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わたくしお嬢様ですけれど鬼畜生徒会長に乙女の秘密をにぎにぎされて屈辱契約させられましたわ~!!  作者: 原雷火
二章 ~学食で同じメニューばっかりな生徒をサーチアンドデストロイですわ~
6/60

味付けを変えればカレーも肉じゃがになりますわ~!

 猛禽類の眼光をサングラスで隠した男――鋼慶一郎という執事は花音からみて欠点の多い大人だった。


 主人を差し置いて朝寝坊の常習犯だ。

 脳内辞書からデリカシーの項目が欠落している。

 スケジュール管理もずさんすぎた。


 花音がお願いしていたことをすっぽり忘れることもしばしばだ。先日は寝ぼけてサングラスをしたまま顔を洗っていた。吸血鬼の方がまだ朝に強いかもしれない。


 控えめに言ってダメ執事だが、どこで覚えてきたのか料理の腕前はプロ並みである。


 毎日、花音を飽きさせないように和洋中エスニックから、果ては中南米料理にモロッコの蒸し鍋料理まで、鋼の手料理はバリエーション豊かだ。


 今夜のメインはパプリカパウダーの赤にイタリアンパセリを彩ったスープになる。ジャガイモやタマネギに牛肉といったなじみの具材は、下ゆでするだけでも美味しそうに思えてならない。


 調味料を投入する前の、なんともいえない幸せな匂いが花音は好きだった。


 金持ち家に入る前からも知っている、ずっとずっと覚えている匂いだ。

 匂いが記憶や好き嫌いといった感情を呼び起こすことがあると、花音は思う。


 好きになった人がたばこを吸っていれば、同じ銘柄の匂いでその人を思い出す……とかなんとか。


 鋼の匂いは厳つい外見に反して、とても家庭的である。

 素朴な野菜スープの原型。 

 味付け次第でビーフシチューにもカレーにも肉じゃがにも化けそうなあたり、与える進化素材で種族が変わる某モンスターを想起させた。


 メインの料理ができあがる。

 執事曰く、ハンガリーのグヤーシュが正式名称とのことだ。


 主人と執事が食事の席を同じくすることはないのだが、一人で食べるのは味気ないという花音からの要望で、二人で食卓を囲むようになって久しい。


 グヤーシュは風変わりな見た目のわりに、どこかほっとする味だった。


 メインのあとのデザートはクレープで、旬のビワがふわりと包まれていた。オレンジがかった黄色い果肉は柔らかく、それでいてマンゴーとも違った風味が新鮮だ。


 食事を終えると花音はそっと切り出す。


「慶一郎。明日からお弁当は不要ですわ」

「正気ですかお嬢様? 私はこう見えても調理師免許的なものを持っております」

「的なと曖昧にする意味はございませんわね」

「キャラ弁のいったいなにがご不満でしたか?」

「春の新作アニメのキャラを律儀に再現されても困りましてよ」


 弁当箱の蓋を開けたら三國志の諸葛孔明の顔面が出てきたのだ。おかずも中華系で統一されていた。

 孔明が激流を鎮めるために、人身御供に代わって饅頭を捧げたという逸話を知っていたのか、プチ肉まん入りだった。


 由来を知っていると食べるのに抵抗感が生まれるのだが、そこはそれ。

 ともかく手が込んでいるのである。普通の高校生らしくお弁当にしてほしいと頼んだのは花音なのだが、鋼の熱の入れようは彼女の想定外だった。


 夜中に弁当を作ってから仮眠をはさみ、当然の権利のように朝寝坊する。

 勤勉さのパラメーターを料理に全振りしてしまった鋼慶一郎。彼は主人たる花音の寛大さに許され続けている。


 ダメ執事がそっと窓の外に手のひらを向けた。


「お嬢様、あちらをご覧下さい。今宵も人々の夢を乗せて夜空に大輪が咲いております」


 日曜日、時刻は午後八時三十分。今夜も花火が上がる。

 日本有数のテーマパークのアトラクションだ。


 遮るもののないタワーマンション上層の一室から、毎晩よく見えた。

 引っ越してきた当初は感動したものの、一ヶ月もしないうちに八時半の時報になって久しい。

 慣れとは恐ろしいものだ。と、花音は思う。


 視線を戻すと少女は小さく首を傾げる。


「観ましたわよ」

「私どもには日常の風景でも、初めて来園した人間にとっては特別な一日の最後を飾る素晴らしいサプライズなのです」

「それで?」

「オチなどございません」

「あなたのそういうところが問題だとわたくしは思いますわ!」

「強いてオチ……パンチライン……もとい理由を言語化するならば……そう、毎日のキャラ弁はお嬢様の日常を彩る花火のようなものなのです」

「わたくしは普通の日常を希望していましてよ」

「普通などとはもったいない。作品を知っているクラスメートの方が、つい話しかけたくなるようなお弁当をご用意しているのです」

「あなたの気配りのおかげで遠巻きに見られてしまっていますのに」


 執事は席を立つとひざまずき頭を垂れた。


「どうかお考え直してはいただけないでしょうか? 非才の身でありながら、美しくも気高きお嬢様にお仕えできる光栄を失うことは、この命を失うも同然なのです」


 だったらあと少しだけ、ちゃんとした大人になってほしいと花音は願うばかりだ。


「あなたが作る料理は気に入っていますわ。クビにするつもりならとっくにしていますし」

「お褒めにあずかり恐悦至極にございます。お嬢様から全幅の信頼を得た私は、無敵です」


 顔を上げ、執事は立ち上がる。


「では、明日も腕によりを掛けてお弁当をご用意いたします」


 お弁当が必要ない理由を詳しく話す前に、花音は一息つくことに決めた。


「ハァ……まったく。食後の紅茶にしましょう。春摘みのダージリンが届いていたはずですわ。渋みが出すぎないよう少し冷ましたお湯で、かといって薄くならないよう茶葉は普段より少し多めに。蒸らしはそう……二分といったところかしら」

「紅茶はお嬢様が淹れた方がよろしいかと存じます」

「わたくしの執事であり続けたいというのに、紅茶の一つも淹れられなくてどうするのです?」

「承知いたしましたお嬢様。この鋼、必ずやお嬢様を唸らせる一杯を淹れてさしあげましょう」


 黒ずくめの執事は恭しく礼をする。と、一流レストランのギャルソンよろしく背筋をピンと伸ばして食器を下げた。

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