14話 牛悪魔
オルディエがいた隠し扉は、本当にオルディエが【憤怒】を抑えるためだけに使っていた場所なのだろう。そこにはそれ以上何もなかった。
俺達は道を変更しながら更に洞窟の奥へと進んでいく。
Cランク以上推奨の新ダンジョン。
魔物の数や強さ、内部の複雑さを考えるとなるほど納得の難易度だ。Cランク以上推奨どころかDランク以下は進入禁止、Bランク以上推奨にしても良いくらいだな。
【暴食】の能力に目覚める前の俺とリリティアだったならばとてもではないが厳しい場所だろう。
しかし今は話が別。ジャイアントバットから頂いた超音波探知とゴーレムを圧倒できる位には強くなった身体能力があればそうそう苦戦する事はない。リリティアの魔法によるフォローも中々のものだ。
「えへへ! なんだか上手くいっているみたいですね私達!」
リリティアの方も手ごたえを感じているのだろう。嬉しそうに口を開く。
「あ、そうだ! さっきオルディエ様から貰った月のネックレスに念じてみよーっと! ……こんな感じかな?」
「そういえばリリティア、【色欲】はお前が着用する衣服を強制するというが、アクセサリー類は大丈夫なのか?」
「えーっとですね、それも【色欲】の機嫌と好み次第です。このスキル、結構可愛い物好きみたいなんでアクセサリー類で苦しくなったことあんまりないですけど、服が隠れるくらいおっきな襷とかはアウトでした」
「相変わらず面倒くさいスキルだな」
と、そこまで話したところで、先ほど俺が貰った『太陽のリング』を通じて脳内に何かの力を感じる。
拒否しようとすれば跳ねのけれそうな繊細な感覚。俺はソレを受け入れるように念じた。
『もしもしアッシュ様? まだ別れてさほど経っていませんけども、順調のようですね』
オルディエの声。なるほど太陽のリングの通信とはこういう事か。
その言葉に返事をするように『ああ、まあな』、と心の中で念じてみる。
が、相手から更なる返事は来ない。
「……ああ、まあな」
今度は声に出してみた。
『ウフフ、良かったです。あ、太陽のリングの使い勝手はこんな感じになりますのでよろしくお願いしますね』
なるほど、遠く離れた相手と会話をするようなイメージか。拒否も出来るし、心が読まれる類の物でもない。便利だな。
そこで俺は、少し気になった事を口にした。
「どうして俺達が順調だとわかった? 案外苦戦しているかもしれんぞ?」
『ウフフ、先ほどリリティアちゃんから嬉しい感情が送られてきましたもの。何よりの順調な証拠ですわ』
なるほど、月のネックレスのほうもうまく使えているみたいだ。
「そうですかい、わざわざ気遣い感謝する」
『ええ、ではこの辺で! リリティアちゃん泣かせちゃダメですよ? ではリリティアちゃんにもよろしく言っておいて下さいね?』
その言葉を最後に、オルディエとの通信が切れた。
「アッシュさん今、オルディエ様とお話していたのですか?」
「ああ、この太陽のリングの効果だ。『リリティアの月のネックレスから嬉しい感情が伝わった。よろしく言っておいてくれ』との事だ」
「わあー! オルディエ様、わざわざお返事くださったんですねー! えへへ!」
忙しい身のはずなのにな。全くありがたい事だ。
と、そこまで話したところで、また開けた場所に来た。
会話のほうに気を使っていたので超音波は使っていなかったが、奥に何かいるな。
「リリティア、気をつけろ」
「……はい、大きな相手ですね」
リリティアもその存在に気が付いている。
エルフは元々五感が、特に聴力が人より優れるらしい。それで前方にいる相手の存在を察知しているのだろう。
今まではそんな素振りも見せなかったが、ここ数日魔物狩りに付き合わせていたかいがあって気配察知能力も成長したんだろう。
俺は無造作にもう数歩前に歩いた。
すると、物陰から何かが勢いよく俺に体当たりを仕掛けてくる。
俺はその突進を真正面から受けた。
「むおおおおおおおおぉッ!」
! 強い! 突進の勢いを含めればそのパワーはゴーレム以上か!
十分に近づいたことにより相手の全貌が明らかになる。
真っ黒な毛並みの巨大な牛。牙と角が異常に発達しており、背中からはその巨体に似合わない申し訳程度の蝙蝠のような翼が生えている。
「デモンタウラスか……!」
この牛の魔物、Sランク冒険者パーティとして旅をしている時に何度か遭遇したことはある。
その時はさほど苦戦したことはない。が、それは俺以外のパーティが強すぎた事が原因。逆に言えば、パーティメンバーの才能が開花していく前は出会うことがなかった。……それまでは、コイツが生息するような危険な地に足を踏み入れることが無かった。
コイツが出現する場所は、最低限冒険者Bランク、推奨Aランクが必要となる地ばかりだったのだ。
これも、以前の俺ならばこの一撃で大きく宙を舞っていただろう。
しかし今の俺は違う。もうあんなパーティの雑用係なんかではない。ここに来るまでに身に着けた力、全部試してやる。
「おおおおおおおおおおッ!!」
ゴーレムを数発で粉砕した腕力を発揮し、デモンタウラスの突進を塞き止め更に押し返した。
「ブモッ!?」
俺の予想外の力に驚いたのだろう、デモンタウラスは体勢を立て直すために一端身を引く。
「はあッ!」
そこで俺は、間髪入れずに雷撃を放つ。
が、手が光った時に相手もソレを察したようだ。巨体に似合わない軽いフットワークで高速の雷撃を回避した。
「【ハイウインド】!!」
しかし回避した先にリリティアが間髪入れずに風の刃を展開。
それが見事命中し、デモンタウラスを奇声をあげてのたうち回った。
「よし!」
これが好機と俺は更に一歩前に踏み込む。
しかしその時相手はこちらを見ながら口を開いた。一瞬後に吐き出されるのは広範囲にわたる炎のブレス!
ブレスなんてもんは通常、喉の奥が膨れ上がる様な予備動作があるはずだが、コイツはソレをせずにやってのけた。いや、予備動作を察知されるほど炎を溜めなくてもこれほどの威力を出したのだ。
「アッシュさん! 【ウォーター】!」
全身を炎を浴びた俺だが、リリティアがすぐにそれに対応。
叫びと共に空中に水を生み出し火だるまの俺にかけ、炎を強引にかき消す。
中から出てきた俺は、指先をデモンタウラスに向け、力を込めていた。
「はぁッ!」
それにより指先から発射されるのは俺の体内の水分。
ファングフィッシュの液体操作を利用した水鉄砲がデモンタウラスの両目にかかる。
「ブモオオオオオオオォォッ!!」
まさかの目つぶしに発狂し暴れまわるデモンタウラス。
目が見えない状態で四方八方に体当たりしだし、洞窟の壁が揺らぐほどのパワーを発揮する。
手負いの獣。通常であればコレを放置するだけで被害は甚大になりかねない。一刻も早くその場を逃れ、相手が力尽きるのを待つべきである。そう、通常であれば。
「ブ、ブモ……」
デモンタウラスはさほど時間を置かずに走るのをやめヨタヨタ歩きになり、またしばらく歩くと倒れるように横たわった。
「ただの目つぶしじゃねえ、サンダースネークの神経毒だ」
俺はまだピクピクと動くデモンタウラスの下に歩み寄り、短剣で首を掻っ切った。
「やったぁ! アッシュさん流石です!」
「リリティア、お前の援護のおかげだ。礼を言う」
……ふむ、コイツを倒せるくらいには強くなったか。しかしやはり、苦戦するってことはSランクメンバーのアイツらより俺はまだまだ弱いな。
そこで、例によって俺の中から声が聞こえる。『コイツを喰え』と。
言われなくてもそのつもりだ。強い魔物を喰う事。それが今回の依頼最大の目的。まさかこんな奴までいるとは思わなかったが、結果オーライだ。
そして俺は、ふと思い立ち、それをそのまま口にした。
「……コイツであの調味料を試してみるか」




