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第3章ー22

「しかし、御前会議で既に日清の講和条件の大枠は決まった後だ。大御心に背くのか」

 山県陸相が畳みかけた。

「情勢が変われば、日清の講和条件が変わるのはやむを得ません。それに大御心はそもそも日清開戦に反対されていたとも北白川宮殿下から仄聞しておりますが、開戦止む無しと我々が押し通したのはどうお考えですか」

 本多が答えた。


「全くああ言えば、こう言う。本多は忠勝ではなく正信の生まれ変わりだな」

「それは過分なお言葉です」

「ふん」

 山県陸相は鼻を鳴らすと、しばらく考えに沈んだ。


「外務省も露の介入の意向を確認したと言ったな」

 山県陸相は沈黙を破った。

「はい。そのように吉松中佐から聞いております。陸奥外相に何でしたら確認されては」

 本多は答えた。


「露が介入するとなると仏もまず介入する。それ以外の列強も介入する可能性があるな。陸奥外相に露介入の意向を確認し、事実なら遼東半島を諦めるしかないな。しかし、それなりのものはいただかんと、政府内も納得せんぞ」

「朝鮮政府の情報を秘密裏に提供してもらうというのは」

「何」


 山県陸相は眉を動かした。

「李鴻章なら、朝鮮政府の王室や要人の機密情報を把握しているはず。それを明かしてもらいましょう。遼東半島を清国に還付するというなら、李鴻章にとって安い取引でしょう。完全には明かしてもらえなくとも、朝鮮王室や要人にとって清国政府から情報が日本に流れたとなると咽喉元に刃を突き付けられた思いになるのでは」

「ますます本多正信にしか思えなくなる科白だな」


「朝鮮にいる山県陸相の友人である井上馨公使をお助けするためです」

「朝鮮に駐留する海兵隊を助けるためでもあるだろうが」

「否定はしません」

 本多は思った。

 山県陸相が軽口をたたきだした。

 最難関は越えたな。


「よし、陸軍内はわしが説得するし、政府上層部にも掛け合ってやる。ただし、お前は海兵本部長をしばらく辞めろ。軍令部第3局長に異動するなら、今回は目をつぶってやる。お前のような奴が海兵本部長をやっていては怖くて仕方ない」

「山県陸相に怖いと言われてはかないませんな」

 本多は思わずつぶやいた。


「何か言ったか」

「いいえ」

 本多は冷や汗をかいた。

 思わず口に出してしまった。


 北白川宮殿下に海兵本部長になってもらおうか。

 海兵本部長だと政治的に動かざるを得ないから、本当は望ましくないのだが。

 林大佐が少将に昇進できていないのがここで響いている。


「それから、台湾引き取りには海兵隊も協力してもらうぞ。台湾がいるのだろう」

「えっ」

 本多は絶句した。


「もちろん、林も付けろ」

「ちょっと待ってください。海兵隊に余力はありませんが」

 実際、海兵隊4個は全て出兵している。

「第1軍に協力している2個海兵隊を当てればいい。ちょうど林もいるしな。予算は心配するな。わしが何とかしてやる」


「陸軍だけで何とかなるのでは」

 本多はさすがに難色を示した。

「遼東半島の代わりに台湾をと動いたのだろうが。自分の言動に責任を取れ」

「仕方ありませんな」

 本多は内心でため息を吐いた。


「よし、下がれ」

「はっ」

 本多は敬礼して山県陸相の前を去った。

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