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私は隣の田中です  作者: 秋月 忍
小噺集
63/64

雨の七夕

お久しぶりです。雨の七夕SSです。



※時系列的には、今回は、本編中、蛍のあとくらいです。

 それを見かけたのは、今日が当日で、お店側が『売り切ろう!』って思っていた気合いのせいかもしれない。

 会社の帰りに、たまたま寄ったスーパーで、私は『七夕飾りセット』というのを、手に取ってしまった。

 いや、今さら、七夕って、どうよ? って自分でも思う。

 そもそも、七夕っていっても、今日は雨降り。というか、ほぼ、土砂降り。

 梅雨前線が停滞しているから、夜だけ奇跡的にっていうのもなさそう。

 七夕は本来、旧暦で祝うものって、譲らない人もいるけど、空を見れば、そうかな、とは思う。日本の七月七日は、逆特異日。つまり、雨確率がすごく多い。

 旧暦ならば、梅雨あけした後だし、天の川の位置が頭上だし。まあ、納得だよね。

 家に帰ると、私は夕食の準備を始めた。

 今日は、素麺とサバの塩焼きとサラダ。デザートは、スイカ。取り合わせはともかく、栄養価はそんなに悪くないと思う。

「マイちゃん、いい匂い! お魚焼いてるの?」

「わっ」

 後ろから突然、桔梗が顔を出す。

 もう、だいぶ慣れたけれど、やっぱり驚く。

「うん。大したものはないけど、桔梗も食べる?」

「食べる! 私、机、出すね!」

 勝手知ったる式神さんは、いそいそと準備を始めた。相変わらず、手際がいい。

 折り畳みテーブルを出して、テーブルを台拭きでふきはじめる。

「あれ? マイちゃん、これ何?」

 エコバックの中から、桔梗が『七夕飾りセット』を見つけたらしい。

「あ、それ。つい買っちゃったんだよね。七夕だから」

 私は苦笑する。

「小さいなあ。マイちゃんが欲しいなら、大きい笹、とってきてあげたのに」

 プラスチック製の小さな笹の木を見ながら、桔梗が呟く。

「えっと。それは困るから、やめて」

 気持ちは嬉しいけど、マンションの狭い部屋に置くところなんてないし、しかも、その後の始末とか考えると、困ってしまう。

「一緒に、飾る?」

「うん。飾る!」

 桔梗はうれしそうに、お飾りセットに入っていた、色紙で飾りを作り始める。あ、そういうのも器用なんだ。式神さんってすごい。

 時計を見ると、七時をすぎた。そういえば、桔梗が、私と夕食するってことは、如月は留守なのだろうか。普段は、桔梗が料理しているみたいだけど。

「如月さんは、遅いの?」

 ぐらぐら沸騰してきた湯を見ながら、私は、桔梗に聞いてみる。

「あ、そうか。忘れてた。悟さま、もう帰ってくる! ねえ、マイちゃん、悟さまの分もお願いしてもいい?」

「え? えっと。如月さんも? そ、それは、ちょっとおかずが足りないかも?」

 麺は簡単に増やせるけど。もちろん、如月も私の料理に期待などしないかもしれないけど、人をおもてなしする材料買ってない。桔梗は式神さんだから、気楽に考えてたんだけど。

「あ、大丈夫。おうちに煮豚があるから、とってくる。あと、悟さまに連絡してくる」

「う、うん」

 煮豚。桔梗が作ったんだろうな。そういえば、この前、鶏ハムのおすそ分けしてもらったんだけど、すごく美味しかった。なにげに、ハイスペックな桔梗なのだ。

「麺、ゆでよう」

 私は素麺の袋を取り出す。

 でも、あれだけハイスペックな式神さんにいつもお料理作ってもらっているんだから、私のお手軽晩御飯を食べにくる必要ってあるのだろうか?

 桔梗はともかく、如月には、迷惑な話かもしれないな……なんて思いながらも、三人前の麺をゆでる。

 ゆがいた麺を冷水で洗っていると、玄関の呼び鈴が鳴って。

 如月と、桔梗が立っていた。



 食事のあと、三人でわいわい言いながら、七夕飾りを飾り付ける。

 網飾りとか提灯とか、はさみで作っていくんだけど。なんか、すごく楽しい。

 一人でやってたら、ちょっと寂しかったかもって思う。

「如月さん、すごく器用ですね」

「そうか?」

 折り紙を切って、細かい網目を作っていくんだけど、ものすごくきれい。

「ひょっとして、切り絵とか、できます?」

「やったことないけどなあ」

「人型に抜いたりはするよね。悟さま」

 桔梗がくすりと笑う。

「あっ」

 なるほど。ご商売柄って技なのかな。

「ねえ、マイちゃん、短冊、書いていい?」

「うん。みんなで書こうか」

 私は桔梗と如月に短冊を渡す。

 それにしても、式神さんも、願い事ってあるのかな。本当に桔梗って不思議だ。

「桔梗はなんて書くの?」

「もちろん、マイちゃんとずっと一緒にいられますように、だよ?」

 うわっ。すっごくうれしい。

「だから、マイちゃんは、私と一緒って書かなくてもいいよ」

 桔梗がくすりと笑う。

「どうして?」

「一緒にしたら、願い事がもったいないよ?」

「そういう問題なのかな」

 随分と打算的というか、合理的な考え方だ。かぶっちゃダメなの?

 私は短冊を前にして、考え込む。

 っていうか。如月がじっと見ていて、書きにくい。胸がドキドキしてきた。

 痩せたいとか、お金持ちになりたいとか、そういう定番を書いてしまえばいいのだ。何も本当に願い事を書く必要はない。そもそも、心の奥で一番願っていることを書いてしまったら、全てを失ってしまいそうだ。

 だけど。

 窓の外は雨が激しく振っている。

 おもちゃの笹に願っても、とても星には届きそうもない。最初から届かない願い。そう考えるとちょっと寂しい。

 まるで、目の前にいるひとに、絶対に届かないこの想いと同じだな、と思う。

『来年は晴れますように』

 そして、いつかこの想いを告げるだけでもできたらいい。如月の顔を盗み見ながら、短冊に書き入れる。

「そうだな。今日は雨だもんな」

 如月が、私の短冊を笹に結び付ける。

「来年は、山に天の川を見に行こう」

「え?」

 如月は短冊に書き込んで、顔を少し赤らめる。

「一応、予定というか、願いな。七夕に、満天の星空、見てみたい」

 結び付けた短冊は、ひょっとして、私との約束だと思っていいのかな。はっきりと、言われてないけど、うぬぼれてもいいのかな。

「完成、ですね」

 全てを飾り終えて。私は、おもちゃの笹を窓際に飾るためにたちあがる。

 カーテンレールの上からつるそうとして背伸びすると、後ろから手が伸びてきた。

「貸して」

 背中から私を抱くような体制で、如月が作業を手伝ってくれる。

 距離が近い。息がかかりそうだ。

 ふと、周りを見ると、いつの間にか桔梗の姿が消えている。そういうえば、前にも、こういうことがあった。気が付くと如月と二人きりって、めちゃくちゃ心臓に悪い。もちろん、嫌とかじゃないんだけど……。

「マイは、帰りたいって書くのかと思った」

 如月は紐を結びながら囁く。

「それは……今は、もう、わからないです」

 今の私は、田中舞なのか、鈴木麻衣なのか、自分でもよくわかっていない。帰るという発想は、言われるまで、まったくなかった。

「そうか」

 どこか、ほっとしたような如月の返事は、私の願望かもしれない。

 心臓が早く鳴りすぎて、苦しくなる。如月に聞こえてしまいそうだ。

「来年、晴れるといいな」

 耳元で囁くなり、耳たぶに柔らかな感触を感じた。

「え」

 思わずビクン、と身体が震える。

 耳にキスをされたのだと理解して、体中が熱くなった。

「……今日は平日か。我慢しないとな」

 ポツリと如月が呟く。

「こんな時間だから、帰るよ」

 何を我慢したのか、わからないけれど。

 如月の身体が、すっと離れていく。ちょっと寂しく感じた。

「すごく楽しかった」

 優しくて、甘い笑顔だ。

「うん」

 七夕なんて、本当、もう、何年ぶりだろうか。

 誰かと一緒に、願いをつづるなんて。それがこんなに楽しいことだったなんて、初めて知ったかもしれない。

「ご飯も美味しかった。ごちそうさま。おやすみ」

「おやすみなさい」

 パタンと、扉が閉じられる。

 窓の外は、相変わらず雨は降り続いていて、星は見えない。

 私は耳に手を触れる。

 胸が熱い。

 これ以上を望んではいけないと思いながらも。

「来年、晴れるといいな」

 私は暗い夜空をそっと見つめた。


 



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― 新着の感想 ―
[一言] 読了しました!面白かったです!! 創作ありがとうございました。
[良い点] あまーい! これでこのふたり夫婦じゃないんですよね! はー、もう。 あー、もう織姫と彦星が赤面する甘さですよ。 久々のマイたち、とてもうれしかったです。
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