16. 決着がついた、後悔はしていない
なんとか一話だけでも投下します。
最近の執筆速度の遅さに自分で絶望した!!
トウヤは静かにたたずんでいた。
肩の力を抜いて息を整え、腰を低く膝を曲げ、耳を澄まし目を光らせる。
バンブルーシュは今は鞘に納められ、その柄をトウヤは握っていた。
居合いの構えだ。
中二病ゆえかトウヤのこういった構えは不思議と堂に入っており、キティの期待はますます膨れ上がっていた。その期待と言う名の風船が膨らむに従い、手加減と言う言葉はキティの中で小さく隅に押しやられていった。
実際、とある制約を除いてキティは全力と言ってよかった。
(良いのだな、とーや! ああ、とーや! 私が本気になっても!!)
期待と喜悦に満ちあふれたキティの笑みを誰かが見たら、ある者はとりこになり、ある者は戦慄し、ある者は感動するだろう。
強烈で鮮烈な激情。
彼女に浮かんでいたのは鮮やかな喜びだった。
そして、彼女の手にはひと振りの剣が現れる。
「バンブルーシュ!!?」
砂煙の向こう、おぼろげに見えるそれの形はまさしくトウヤが握るバンブルーシュのそれだった。
「いんや、形状だけを模倣した紛いものだよ。でも、気分を上げるには丁度いーだろー?」
そう言うや否や、彼女の姿はかき消えた。
トウヤは戦慄する。
「!!?」
トウヤの周囲を火の粉とキティの残像がいくつも現れては消えていく。超高速の連続瞬間移動だ。
「「「さあ、決着だとーや!!」」」
その声もダブって聞こえるほどに、移動速度が尋常ではなく速い。正直言ってトウヤとしては複数人のキティがいるようにすら感じられるし、むしろそのほうが分かりやすくてよかった。
今のキティはどこから斬りかかって来てもおかしくはないのだから。
(落ち着け……心の目だ。心の目で相手をとらえるんだ!)
トウヤはよく分からない心境の元、キティを目で追うのを諦めていた。
正確には、目で相手を追うのではなく、視界に入って来たら叩き切る腹積もりで無駄な思考をそぎ落としたのである。
その結果、偶然にもとある事に気づいた。
(……この音!)
キティが瞬間移動する際に現れる火の粉の燃焼、現れた際の足音、それらがキティの居場所を察知するのに足る情報だと気づいたのだ。
ある説では、視覚から得られる情報は人間が得る情報の九割を占めるとも言われる。
その圧倒的情報量ゆえに気づかなかった僅かな情報を、トウヤは察知したのだ。
(焦るな! 勝負は一瞬だ。僕の魔力ももう底をつく。一撃で、決める!!)
今にもバンブルーシュを振りぬきそうになる腕、震えくじけそうになる脚を叱咤し、ただ全身全霊の一撃をキティに叩き込むために、待つ。
頬を伝う汗に気づく余裕も、息を突く間もなく、トウヤは万全を尽くした後に機を待つ事が苦痛であると思い知った。
そして連続する音が次第に彼の判断力をそぎ落とす原因になっている事にも、思いいたれない。
「!!!」
意外にも目の前に現れたキティにトウヤの判断が一瞬、ほんの刹那、遅れた。
(獲った!)
キティの振り下ろした剣は確実に、トウヤの剣刃より早く、速い。
回避も防御も間に合わない。
そのはずだった。
「!!?」
がん、とありえない衝撃がキティの両腕に走った。
見れば、バンブルーシュの柄頭によって剣が弾かれている。トウヤの剣はまだ鞘に収まったままだ。
剣を引き抜いては間に合わないと感じたトウヤはとっさにバンブルーシュを納刀したまま、柄で攻撃を弾いたのだ。剣を固定するための金具を引きちぎって。
そして、攻撃を弾かれてできたキティのスキを、トウヤは見逃さない。
「ぁぁぁぁあああああっ!!!」
抜剣一閃。
キティの剣も鎧も引き裂いて、トウヤの横薙ぎの一撃はキティの胸元を大きく斬り裂いた。
誰が見ても致命傷、必殺必死の一撃だった。
「く……はぁ……」
悲鳴と吐息の中間の音が、キティの肺から抜け出る。
それまでにすでに、血しぶきは飛び散り砂漠の砂上に赤い花を咲かせた。
「……ああ」
それに驚いたのは他でもないトウヤだった。
無我夢中の一撃であった事もそうであるが、今までトウヤ自身勇者キティを手の届かない絶対的な強者として恐怖していた。
ここまで戦ってもなお能力の原理も効果も見抜けないがために、トウヤの攻撃など鼻で笑ってかわされるのだと、根本的な部分で諦め投げやりになっている節もあった。
それゆえの、加減を忘れ手心を加えぬ一撃で勝利を得たのだが……。
目の前のキティの姿を見て、トウヤは衝撃を受けたのだ。
実際の一人の人間として――漠然とした絶対強者、勇者ではなく一人の女性として――キティを見降ろしたトウヤは、その存在の小ささに愕然とした。
(死ぬ、のか……?)
その姿にかつての、とある情景が、二重写しになる。
まるでこの風景の一つ手前にガラス張りの窓があり、それに自分の顔が映るかのように、過去の情景がトウヤの脳裏を駆け巡る。それに従って、目の前の現実は車窓から眺める風景のように過ぎ去り、現実味を失っていった。
(死ぬ……死ぬ死ぬ死ぬ!! 死死死死死死死――!!)
擦り切れたビデオテープに混じるノイズのようなものの先に、トウヤは過去を幻視する。
倒れた少女。
血にまみれた階段と赤い鳥居。
キンモクセイの香りと小鳥のさえずりは遠い。
手が、足が、震える。
少女が転げ落ちて、その情景はスローモーションのよう。
焼きついた姿に、駆け寄る。膝をすりむく。赤い。血がこびりつく。
少女をゆする。動かない。
見上げれば――
――鳥居の下、石段の上から、少年が見下ろしていた。
「…………ふ」
少年が歪んだ笑みを浮かべていた。
それはまぎれもなく――
「おい……とー、や。こっちに、来い」
トウヤの幻燈の如き回想を止めたのは他でもない、勇者キティだった。胸元の傷口は深く、まともに息も出来ない状態で何とか、トウヤに向けて手を伸ばしていた。
トウヤは先ほどの幻視のせいか落ち着きをなくし、必死でその手を取る。もう片手でキティの首を起こして目をむいていた。
「ああ、折角の、か、おが。台無しだ」
「もう話すな!! 今すぐ、今すぐ治してやる!! ……リゼ!!」
『無理だ』
しかし、トウヤの相棒となりつつあるリゼからは残酷な答えが返る。
『言っただろう、自動再生には限界がある。いくらなんでもここまでの傷は治せない』
「そんな……!!」
「いい、ん。だ……」
キティはそれでも勇者としての矜持からか、必死で言葉をつなぎながらトウヤに語りかけていく。
「トウヤ……」
「ど、どうしたっ!!?」
トウヤは必死で手でキティの首を持ち上げた。望むのならばキスすら出来るほどの距離で、キティはその思いを語る。
「私、の死後、を。頼んだ」
「何を……何を言っている!!?」
「約束、して、くれ」
キティは血まみれの手をトウヤの頬に伸ばした。
「お前が、この……世界、を救、う、と」
「ああ、ああ! 約束だ。約束する。俺がこの世界なんて救ってやるさ。だから――だから頼むから死ぬな! キティィィイ!!!」
「ああ、もう、思、い。残す……はな、……い…………」
ホロリ、とトウヤが抱えていた勇者の体が散る。
輝く火の粉のように。舞い上がって渦巻いて、踊ってはいびつな空に透かして、消えた。
「あぁっ……! あぁぁあっ!!!」
トウヤの嗚咽は、この小さな世界の中で虚しく響いていった。




