。


 万が一、他所に洩れることをするならうってつけなのかもしれない。意外すぎてびっくりしただけだ、が……本当に帰れないかもしれない。



「とりあえず、入れ」



 男に背を押されて入った部屋からは、冷気が漂っていた。

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