13話 聖女2
オルディエと言葉と共に、彼女の青髪が逆立っていき、大気に熱がこもっていくような温度の変化を感じる。
そして俺の中のざわめきは更に大きくなっていった。
鑑定士曰く、俺のスキル【暴食】の大陸全体に影響を及ぼしかねない程強大且つ危険なスキル、らしい。
その【暴食】がざわめく何かが近くにいるという事か……?
一体どこに? 何がいる? オルディエは何か知っているのか?
「……? 今日は一段と大きいわね……」
オルディエが一人で呟いている。
この異様な空気に、リリティアは真っ青な顔をしてへたりこんだままだ。
そこでオルディエはなにかに気が付いたようにこちらに振り返った。
「この共鳴……まさか貴方達も私と同じ……」
そして、オルディエの身体に更なる変化が起こり始めた。
青色の髪は炎の様な紅蓮に染まり、その長い髪は完全に逆立つ。
異様なオーラが温風となってとなって辺りに吹き荒れ始め、常に微笑みを絶やさなかった優しい顔が鬼のような形相に変化した、その時!
「だまらっしゃああああああああああああああぁいッ!!!!」
オルディエは叫びと共に、突如拳を地面に打ち付けた!
その一撃により硬い床は大きく割れ、この洞窟に地響きを起こす。
ゴゴゴ……という音ともに天井から小石が舞い落ち、洞窟自体が崩れてしまうのではないかという可能性も過る。
────その後、異様な気配が消えた。
オルディエ本人の身体も元に戻っていく。
逆立つ髪は元の形に戻り、紅蓮色が見る者を落ち着かせる青色へと変わる。
温風は止み、鬼のような形相が凛とした美しい表情に戻った。
「……ふう」
一息をつくオルディエ。俺達には何が起こっているのか全く分からない。
しかし、周囲の変化が収まると同時に俺の中のざわめきも消えた。
「あ、アッシュさん……」
へたり込んでいたリリティアも起き上がれるようになったようだ。すぐに立ち上がると、すがる様に俺の手に纏わりついてくる。
「オ、オルディエ様……今のは一体……?」
俺の問いに対し、オルディエは完全にいつもの笑顔を浮かべながら返してきた。
「タイミングが悪かったです。もう隠す事は出来なさそうですね。今のは、生来私が持っているスキルに関係する事象です」
スキルに? ……この平和の象徴のような聖女にあんな強大で狂暴なスキルが?
「とあるスキル鑑定士様のお話によりますと、【憤怒】という名称らしいですの。……時たまああやって強いエネルギーと共に私の身体を乗っ取って暴れようとする、自律型のとても困ったスキルなのです」
強いエネルギー、自律型……それはひょっとして。
「アッシュ様、リリティアちゃん、貴方がたのどちらかが、もしくは両方が同じようなスキルをお持ちではないでしょうか? 今日の【憤怒】はいつも以上に興奮していましたの」
やはり、同種の存在……!
「……俺のスキルは【暴食】という。長い間腹が減るだけの外れスキルだと思っていたが、最近『大罪スキル』とかいう飛んでもない力があるらしい事はわかった……リリティア」
自分のスキルの説明をした後、俺はリリティアにも説明するように促した。
その意思を正確に察知したのだろう、リリティアも続いて口を開く。
「わ、私のスキルは【色欲】っていいます……そんな凄い効果は何もない外れスキルですけども、私のスキルも私を困らせる自律型です……」
俺達の言葉にオルディエは少し視線を落とし、微笑んだまま少し困ったような表情を覗かせた。
「やはりそうでしたか」
そしてすぐに視線を上げ直し、話を続けてくる。
「実はこの洞窟、非常に邪悪なエネルギーの籠りやすい地みたいですの。それでいつも【憤怒】が目覚める前兆を感じると、ここに転移魔法で来るようにしていたんですわ。そうする事で【憤怒】は確実に目覚める……お仕事中に目覚められるととても困りますので、一度ここで敢えて目覚めさせ、静まらせてからお仕事に戻っていたんです。……地形的に地上からの入り口もわかりにくい洞窟だったのですけども、最近冒険者の方々に発見されてしまい、隠し扉と門番のゴーレムを造っていたんですわ」
さっきのゴーレムはオルディエが造ったものだったのか。
あのサイズ、下手すれば死人が出る、が、ここまで潜ってこれる実力者ならば勝てないと感じればあの鈍重な相手からは逃げを選ぶ、か。
そこでオルディエは手を口に当てて笑い出した。
「ウフフフフ。驚いてしまいましたけど、お知り合いにお仲間がいただなんて驚きましたわ。内緒にしておこうと思った内容を全部話してしまいましたし、仲良くしてくださいね、アッシュ様、リリティアちゃん」
「……ええ」
「え? あ、はい!」
こちらも驚いたが、聖女の秘密の内容を知れて満足だ。
秘密を共有する相手。それも今の力を見る限り、俺を口封じしようと思うのならばこの場でも出来たのかも知れない。
それをしなかったのは、きっと本当に仲良くしたいのが本心だろう。
俺としてもそうだ。この危険らしいスキルと同質の存在がいるのであれば、互いに情報を共有して自分の役にも立てていきたい。
「では、こちらもよろしいでしょうか? 私、アッシュ様は先の戦いで戦死してしまわれたと聞いていたのですが、生きておられて嬉しいですけども、どうして報告せずにこんな所に」
……相手にここまで喋って貰ったのであればこちらも言わないわけにはいくまい。
俺は覚悟を決めて信用する事にした。今までの事を正直に話す。
「あら、まあ。勇者パーティの方々から、そんな……」
「信じて貰わなくたってよいですよ。……俺の妄想であったほうが都合がいいでしょう」
「いえ、アッシュ様は嘘をつくようなお方ではないとおもっております。勇者ユナイト様は別として、他のお三方よりもずっと信用していますのよ?」
会話もあまりしたことない相手だったが、キチンと人を見ている人だったか。……流石だな。お世辞かも知れねーけど。
「さて、じゃあ私はお仕事があるのでそろそろ戻ります。お近づきの印にこれを」
オルディエはそう言って俺にある物を手渡してきた。
太陽のマークが入った腕輪。高級そうな物だな。
「……これは?」
「『太陽のリング』という物になります。これには炎に対する軽い防御効果と通信効果がありますの。私の魔力が込められておりますので、念じて頂ければ遠く離れていても私と簡単な通信が取れますわ。……私、お仕事中は通信取れませんし、あんまり多用すると使えなくなってしまいますけども、何かどうしても伝えたいことがあれば遠慮なく使ってください」
今度はリリティアの方へ向かい、またあるものを手渡した。こちらは月のマークが入っている首飾り。
「え? わ、私にも!?」
「ええ、こちらは『月のネックレス』と呼ばれる品ですわ。氷に対する簡単な防御効果に加えて、通信ではありませんけど『感情』を遠くにいる私に伝える事ができますわ」
「感情を……?」
「ええ、何か嫌な事あったら念じて頂戴。私がアッシュ様の太陽のリングを通してちょっとアドバイスくらいは出来ると思いますわ。嬉しい事あった時に使って貰っても大丈夫です、女同士ですもの、力になれると思いますの」
「そ、そんな……いえ! ありがとうございます聖女様!」
「ウフフ、オルディエで良いわよリリティアちゃん」
「……はい! オルディエ様」
そこまで言うと、オルディエはなにかチョークのようなものを取り出し、足元に模様を描き始めた。
「では、転移魔法で帰りますわね? ここの魔物、奥に行くともっと強いですのでお気を付けください。またお暇なときに、神殿に遊びに来てくださいね?」
「お心遣い感謝いたします、オルディエ様」
オルディエが描いた魔法陣から光が迸り始めた。その中央にいるオルディエがその光に包まれ出す。
まさに転移までもう殆ど時間がないときに、リリティアが声を上げる。
「あ、オルディエ様! そういえば先ほどの【憤怒】はどうやって静めたんですか? 【憤怒】が地面を殴ったと思ったら静まっちゃいましたけど!」
「あらやだ、もうリリディアちゃんったら! 【憤怒】が殴ったんじゃなくて、私がアレで【憤怒】を静めたんですよ! ウフフ!」
その言葉を最後に、聖女オルディエの身体は姿を消した。
え? つまりあの雄叫びと地響きを起こしたのは【憤怒】ではなく、オルディエ自身の力?
……【憤怒】を怒鳴りつけて黙らせたって事?
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