15.5 元勇者が力技に出た、後悔している暇はない
過去の執筆分を確認したところ、誤って投稿できていなかった分がありましたので間に足します。
失礼しました。
元勇者キティは、無敵と讃えられていた。
世に畏怖され畏れられたその雄姿は、スキルと経験に裏打ちされた常勝無敗の強者として語り継がれてきた。
彼女のスキルは原理としては多少複雑であるが、現象としては意外にも全く簡単で、一つの効果しかないに等しい。
だが、それゆえに全能にすら近い。
キティはそのスキルを使って多くの魔族を斬り倒し突き進んでいた。
元の世界に戻りたいがためではなく、ただただ人々に認められるのがうれしくて。
しかし同時に、彼女はそのスキルの性質故に気づく事になる。
自分が、有象無象の一人に過ぎない事に。そして、その有象無象たる自分がどういう訳だか世界の覇権、その天秤を左右自在に傾ける程の立場に立ち、自分と何も変わらない魔族を虐殺している事に。
そうして物理的な戦いを経た彼女は、やがて精神的にも戦う事となる。
魔族は、ヒトだ。
大人がいて子供がいて、男性がいて女性がいて、優しくて親しくて、厳しくて卑しくて、柔和で温和で、凶暴で横暴で、楽観的で悲観的で、現実的で理想的で、働いて休んで笑って泣いて――
――それぞれが生きている。
当然、悪い魔族もいれば良い魔族もいて、それは人間と変わらない。
変わらないのだ。
キティはいつしかその事を疑問に思うようになる。
魔族を殺す事は罪なのではないか、と。
しかし世界の流れは波間に漂う流木の如く、個人の意見を押し流す。
例えそれが自らの祭り上げる勇者のものであっても。
キティは懊悩し続け、苦しみながらもついに魔王の城に到達した。
死屍累々(ししるいるい)の上に立ち、死山血河を踏み越えて、魔王の城に到達したのだ。
そこで彼女はこの断章世界系の起源を、魔族と人間の真相を、神威召喚の真実を、知った。
キティは、自らの存在意義を根底から崩されることになる。
その後、キティが隠居し他人を遠ざける事になるのもまた、この出来事以来であった。
死した骸は黙して語らず、その上に立つキティはそれを踏みにじるしかなかった。
「嘘、だろう……? それが本当なら、私は、だって私は、ただこの断章世界系を、魔族を、可能性を、あるべき姿を――でたらめな力で理不尽に破壊しただけじゃないか!??」
∽
トウヤには勇者の攻撃をかわすだけの技量も余裕もない。
ほんの一瞬『限界突破』を起動して無理やり防ぎ、貫通した分のダメージはバンブルーシュの自動再生で回復し、ぎりぎりの均衡を保っている。
しかし一方、元勇者キティも持ち前のステータスの高さと技量を生かしてトウヤの攻撃をさばいてはスキを突き、かわしては斬り返している。
だが、キティのスキルの性質は未だ不明。現状、魔力に限りのあるトウヤがじり貧になりつつあった。
(あのスキルちゃっかり怪我の回復までしてるぞ!? 本ッッ当になんなんだよもう!!)
(少しずつではあるが私の技を盗み始めてるなー。十全に把握できないスキルだなー)
両者とも、大小の差はあれお互いに感心し焦燥し、呆れている。
トウヤが何度目かの『限界突破』による超加速で鋭く踏み込み、キティに斬りかかる。
しかしキティも真正面から受ける事はせず、剣で受け流す。
瞬間移動。
背後に回ったキティは渾身の一撃をトウヤに見舞うも、トウヤはそれを完全に受け、斬る。
その反撃はしかし、キティに到達する事はない。既にそこにキティの姿はないのだから。
「これならどうだー!!」
トウヤは上空を見上げて愕然とした。
火の粉が舞う空の上、空中に浮かんだキティの周囲には百近い剣先が居並んでいた。
その全ては、当然、自由落下に抗えずに落ちてくる。
(あんなの見かけ倒しだ。ただ落ちてくるだけなら――って、ええええ!!?)
その一つ一つを、瞬間移動を駆使したキティはつかんでは投げつかんでは投げる。
加減を忘れたキティによって容赦なく投げられたそれは、弾丸のように降り注ぐ。
「このぉっ!!」
トウヤはやけくそ気味にバンブルーシュを振りまわす。
とんでもない数の剣を、四方八方上空から投げ落としてくる割に、的確にトウヤの体や手足を狙ってくるそれは、一撃一撃に必殺の威力が秘められている。
ズガガガガ、と弾かれ跳ね跳び地面に突き刺さる数多の剣は、すさまじくはあるが美しくはない。
退廃的な砂漠とあいまって、まるで古戦場跡のような風景と化してしまっている。
しかしワイバーンとの戦い同様、対空攻撃の手段をもちえないトウヤは一方的に攻撃を受け続けている。
だが、今までの断章世界系での経験が、トウヤに対抗策を打ち出させた。
(もう影玉みたいに全部打ち返してやるっ!!)
という投げやりなものだったが。
トウヤは小回りを利かせて剣の雨を防いでいたバンブルーシュの軌道を一転、大振りなそれへと変化させる。
「っっらあぁぁあ!!」
『限界突破』を付加した全力の殴打は、剣を破砕させて上空へと打ち上げる。
同時、巻き起こった空気の圧力が降り注ぐ剣先をぶれさせ、ことごとくを撃墜させた。
だが、その打ち払われた剣の雨、軌道上に勇者は移動し全てを的確に再び、トウヤへと投げつける。
飛来する剣先、必殺の間合いに入る前にトウヤは上空高くに跳ぶ。
一見無謀な跳躍に見えたが、キティの上を取ったトウヤはバンブルーシュを的確に、首筋へと振り下ろす。
寸前、キティはすでにトウヤの背後にいた。
「まだまだー!」
キティは剣をトウヤの腹に向けて投げつけた。
トウヤはそれをバンブルーシュで受け――
――るかに見せかけて打ち返す。
野球で言うバスターみたいなものである。
勇者は焦って地上まで瞬間移動したが、移動した座標がいい加減に過ぎた。
着地したトウヤの間合いだ。
『限界突破』を付加した肉体、全身の筋肉の躍動を連動させ集約し、バンブルーシュを振り下ろすトウヤ。
剣先があまりの速さに視認できず、銀糸のようにも見えた。
間違いなく必殺の、トウヤ渾身の一閃。
剣で防ぐ事は出来ず、回避は間に合わず、成す術がないキティ。
「!?」
そんなトウヤの攻撃はあっけなく防がれる。
正確には、キティの手に巨大な円盾が現れトウヤの剣撃を受け流したのだ。
だが威力を殺し切れなかったのか。
元勇者たるキティは背後に吹き飛ばされた。
その過程で彼女の体は火の粉と消える。
トウヤは咄嗟に背後を振り返ったがキティの姿はなく、上空を見上げる。
「な……に!?」
直径百メートル以上、重さは一体何十トンだろうか。
巨大な岩塊が上空から落ちてくる。
キティのスキルか、とトウヤは推測した。
トウヤは回避する。跳ぶ。
岩塊は豪快な破砕音と衝撃を波及させ、大地に叩きつけられる。
トウヤはすんでのところでかわしてキティの姿を探した。上空に断続的な瞬間移動を繰り返す事で浮遊する彼女がいた。
その周囲には五つの巨大な岩塊。先ほど落ちたものにも伍する事ない巨大で頑健なそれらは、圧倒的質量でもって重力に引きつけられた。
落ちる落ちる……落ちる。
トウヤは驚異的な身体能力でもってそれらの間を縫い、駆け抜けた。
「拙速だ」
しかしその眼前にキティが現れる。
振りぬかれる剣、防ぐトウヤ。
神がかった反射神経で防御が間にあったものの、キティの力に押され体が背後に浮く。
その回避も防御も出来ない状態のトウヤに、キティの鋭い蹴りが刺さった。
後方、まさに岩塊が落ちんとする場所に吹き飛ぶトウヤ。
(まずいっ!?)
さて、このような状況になれば普通、反射的に体は元の場所に戻ろうと動くだろう。
あるいは恐怖と混乱で体がすくんで、動けなくなるだろう。
しかし、トウヤはそのどちらでもなかった。
吹き飛ばされたエネルギーを殺さず斜めに踏み込み、岩塊の下を走りぬける。
響く破砕音、砂の地面をも揺らす強烈な衝撃、駆け抜ける暴風。
トウヤはそれすらを背に受け加速して、落下地点から一気に跳んだ。瓦礫や純粋な衝撃によって負った小さな傷は、自動再生が即座に回復してくれた。
「く……そ……!?」
砂礫にかすむ視界。ざらつくつばを吐き出してトウヤは悪態をついた。
(もう魔力が残り少ない……それなのにキティのスキルの正体が全くわからない!)
この瞬間。
次の瞬間。
いつ襲われるとも限らない状態でトウヤは疲弊していた。今までにない長時間の戦闘、自分に害をなす事が出来る存在を相手にしての長期戦は、トウヤの精神を削っていた。
(あんな大規模な力技をもう一回されたら終わりだ。視界が利かない以上、適当に滅多やたらに攻撃されたら僕の方が不利だ。こうなったら、もう、やってやるっ!)
トウヤは自分の限界を感じながら、最後の反撃を開始する。
「おいキティ! いるんだろ!! 隠れていないで出てくるがいい!!」
一見、視界が利かないのは相手も同じ、そんな状態で自分の位置を知らせる愚を犯したかに見える。奇襲するチャンスを一方的に失ったかのようにも。
「それとも怖気づいたか!! ははっ! そうだろう!? 予想以上に俺が強くて恐れているのだな!!」
しかし、キティはこの行動の意図を理解した。
これは挑発だ。トウヤは誘っているのだ。来るなら来い、と。
ただ、これはトウヤとしては単純に先ほどのような力技を封じるためのものであったが、キティはこのような扱いを受けた事がなかった。
圧倒的な実力差で圧倒してきた彼女を挑発してきた者など皆無で、何より今までまともに彼女と戦えたのは、彼女が倒した魔王ととある剣の中に封じられた青年だけだった。
だからこそキティは期待した。
彼こそ、彼女の目的を果たすのに必要な存在なのではないのか、と。
「……ずいぶん情熱的なお誘いじゃないか、とーや」
気づけばキティはのんびりとした口調のまま、猛烈に獰猛な笑みを浮かべていた。




