雪見大福一個ちょうだいは 悪・即・ギルティ ですわ~!
授業の間、花音は腹の虫が悲鳴をあげないか心配だった。鎮まれわたくしの中の獣。と、自身に言い聞かせる。
身だしなみを整えきれていないのが悔やまれる。
自慢の縦巻きロール髪はDNAに刻まれているらしく、ストレートパーマを当てても三日で戻る驚異の復元保持力だ。
が、それに加えて本日の寝癖はいつにもまして頑なで、ヘアアイロンがないと対処不能である。
ああもう最悪。おF○ckですわ。少女は他に言葉が浮かばなかった。
昼休み――お弁当箱が入っていない分、いつもより軽いスクールバッグを手に花音は学食へと足を運んだ。
アンテナよろしく頭頂部からにょっきり生えた寝癖がぴょこぴょこ揺れる。
5Gの電波もキャッチできそうだ。
それはそれとして。
学校のウェブページによると、昼休みだけでなく食堂は終日解放されていて、自販機もありフリースペースとして利用できるとあった。
放課後はどちらかといえば穏やかな雰囲気なのだが、昼間は戦場になる。
観音開きの大きな入り口が生徒を次々と呑み込んでいく。鯨が魚群ごと補食する姿を花音は連想した。
入り口前で立ち止まり、恐る恐る中の様子を確認する。
天井は吹き抜けだ。明るい空間にテーブル席やカウンター席がバランス良く配されていた。早くも半分が埋まっている。
広さこそフードコートのそれだが、内装は白を基調にしたシアトル系コーヒーチェーン店という印象だった。
MacBookが似合いそう。と、ネットミーム汚染されたお嬢様の灰色の脳細胞が囁く。
注文方法は現金とクレジットカードにタッチIDやスマートPAYにも対応した券売機。またはスマホの専用アプリで行うようである。
席に備え付けられた紙のメニューから選んで、QRコードをカメラアプリで読み込んで注文も可能とのことだ。
料理ができあがると受け取りカウンターのディスプレイに番号が表示され、アプリで注文した場合には、スマホにも通知が来る仕組みになっていた。
確認している間にもお腹を空かせた生徒たちが少女の左右をすり抜けて、次々と学食に流れ込み席が七割埋まる。
「え、あ、う、ええと……あの……困りましたわ。ど、どなたか……助けてくださいまし」
帰りたい。と、花音は心の中で下唇を噛む。入り口の真ん中で立ち尽くす。選択肢が多すぎて、いきなり大海のど真ん中に放り込まれた気分だ。
「おい、そこのアホ毛っぽいのが生えた縦ロール髪」
不意に少女の背中に青年が声を掛けた。びくっとしながら、花音は跳ねた髪を手で押さえて振り返る。
「これは今朝時間がとれなかったせいですわ! あの、どちら様でして?」
花音を呼んだ生徒は執事の鋼と、ほぼほぼ変わらない体躯をしていた。
「入り口の真ん中に突っ立ってたら邪魔になるだろ」
「あっ……ええと……大変失礼いたしましたわ」
これは自分が悪い。と、花音は恥じ入り廊下に出て壁際に寄る。青年も壁を背に隣に立った。
デカいのには慣れている花音だが、つい青年を見上げてしまう。
がっしりとした肩幅に茶髪とピアス。口調は乱暴だが、風貌はどことなくゴールデンレトリバーを連想させる雰囲気だ。
「見ない顔だな。学食の利用は初めてか?」
「え、ええ。評判が良いとうかがいまして。普段はお弁当なのですけれど……」
「アプリは?」
「インストールしてありますわ。もちろん使い方も確認済みでしてよ」
「まだ使ったことはないんだな」
「そ、それがなんだとおっしゃいますの?」
「おいおい怒ることはねぇだろ。で、どうなんだ? 注文できそうか?」
「も、もちろんできましてよ。ただ、メニューがあまりにも豊富なもので、なにをどうしていいのやら……」
「メニューの多さと注文方式が複数あることで利用者が混乱する……か。選択肢が多ければ良いってもんじゃねぇな」
青年は腕組みをして小さく唸る。
ブレザーのタイは青だった。入学した年度ごとに色分けされていて、花音の代は三年通して赤になる。
青のタイは二年生。生徒会長の黒森と同じ年代だ。
「わたくし今日はその、やっぱり見学だけにしようかと……」
言った途端に――
きゅるるるるる
少女のお腹の虫が限界を訴えた。
「お前、腹減ってんじゃねぇかよ。わかったみなまでいうな。俺が学食の利用方法を教えてやるから」
「はいぃ? ええと、みなまでもなにもお願いなんてしていませんわよ? 見ず知らずの方にその……ご迷惑ではありませんこと?」
きゅるるるるる
少女の顔が耳まで赤くなる。
「俺は小中大福だ。そっちは?」
「金持花音ですわ」
「これでもう見ず知らずじゃねぇだろ。ほら、行くぞ」
青年――小中大福に手を引かれ、花音は再び学食に足を踏み入れた。




