20. 元勇者のステータスを見た、後悔はしていない
「断る」
トウヤの端的な回答にその場の面々は様々な反応を見せた。リゼは鼻で笑い、キティはなお興味深げにトウヤを見て笑う。ルフナはやっぱりかぁ、と言わんばかりに肩をすくめ、ヌワラエリアは肩の力を抜くように一つ息を吐いた。ため息ではなく興味をそそられたかのような吐息であった。
「この断章世界の真実とやらに興味がわかなくもないが、俺は幕を引く者入る気にはなれない。第一、」
ルフナとヌワラエリア、そして少々迷ってからリゼを示して、
「キティを除けば皆、魔族ばかりだ。俺はまだ魔族がどんなものか詳しく知らない。人間の敵で――それも、召喚術が生まれるまで常勝無敗を誇った強敵だとしか聞いていない。まだ敵対心を抱ける程でもないが、今の段階で魔族に肩入れすると決断できる要素もない」
「魔族について悪い感情をまだ抱いていない事は素直にありがたいと思考するよー。が、そうだなー。別に今すぐこちらに与してもらう必要もないし、最悪敵対しないのなら私たちの不確定要素も減るのだが……一つ君に課題を与えよー」
キティはそう自分を納得させるように頷くと、
「この断章世界系にとって、召喚術がどういう意味を持つのか、よく学んでくる事。特に、“召喚魔法”ではなく“召喚術”と呼ばれている理由は何か。調べてきてごらん、とーや」
何の脈絡もない言葉に、トウヤは首を傾げる。
話を整理すると、彼ら“幕を引く者”の目的は魔族の存在を消す“白死病”の根絶。その手段としてはどういう訳だか、神を相手取る必要があるらしい。
今回トウヤが接触を受けたのはどうやら彼らがトウヤを引き込むか、最低でも敵対しないようにしてしまいたかったから。実際左腕によく分からない呪縛を受けているし、行動に制限も生じるようになった。
しかし、キティたちの関係性は一体何なのか。特にリゼの立ち位置がよく分からない。リゼは彼らとは旧知のようだが、立場的にはあまり良いものではなさそうだ。見たところ、キティとの信頼関係は深いようだが、残りの二人とはあまり密な関係にないように見える。それどころか、ルフナに至ってはリゼを嫌っている節すらある。
そもそもルフナが言う大罪人たるリゼは、一体どうして剣の中にいたのだったか。
――使えてはならない魔法を使って、多少馬鹿をやっただけだ
以前リゼはそう言っていた。それと今回の話やルフナの態度を考えると、
(もしかして、“白死病”の原因にリゼが何か関わっている? それともリゼの持ってる魔法でしか“白死病”が治せない、とか? いや、でもそれならそれでどうして神様の話になるんだ?)
大罪人、というルフナの非難を勘案するならば、どちらかというと原因にかかわっている可能性が高い。しかし、それでも神に干渉する目的が分からない。そして召喚術を知れ、というキティの真意も不明。全てがこの世界のように、バラバラの断片にすぎなかった。
それに、バンブルーシュを引き抜く際にリゼが口にした、キティを倒せる者を待っていたという発言についても、トウヤは明確な意味を見いだせなかった。少なくとも見ていた印象として、リゼはキティに対して友好的であるからだ。
(ひとまず、今回重要な事はキティのスキルが分かった事! 魔族と実際に会えた事! リゼとバンブルーシュの事が少しだけ分かった事! あとは一応、キティの言っていた召喚術について今後目を光らせておくか)
ステラ達が手配してくれた『学園』に入る以上、召喚術について調べる事はたやすいだろう。学園はアステリカ唯一の公的教育施設であるし、ステラ自身が一流の召喚術師(と少なくともトウヤは思っているし、実際大きな誤りではない)である以上、彼女に聞いてみるだけでも情報は得られるだろう。
加えて言うならば、今後のためにも魔族に対しての自分のスタンスを決めておいた方がいいし、勇者や魔王、魔族についても調べておくべきか。
(色々あって分からない事だらけだけれど、うん、ひとまず方針は出来たかな)
トウヤの表情から黙考を終えたのだと察したのか、丁度その時キティが別の話題を振った。
「ところで、とーやはもうギルドカードは作成したのか?」
「ああ」
「良ければみせてくれないか?」
一瞬、すぐに断ろうと思ったトウヤだったが、好奇心が首をもたげうなずいた。
「その代わり、キティのギルドカードも見せてくれ」
「ああ、もちろん構わないよ」
キティはそう言うと、すぐにギルドカードをトウヤに手渡した。余談であるが、キティのそれは機能の大部分を失っている。既に彼女の登録は、ギルドから抹消されてしまっているため、数値は登録が解除された当時の状態のままで、様々な機能が凍結されているのだ。
そのためか、ギルドカードを受け取ったトウヤが何故か古びているような印象を感じた。しかしそんな事はすぐに忘れて好奇心のまま、画面に映るキティのステータスを見た。
キティ
レベル539
体力ERORR:0x_13714
魔力ERORR:0x_13714
攻撃ERORR:0x_13714
防御ERORR:0x_13714
魔攻ERORR:0x_13714
魔防ERORR:0x_13714
器用ERORR:0x_13714
敏捷ERORR:0x_13714
幸運ERORR:0x_13714
称号
・『異世界の客人』
・『神に愛されし者』
・『一騎当千』
・『個にして全なる軍勢』
スキル
・『創造』
・家事
・建築
・剣術
・槍術
・弓術
・棒術
・体術
・魔術
………………
…………
……
フラグメント
・神威召喚
・勇者
・お姉様
・マイペース
・遊動民
・理屈屋
・凝り性
・寂しがり
・謎の余裕
・大丈夫大丈夫詐欺
・気づけば死地
・奇跡の生還者
・無敵の無職
・頭痛の種
・爆心地
………………
…………
……
「エラー!!?」
つっこみどころ満載のフラグメントは置いておくとして、トウヤはそのステータスの多くが表示されない事について驚いた。
「ああ、『創造』である程度操作できるのと、私自身が一人にも千人にもなるせいで、数値がよく壊れてしまうんだ」
「存在自体がバグ認定されてる!?」
「はっはっは、すごいだろう?」
「……褒めるべきかけなすべきか判断できない!!」
ただし、レベルと称号の数から、元勇者キティの実力の片鱗を垣間見た気がしたトウヤであった。そして何より、キティの称号の一つに自らが持つ用途不明な称号が含まれている事を見逃さない。
「『神に愛されし者』をキティも持っているのか」
「おそらくとは思ったが、とーやもだな。また不確定要素が増えたなー」
口調こそ柔らかだったが、キティの瞳の奥にくすぶるにぶい輝きをトウヤは敏感に捉えた。
「どういう意味だ?」
「まあ慌てるな。これは仮説でしかないし、知ったところでどうしようもない上――」
不安になるだけだ、と言いそうになり危うく口をつむぐキティ。しかし即座に無理やり口角を吊り上げ理屈っぽく、されど皮肉気に軽妙に口を開いた。
「ま、とにかく『選ばれし者』とか『適格者』とか、そう言う意味だと捉えて相違ないだろう」
「いや――だが称号という事は効果はあるのだろう?」
「うーむ、仮説が正しければそうだな。アトランダムに幸運の値に補正が入るくらいだ」
思った以上に地味で、それでいてある意味称号の名称を反映している効果に、トウヤは肩透かしを食らったように押し黙った。
「…………地味だな」
「いや、そうでもないんだとーや。何せ、プラスマイナス数十ないし数百倍程の上下限があるわけでー、」
「待て待て! マイナス補正も入るのか!?」
「あー、その蓋然性は高いと言わざるを得ない」
「使えないどころか使いたくない!!」
「諦めろー、称号は常時発動だから切れないぞー。ちなみに、補正値の値がマイナスに極大を示し、かつ幸運の値が著しく低い場合、理論上、幸運の値が減るどころか零以下、つまり値がマイナスになる可能性も否定できないなー」
この称号を持っている時点で不幸なのでは、という笑いたくても笑えない疑問がトウヤの頭をよぎったが、さすがに身もフタもないので斜に構えて受け流す。
「少なくとも、俺は幸運の女神には愛されてないようだ」
「これは私見だが、その人生を客観的に見ていて楽しいからこその神の寵愛なのだろー」
「他人事かのように言うな」
「いや、神様からすれば他神事ではないかー?」
「なんだその仰々しそうな行事!?」
トウヤは以前ゼリアスを真似たように肩をすくめる。何気にその挙措をモノにしたようで、場を和ませる軽さはあれど、以前のような嫌味っぽいくどさはなくなっている。キティはそれを見て思わず噴き出し、つられたトウヤも笑声をもらした。
議論が難解であったものの、針の先に乗せた天秤の如き危ういバランスが崩れなかった事に、胸中でヌワラエリアは安堵していた。
そんなヌワラエリアの内心に対して、表面上は両目が若干細められた程度であったが、主君たるルフナはそれを感じ取るや、握った手の甲で二三度彼の腕を軽く叩く。己が従者が肩の力を抜いたと分かったのだ。つまりは、ねぎらいの言葉の代わりである。
「あとそうだなー、断章世界系の法則を閲覧できる場合もある」
キティは最後に付け加えるようにそう言った。トウヤは首を傾げる。傾げて、それがもしかしたらステータスやバンブルーシュの解放されたアビリティを見た能力やもしれないと思い、元勇者たるキティに問いかける。
「まさか、魔獣の能力値が分かるのか?」
「能力値?」
「……俺達のステータスのような、強さや魔法の適性のようなものだ」
「あー、やっぱりなんとなく分かるんだなー?」
「キティはどんなふうに感知している?」
なんとなく、という言葉に違和感を感じたトウヤは鋭くそう返した。これは次のキティのセリフで英断であったと分かったが、その説明はトウヤを驚愕させるに十分だった。
「初めは何となく自分より強者か弱者かが分かる程度だった。多様な魔獣を撃退する内に、次第に相手の使える魔法や能力、強さや硬さ、速度や習性が何とはなしに把握できるようになったんだー。今では初見の相手でも能力は八割がた予測出来るなー」
「それは……鋭い経験則のようなものか。武器なんかを見てアビリティが分かったりとかは?」
「ああ、とーやも分かるのか。私も効果までは読み取れないが、名前までならなんとかわかるぞー」
「人間相手だとどうだ?」
「ああ、同じようになんとなくわかるぞー? もっとも、とーやは戦うまで全く把握できなかったがな」
「そうか、俺は魔獣や武器だとはっきり分かるが、逆に人間は全く読み取れないんだ」
「そうなのかー」
これらのやり取りで、トウヤは確信した。
おそらく『神に愛されし者』の効果には大幅な個人差がある。それがトウヤやキティのハード面の差異が原因なのか、ソフトたる称号の成長性によるものなのかは分からない。
それこそ、完全にスキルやアビリティの効果を解析できるようになったら、真っ先に『神に愛されし者』で『神に愛されし者』を解析するしかないだろう。
皮肉な事に。
「質問はそんなところかー?」
キティの確認に、トウヤは少し間をおいて肯定の意を示した。全員が神妙な表情を浮かべる中で、難しい話ばかりであからさまに退屈そうだったルフナは満面の笑みを浮かべていた。
「それじゃっ! 難しい話は終わらせて、普通にお茶会でもしようじゃないか!」
「意外だな……てっきり勧誘を断ったら邪険にされるものと思ったが」
「いやいや! 楽しければいいじゃん」
あんまりな言い草に、ヌワラエリアは過分であるかと思いつつも口をはさむ。
「……僭越ながら容喙させて頂きますと、トウヤ様はキティ様と同じ神威召喚を受けた方で、なおかつ理性的で思慮深い方です。その上、魔族に対する偏見もお持ちでない。それならば、トウヤ様と交流を深めながらお互いに理解しあえるようになりたいと、お嬢様はお考えなのです。」
ヌワラエリアの本心としては、トウヤに述べた内容以上に、彼のように柔軟な発想をする者ならば親しく接し思考を誘導することも可能であるし、最悪敵対して殺し合った時に、最後の最後で剣先が一瞬でも震える可能性があるのなら、仲良くして損はなかろう、という風に判断もしている。
この執事然とした男は、お嬢様と呼び慕うルフナの前ではどこまでも公的なスタンスを崩さない。
たとえ、当のお嬢様が横で「うんうんそーいう事だね!」と、ものすごくぞんざいに豪快に、ヌワラエリアへ丸投げをしたとしても。
(うわ、こんなストレートに褒められたの初めてだよ)
一方でトウヤはその内容を本気にし、必死で口元がほころぶのを防ぎながら平静を保つのに数瞬を要した。そして、いつもの調子で思わせぶりに返すのである。
「……ふ、そう言う事にしておこう」
「いえいえ、本心でございます」
こうして、ヌワラエリアはトウヤが自身の思惑の一部、ないしは全部を見抜いているかもしれないと勘違いをして、彼の評価を胸中で二段階ほど引き上げた。
つまるところトウヤと魔族は、理解し合う前にさっそく両者の認識に著しい不一致をみたのだった。
「それじゃせっかくだ――」
トウヤが気楽に肩の力を抜いて茶会の開始を宣言しようとした矢先、頭上に光が下りた。それはいびつな断章世界系の昼、オーロラのような世界の境界の揺らぎの先で輝くいびつな星々によるものではない。それは何者かがこの場に現れた事による光量の変化だった。
そして、その人物をトウヤは知っている。
「やあ、」
声の質や容姿も中性的で、女のような男にも、男のようにも見える、
白く輝く上質な衣とそこから伸び照り輝く肉付きの良い手足、
柔らかな白銀の長髪に美しいながらも無機質な笑み、
トウヤが召喚された時に邂逅を果たした、
神。
「この世界には慣れたかい?」
その声が空気を震わせ、トウヤの鼓膜に触れるかどうかという刹那、茶会を嗜んでいた紳士淑女はその場を戦場に変えたのだった。




