19. ようやく説明に入った、後悔はしていない
反転鏡心。
バンブルーシュの最上位位階、第四位階がアビリティでありバンブルーシュ本来の機能でもある対象を封印するアビリティである。
元々バンブルーシュとは斬りつけた対象を破壊不可の剣の中へ封印する剣であった。第二位階と第三位階は、リゼが得意とする魔法の一部をバンブルーシュの魔術回路に繋げ、流用しているに過ぎない(そのため、リゼ以外が封印された場合、第一位階と第四位階しか使えない)。
第四位階、反転鏡心とはその名の通り反転するアビリティだ。
使用者と剣の中に封印された者の合意の下、封印されるものと使用者を入れ替える事が出来る。
その結果、中の人ことリゼは現在外に出てヌワラエリアが入れた紅茶をすすり、キティはめでたく剣の中に封印されているわけである。
「本来なら、そうなるのだがなとーや」
キティはバンブルーシュの効果について説明し終えた後、苦笑した。
「『創造』で私は複製可能なのだから、こうしていくらでも外に出られるんだ」
「……それ、卑怯じゃないか?」
おそらくこの剣を打った工人がこれを見たとしたら、怒っていいのか呆れていいのか迷った挙句、色々諦めるに違いない。
「まー、バンブルーシュの事はこれぐらいでいいだろう。出来てしまうのだから仕方がない」
「それはそうだが……」
「小さな事に拘泥するな、全体を見失うぞ?」
リゼは怒るのではなく、単に欠点を指摘するように言った。
「それにしてもリゼ、随分とーやに目をかけているようだなー?」
「それ程でもないさ、お前以上の者はいないのだから。剣の使い手としても、女としてもな?」
「それじゃあまるでトウヤが女のような言い草だな」
歯の浮くような言葉にも、キティは慣れているのか皮肉で返した。トウヤなどは名状しがたいほどに微妙な顔をしているが。
「だがこの通り約束を果たして新しい適格者を見つけ出してきたのだ。ねぎらいの言葉ぐらい呉れても罰は当たるまい」
「その性急で横柄な態度を改めてから言え愚か者ー」
キティの文面だけなら相当に酷い言葉にも嫌な顔一つせずリゼは、なおもキティに言い寄って(?)いる。
「ひゅーひゅー、お熱い事で。あんまり熱いとエリアに冷やしてもらうよー? 絶対零度までねー!!」
「そのジジイにやらせたらこの断章世界ごと凍りつくだろうが!」
リゼはそう言うと肩をすくめて紅茶に目を向けた。もう話をひっかきまわす気はないらしい。
「まあ許してやってくれないか。この連れは私にはいつもこうなんだー」
キティは懐かしむようにはにかんだ。不機嫌そうにしていたルフナも、これには毒気を抜かれてそっぽを向く。
「さて改めてようこそとーや。私たち“幕を引く者”は君を歓迎する」
「……仰々しい名前だ」
「あはは、まったくだね! けれどそれがボク達の目標だからさ!」
相変わらず、素っ頓狂な声をあげてルフナが割って入った。
「神様がいなかった世界を創る事、それがボク達の目標だからね」
相も変わらず突拍子もない。脈絡もなく関連性も怪しいが、その声だけは重苦しく鈍重でありながら、凍てついた氷のように鋭い。普段のおちゃらけていて無邪気な雰囲気はなりを潜め、双眸が射抜くようにトウヤに固定されていた。
「ま、ボクら魔族は“白死病”さえ何とかなればいいんだけどさっ!」
「お嬢様、そもそも刀夜殿は“白死病”がどのようなものかご存じないかと思われます」
「ああ! もう! そこから!?」
頭をかきむしりながら、あーでもないこーでもないと思案するルフナを見かねて、優秀なる執事たるヌワラエリアは主に代わって口を開いた。
「“白死病”は主に我々魔族が被害に遭う病でして、簡単に言いますと発病した瞬間、その人物は初めからこの断章世界系にいなかった事になる病でございます」
「“白死病”……!?」
「言ってしまえば、発病した人物の人生が白紙に戻る病だとでも申し上げましょうか」
「いや、病状についても分かったし、どうして神をいなかった事にする必要があるかも聞かないが、一つ矛盾しているぞ」
「お嬢様が嘘を申し上げたとおっしゃるのですかな?」
「……場合によってはな」
トウヤの肯定にヌワラエリアは笑みすらたたえながら確認した。態度にも表情にも出してはいない辺りが凄いというかすさまじいが、経験則でトウヤには彼が怒気を隠している事が分かった。
「簡単な話だ……初めからいなかった事になるという事は、国の記録からも友の記憶からも、あるいは歴史的にも存在しなかった事になるのだろう?」
「端的にはそうなりますな」
「ならばどうして、貴様たちはその病を認識出来る? 発病した瞬間患者の存在はなかった事になるはずだろう?」
「その事については俺から話そう」
意外な人物の横やりにトウヤは数度瞬きをした。なぜなら他ならぬ、リゼがルフナ達をかばうかのように発言したのだから。
「一部の魔族は“白死病”を認識できるのだ。俺やこの二人もそれに含まれる。加えて言うならば、異世界から召喚されたお前たち異世界人も等しく認識が出来るだろう」
「どうしてだ?」
「それは“白死病”の原理的な理由からだが……答えられない」
「……嘘は言ってないな?」
「当然だ!」
リゼはそう言うと、トウヤから視線を外した。外して、何やらためらう素振りを見せつつ、鼻を鳴らして、若干、トウヤの首ぐらいに視線をやって、
「すまない」
謝罪した。
「……」
トウヤはそれで納得する。
プライドが高く、傲慢で尊大で他人を見下していながらも、危機に際してはトウヤに助言をくれるリゼ。
そんな彼の事をトウヤは信頼以上に理解していた。今までどんな理不尽な振る舞いをしようが一切謝罪しなかった彼が頭を下げるというならば、それは間違いなく本当なのだろうと。
「お前が信ずる全てに誓って、嘘はないと言いきれるか?」
「……ふん、当然だ」
今度は視線を交わして、トウヤは完全に納得した。
「いずれ必要な時が来たら俺に委細漏れなく話す事、それが条件だ」
「……分かった。このリゼ・グレイシスの名において、貴様に約束しよう」
傲慢にそう言ったリゼであったが、安心した事が目に見えている。
(でも、リゼは“白死病”の原因じゃなくて原理って言った。つまりそれは僕たちの思うような病気じゃないんだ。もっと何か原因があって、それさえどうにかすればいい……それに神様がかかわっているって事だろうか?)
トウヤはそう勘繰る。
納得した訳ではないが、リゼも他の三人もこれ以上言及するつもりはなさそうだ。
「あははっ! いいねいいよ。バンブルーシュと信頼関係を築いているようでなによりだトウヤ!」
「ルフナのそのセリフからは馬鹿にされているようにしか聞こえないが?」
「そりゃそうだよ! この世界で一番の大罪人を信じるなんて言うんだから滑稽さっ!」
その時ルフナは名状しがたい表情でリゼを見た。
リゼがするように鼻で笑っているようにも、馬鹿にしているようにも見えるが、何より如実に諦念が顔をのぞかせる辺り、ルフナ自身は何らかの理解の下リゼとともにあるのだろう。
「大罪人とは随分だな。俺は――を救おうとしただけだ……」
リゼの小さくか細い言葉には誰も反応しない。いつもの様に人を食ったような態度ではあるが、自嘲気味な笑みを浮かべている。
「ところで、これは何なんだ?」
トウヤはリゼの姿を見て急に話題をそらした。強引ではあったが、内容が内容だけにルフナが嬉々として答え、場の重苦しい雰囲気は流れ去った。なぜなら、トウヤは先ほど焼けつくように痛んだ左腕を持ち上げて見せたから。
「それはね、うん、教えてあげよう!」
ルフナはない胸を張ってそう言った。トウヤの左腕はルフナによるものとみられる魔法で、肩口までよく分からない模様で埋め尽くされていた。溌剌と輝く太陽、あるいは歯車や渦潮を現したかのような黒い刻印にも見える。
「その刻印はね、ボクの魔術で君に刻んだ呪縛だよ!」
「いやどっちだ!?」
トウヤは思わず突っ込んだ。呪われているのか祝福されているのか不明な言語を、忠実に彼のスキルが翻訳したため、ルフナの表現を正確に理解できたのだ。
「最悪裏切られた場合、君が世界に害をなせないように縛ったのさ! 特にそれはボクがため込んだ魔力を媒介にして、自らの意志と言葉で縛られたものだから、魂にまで刻まれる不文律となっただろうねっ!? 君はもう、二度と自らで世界に害を与える事は出来なくなったんだ!!」
元気いっぱいなルフナのセリフをトウヤは噛み砕いてしばしの黙考。そして、即座に行動する。
ルフナに向かって拳を振りぬくイメージの下、『限界突破』を発動させようとしたが不発に終わった。そして、意味もなく陽炎のように揺らぐ世界の境界を殴りつけようとすると、スキルは簡単に実現した。しかし、その硬度は世界を包括し内包するだけあって、今のトウヤには砕けない。
と、イタズラ心が湧いてきたので、大笑いしているルフナにデコピンしてみたところ、普通にヒットした。ルフナは悶絶した。ヌワラエリアの視線が刃物のように突き刺さる。
(自分の思う範囲での悪事に手を出せないって事か……世界を害する事が出来ないというより単に自分を誤魔化せないってところか。主人公の僕にはおあつらえむきだな。まるで、本心の羅針盤だ)
トウヤはそう結論付け、主人公にして勇者たる自身に制限を与えるようなルフナに対して感服した。口ぶりからしてトウヤ自身に世界を救う事を口約束させたうえ、何やら下準備が必要な術式らしいが、相当に高位の魔術だろう事は想像できる。
(それにこの模様カッコいい!)
そう一人悦に入ってにやりと笑うトウヤ。不敵な態度と相まって不気味な様子であったので、周囲の四人は警戒していいのか疑っていいのか分らない表情――つまり怪訝な顔をしていた。
「それでとーや、興味はあるか?」
「何がだ?」
「世界を救う事にだ」
元勇者キティはそう軽い調子で聞くや、トウヤの鼻を指先で突く。
「もしも、とーやが私たちの仲間になるのなら、この矛盾に満ちた断章世界系の真実を教えると制約しよー。そしてここにいる全員が君が元の世界に帰るために、最大限協力するぞー。無論、断ったとしても害は与えないけどなー」
「ま、でもその場合帰還条件を何とかごまかす方法を考えないといけないけどねっ!」
「しかしお嬢様ともども、私も心から貴方を歓迎しますよ、トウヤ様」
口々に言う三者を代表し、キティはトウヤに提案した。
「――私たちの組織、幕を引く者に入らないか、とーや?」




