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私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ


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9/9

エルフリートの実力





競技場の壁に叩き付けられた重装兵の鎧はところどころ砕けていて、砂だらけだった。

そしてヘルメットの隙間から豆鉄砲を食らった鳩のような顔が見えた。


「これ、本当に魔導砲か……?」


砂埃が徐々に収まって来たと思ったら、重装兵の前に立つアレクサの姿が見えてくる。


「魔道砲ですよ。魔導砲術部隊は個人で武器をカスタムしてるって言ったじゃないですか。俺のは何でも発砲できます」

「どんな弾でも発砲できるカスタム、だと……?」

「はい。今のは砂の魔物で作った弾を使いました。でも、本当は鉛の魔物で作った弾を使いたかったんですよ。上司が泣いてやめろって言うから使わないであげましたけど」


魔導砲で鉛の球をぶつけられたら、文字通り爆散してしまう。

ゾッとした表情の重装兵は、崩れるように尻もちをついた。


「上司に止められなかったら、私に鉛玉をぶち当ててこようとしてたってことか……?」

「血が流れない戦いなんておままごとですから」

「それに魔物を弾に使うなんて発想、正気じゃない……」

「いえいえ何を仰っているのですか。俺は至って正気ですよ。魔物が武器にならないと決めつける貴方たちの方が狂ってます」

「しかも魔物で弾作るってことは、魔物を半殺しにしてるって事だろ……」

「ええ、だって殺しちゃうと魔物は消えちゃいますし」


アレクサがにっこりと笑うと、重装兵にまとわりついていた砂がサラサラと消え始めた。

息も絶え絶えの魔物が、ようやく死ねると言わんばかりに消滅していくようだ。


きゃー!と客席の数人の女の子達から悲鳴が上がった。

勿論、カッコイイの悲鳴ではない。恐ろしいものを見た時の恐怖の悲鳴だ。


エレーユの隣にいたメリエーヌは悲鳴こそあげていなかったものの、流石にやれやれと肩をすくめているようだ。


「エレーユ。君の弟、バーサーカー属性にプラスして、サイコパス属性も加わったように思うが気のせいかな?」

「私も気のせいだと思いたいわ……」

「正直に言うと?」

「姉は悲しいです」


戦闘狂で、目を離すとヤバいことをしでかすので、アレクサはこの通り一部の騎士から怖がられたり、女の子にモテなかったりする。

普段はとてもいい子で、姉から見ても顔もとてもかっこよくて背も高いのだから、この性格でなければ人気者だっただろうに。姉としては少し心配なエレーユであった。


再び客席を見渡せば、エレーユたちの席の、競技場を挟んでちょうど対面の特別観客席に座る一人の来賓客がハハハと手を叩いて笑っているのが見えた。

遠いので細部まで見えるわけではないが、先ほどエレーユと目が合ったように見えた、あの浅黒い肌の男のようだ。

一般席の皆が一様に固唾を飲んでいるのとは、かなり対照的な反応で目に入った。



会場を恐怖に陥れたアレクサと腰を抜かした重装兵が退場して、次の騎士たちが競技場に入ってきた。

そうして繰り広げられたいくつもの熱い試合を観戦してから昼の休憩を挟み、ようやくエルフリートの試合になった。


「次の対戦はエデンバーグ次男VS重騎部隊のフォースト長男だぞ。ほら、お待ちかねだ」

「別に、待ってないもん」

「声をかけてやったらどうだ。アレクサの時は叫んでいただろう」

「どうせ無視されるもの」

「仕方のない子だ」


エルフリートと相手側の騎士が入場してくる。

エレーユは何となくエルフリートを見たら負けな気がして、相手側の重騎兵を見ていた。


「エデンバーグ次男ー!頑張るんだぞー!」


エレーユの隣で、メリエーヌが大きく手を振る。

そんな大きい声を出したら気付かれちゃうと思いつつも、どさくさに紛れて、エレーユはちらりとエルフリートを見た。

丁度エルフリートが、ブンブンと手を振っているメリエーヌに小さく会釈をしたところだった。

しかし、エレーユと目は合わなかった。

エレーユはメリエーヌの隣にいたのに、こちらをちらりとも見てくれなかった。

応援の声かけができない自分のことは棚に上げ、エレーユは足元に視線を落とした。


……まあ、嫌われてるから当たり前よね。







「飛竜部隊のエルフリート。話は色々聞いてるぜ。お手柔らかによろしくな」

「ええと……」

「対戦相手の俺の名前、覚えてないのかよ。ま、いいや。よろしくな」

「すまない……よろしく」


向き合った騎士2人が礼をしてから、始まりの合図が鳴る。


エルフリートは、飛竜に跨って戦場を自由に駆ける戦闘力の高い飛竜騎士だ。

対してお相手は、頑強な鎧を身につけ、8本足の馬に乗る重騎兵。高い防御力に加えて陸上での機動力も確保した兵種だ。

飛ぶ速さに関わって来るので防具はあまりつけられない飛竜騎士に比べ、重騎兵は戦車じみた八つ足の馬で地を走るので、どれだけ武装をしてもいいし、武器もわんさか積めるという利点がある。

しかも今回の相手は、重騎部隊の中でも鎖鉄球の名手と言われている人物で、上空にいても鎖のついた鉄球が飛んで来るので、うかうかしてはいられないだろう。



エルフリートはポンポンと相棒の飛竜の頭を撫でて、その背にひらりと飛び乗った。

そして飛竜が羽ばたいてから、エルフリートは訓練用の模造槍を空中で構える。







……出場選手はみんな実践用の武器を持ちこんできてるけど、エルフリート様だけ模造槍なんだ……。大丈夫かしら。


エレーユは、飛竜騎士が戦う姿は何度か見た事があるが、エルフリートが戦う姿を見るのは今回が初めてだ。


「ねえメリエーヌ、エルフリート様だけ模造槍で大丈夫なのかな。折れて怪我とかしない?」

「おやおや。やっぱり気になるんだね?」

「え?!別に!ちょっと聞いただけよ。これから赤の他人になる人だけれど、目の前で怪我をされては困ると思っただけ」


隣のメリエーヌを睨む。

なんとなく心の内を読まれたようで、居心地が悪い。


「まあ、怪我は大丈夫だろう」

「そう」


エレーユはそれだけ言うと、プイッとそっぽを向いた。

しばらく沈黙が落ちるが、メリエーヌに気を悪くしたような気配はない。


「しかし、エデンバーグ次男は別の意味で心配だ。目立つことが大の苦手で、相手に対して遠慮するようなところがあるから、大会でうまくやれるか心配だと、クラウスが言っていたな。討伐数も仲間に譲ったりしているみたいだし、彼はあまり勝ち負けにはこだわりのないタイプに見える。しかし、今日は最後まで勝ち抜いてもらわないと困る。エレーユのためにも……」


競技場で、試合の前のラッパが吹き鳴らされた時、エルフリートを観察しているメリエーヌから、何やらつぶやきが漏れてきた。


「メリエーヌ、何か言った?聞き取れなかったわ」

「あ、いいや。気にしないでくれ」

「そう?」


しかしメリエーヌの心配が嘘のように、試合の勝敗は、一瞬で付いた。

相手の重騎兵に見せ場の一辺たりとも与えない、文字通り瞬殺だった。

というか、本当に容赦なかった。

重騎兵が「いくら宙を舞えるからと私の鎖鉄球から逃れられるかな!?」と武器を構えようとする前に、エルフリートは目にもとまらぬ急降下でガラ空きの相手の懐に飛び込み、馬の背から押し落としてその首元に槍を突きつけていた。

せめて試合開始時の口上くらい言わせてあげればいいのに、その遠慮もなかった。


「これはこれは。次男のやつ、想像以上にやってくれるじゃないか……」


メリエーヌが感嘆の息を漏らした。


……確かに、エルフリート様、強いかも。

これは素直に、エレーユもそう思った。

各部隊の精鋭が選ばれているのだから相手も強いに決まっているのに、その相手に何もさせずに勝つなんて、エルフリートが相当強いと成せない芸当だ。


エレーユや客席がまだ呆然と目を見張っている中、エルフリートは相手の騎士に手を貸してから、相棒の飛竜と共にスタスタと競技場から出て行った。

勿論、エレーユは最初から最後までエルフリートと目は合わなかった。


……応援なんてぜんっぜんしていないから、別にいいんだけど。


ふんっと鼻を鳴らし、エレーユはふと気がついた。

もしエルフリートがこのままの勢いで優勝したら、今年宝剣を保持することになるけれど、その宝剣は誰が彼に渡すのだろう。


……絶対に私じゃないわ。婚約者じゃないって言われたし、嫌いって言われたし。


エルフリートが優勝したら、誰に宝剣を渡して欲しいと頼むのだろう。

一応契約上の婚約者がいながら別の意中の女性を壇上に上げるような無作法は流石にないだろうが、エレーユが頼まれるとも思えない。


もしエルフリートが優勝したら、惨めな思いをする前に、さっさと閉会式は欠席しよう。





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