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第2章ー7

「本当に朝鮮王室は清国に内通していないのですな」

 井上公使の怒りを秘めた声が響いた。

「言うまでもない。そのような手紙は送った覚えはない。誰かが偽造したのであろう」

 高宗は平然としたというより薄ら笑いすら浮かべた表情をしていた。


 ひょっとして、平壌や黄海で日本が勝利を収めたことを知らないのではないか。

 どうせ、自分に手は出せない、清国軍が助けに来ると思っているのだ。

 完全に日本を小馬鹿にしている。

 高宗との謁見の席で井上は怒りをますます増幅させた。


 9月18日に林大佐からの一報を受けて、井上公使は早速動いた。

 これが本当なら一大事である。

 友人でもある山県有朋が枢密院議長を辞職し、第一軍司令官として朝鮮へ赴任している。

 井上自身は、山県の軍才に疑問を抱かないでもなかったが、友人として山県が一介の武人として戦場に立ちたいという想いは理解しているつもりである。


 山県は9月13日に漢城に入り、井上と歓談した後、平壌へ更に北京へと目指して出発している。

 その友人が日本軍の兵と共に危地に陥る寸前だった。

 更に今でも朝鮮王室は策謀を巡らせている可能性がある。

 朝鮮王室の腹黒さに、井上は激怒した。

 

 早速、本国の伊藤首相や陸奥外相に対して電文で指示を仰ぐと共に、長文の手紙を書いた。

 それに対して、取りあえず、朝鮮王室を問責するようにとの指示が電文で届き、それに従って動いてはいる。

 だが、ものには限度と言うものがあるのだ。


「どうでした」

 杉村書記官が、公使館に戻った井上公使を出迎えた。

「話にならん。高宗も大院君も身に覚えは全くなく、手紙に着いては偽造だと言い張っている」

 井上は怒りを何とか腹の内に収めて公使館に戻っていた。


「では、やるしかないかもしれませんな」

 杉村は物騒なことを言った。

 一応、肩を落として反省はしていたが、杉村は王宮制圧事件に際して自分のやったことが全て間違っていたとは思っていない。

 朝鮮自身が改革に乗り出さないのならば、日本が強引に改革してやる方が朝鮮にとって幸せだし、日本にとっても幸せなのだと思っている。


「止めてくれ。大鳥と同じ目に私を遭わせるつもりかね」

 井上は杉村をたしなめた。

 だが、井上とて完全に血が冷めているわけではない。

 そうでなかったら、幕末に命を懸けて志士としていろいろと活動したりはしていない。


「まずは朝鮮王室に自分は関係ないと言わせておく。何回も言わせることが肝心だ。そうすれば関係が完全に発覚した際に言い逃れができなくなる」

 井上は目を光らせた。


「そのうえで、次の行動に移る。幸いなことに高宗に息子はいるからな。幼君に譲位させて、摂政が権力を握る。藤原氏と天皇の関係を日本と朝鮮の関係でやってもよかろう。それには本国の了解が必要不可欠だが。まずは情報収集を徹底して行おう。おそらくこの様子なら朝鮮王室は東学党農民軍とも本当につながっている公算大だな。海兵隊の増援を私からも要請して至急、朝鮮に来てもらう必要がある」

 井上はつぶやいた。 

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