黒幕の正体見たりですわ~!
翌日――
騒動のあった生徒会室は警察の実況見分も済み、非日常から日常へと帰っていった。
蹴り破られた扉も修理され元通りである。
黒森にSNSで先に連絡をつけ、二人で話せるようセッティングは万全。
会長も花音に伝えたいことがあるというので、二人の意見は一致していた。
事件現場でもう一度、男性と二人きりになるというのは怖い。
だが、黒森は田中とは違うのだ。花音の推理が正しければ――
今は前へ進め。と、少女は自身を鼓舞する。
木の扉をノックし、生徒会室に足を踏み入れた。
今日も青年は会長の椅子にかけ、ノートPCで作業をしている。
と、見せかけて実はこっそり動画でも見ているんじゃないかと、花音は思わなくもない。
「話は聞いている。こちらとしては慚愧に堪えない。君を巻き込んだことを深く謝罪し、反省している。近く、会長を辞任する予定だ」
「謝罪は受け取りませんし会長がすることではございませんわ! 当然辞任も白紙撤回でお願いいたしますわね」
「だが……それでいいのか? 君は良くとも……」
「家のことは関係ありませんわ。もし、おじいさまが何かしようというのであれば、わたくし家出でもなんでもしてやりましてよ!」
「金魚を川に放流してはならない理由を知っているかね?」
「あら? なにがいけませんの?」
「人間に飼われるように作られた品種は、自然界では生きていけないのだよ。君が家出などしようものなら激流に流されるか、他の魚の餌になるかだ」
謝罪は真剣でも生徒会長らしい口ぶりは相変わらずだった。
青年は席を立つと花音の前に進み出る。少女の襟首から流星記章をそっと外す。
「ひとまず会長権限のあるうちに、君の外部協力員の任を解く。これで自由だ」
「もとから自由にさせていただいていましてよ」
「君を危険にさらしたこと、改めて謝罪する。済まなかった」
深々と頭を下げる黒森に花音は「おやめになってくださいまし~!」と声を上げた。
そっと顔を上げると、黒森は花音が思った以上にやつれている。眼鏡越しで目立たないが目の下にはくまができていた。
せっかくのイケメンが残念なことになってしまった。
少女はビシッと雑魚眼鏡と化した生徒会長の顔を指さす。
「黒森玲央生徒会長様……あなたがモリアーティですわね?」
「ああ、そうか。君の家が少し本気を出せば調べるのも容易だな」
「はいぃ?」
「おや、違うのか。誘導尋問とはさすがだな星宮きらら先生」
魂の名を出されても少女は動じなかった。
というか、今のは勝手に黒森が尻尾を掴ませた格好だ。
花音はゆっくりと腕を下ろす。
「校内にQRコードを貼って裏サイトに生徒を誘導していましたのね?」
「ふむ。その通りだ」
「あっさり認めますわね。張り合いがありませんこと」
「詰んだ将棋の盤面は覆らないものだ」
「どうしてあのような集まりを?」
黒森は生徒会長の席には戻らず、応接用のソファーに深く腰掛けた。
「留学した最後の園芸部員……園原蓮とは友人だった。彼女は一つ先輩だが、一年生の頃はよく話をしたものだ。彼女も学業でこの学園に入学を許された人間だったからな」
続けて鬼畜眼鏡は語った。
黒森が生徒会長になったのは、園芸部を救おうとしたためだった。
前の生徒会が密かに行っていた不正や悪事の証拠を叩きつけ、選挙に勝利したのである。
そこまでは良かった。
だが、変えることはできなかった。存続の準備はできていたが、肝心の部員が集まらなかったのだ。
すでに数年前から廃部が決まっていた園芸部の最後を看取る。それが一年生の二学期に生徒会長に就任した黒森玲央の最初の仕事になってしまった。
親しかった園原の願いで、秘密のチャットルームを学園のウェブページに仕込んだのも黒森である。
それくらいしかできなかった。と、青年は力なく笑った。
「QRコードで招待する生徒を選別する……それも園原が考えたことだ。この学園は表向きでは平等をうたっているが、格差はある。勉学であれスポーツであれ、特待生として入学した者たちと、そうでない者との間には溝があった」
財力しかない生徒は優秀な能力を持って入ってくる生徒を敵視し、推薦を勝ち取った特待生は家の格や親の仕事でコンプレックスを抱く。
生じた歪みは亀裂となって両者を分断した……と、黒森は説明した。
花音は首をかしげる。
「園原様は裏サイトを作りたかったのかしら?」
「結果そうなってしまったが、元来あのサイトは不満を持つ者たちが集まり、匿名で話し合いをする場としてもうけられたものだ。はけ口の内不満が爆発する前のガス抜きが目的だった」
「黒森会長は園原様からモリアーティを継いで運営なさっていた……ということかしら?」
「そうだ。あのサイトを通じて何人かは悩みを吐き出しきり、前向きになれた……と思う。他にも事件を起こしそうな予兆などあれば、説き伏せて未然に防いできたつもりだ。結果……大惨事を招いてしまったがな」
問題は、そうはならなかった人間もいるということに尽きる。青年は続けた。
「用務員の田中保の背中を最後に押したのは、あのチャットルームだ。あわや君という人間を失う寸前だった」
花音はムッと口を尖らせた。
「おかしいですわ!」
「おかしくはなかろう。用務員も学園内でQRコードをみつけて裏サイトにたどり着き、ROMっていたのだから」
「そうではありませんわよ。黒森生徒会長……いいえ、黒森玲央! あなたがわたくしを生徒会の外部協力員として強制的に任命した理由がありませんもの!」
仮に花音が事件に巻き込まれなかったとしても、そもそも生徒会室に名指しで呼び出して、噂調査などさせる動機がない。
今度は花音がソファーに座る黒森に、上から覆い被さるようにして追求した。
「わたくしの名を放送で轟かせれば学園内でトラブルになることも、予測できていましたわよね」
「その胸の脂肪を近づけるのは遠慮願いたいものだ」
「し、脂肪とは失礼ですわね! 好きでついたものではありませんわよ!」
「ふむ」
「質問にお答えになってくださいまし。でないと、もっと近づけましてよ。なんならその顔、眼鏡ごと押しつぶしてあげますわ!」
「君はまんじゅう怖いという逸話を知っているかね?」
ハッとなって花音は引き下がった。
「まさか生徒会長……わたくしの胸が目当てで……」
「何を言い出すのだ君は。あんな事件に遭ったばかりだというのに」
花音はコホンと咳払いを挟むと、再び鬼畜おっぱい大好き眼鏡の顔を指さした。
「はぐらかさずお答えくださいまし。それにええと……わたくし、最初はとんでもないことを押しつけられたと思いましたけど、今になってみれば入学した頃よりも、協力員の任務を通じて色々な事を知ることができて……交友関係も広がって……べ、別に悪い気はしませんでしたわ!」
少女の顔が耳まで赤くなった。自分でもわかるくらいにアチアチで、顔から火が出そうだ。
観念したのか、黒森はゆっく息を吐きつつ頷いた。
「そうか。君のためになった部分もあるのだな」
驚くほど柔和な表情の黒森に花音はムッとなる。青年は続けた。
「私もまさか、学園内にああいった凶行に及ぶ者がいるとは思ってもみなかった」
「わたくしだって同じですわ! 完全に油断慢心していましてよ。だから、この件に関しては言いっこなしといたしましょう」
花音が未遂ながらも事件に巻き込まれた。
この事実が黒森のまとう霧のようなものを厚くしている。
「まだ、わたくしを任命した理由がはっきりしていませんわ」
「それは君が星宮きらら先生だからだ。君はネット小説を書いている。が、最近は更新できていない。取材経験になるかと考えての判断だ」
「ですからそれがおかしいのですわ!」
「まだ、君がなぜ星宮先生かを知った理由については教えていなかったな……」
「だからおかしいと何度言えばわかりまして? 仮に会長が星宮きらら=金持花音という情報を誰かから得たとしても、どうして取材をさせますの?」
闇の衣を剥がすように花音は矛盾と疑問を突きつける。
「ふむ」
多弁な眼鏡が黙り込んだ。
「納得のいく理由をお聞かせくださいまし」
「君が納得するかはともかく、私の気まぐれだ。小さな親切心で君に白羽の矢を立てた。無論、家名の大きさも承知している。だからこそ、捜査にはうってつけの人材だと考えたのだ」
金持家の名と生徒会からの任命。この二つがあれば学園内でそうそう捜査に非協力的にはなれないだろう。
黒森の思惑通りだ。聞き込み調査で相手は花音の名字を知るや、うろたえた。
少女は思う。
黒森玲央がモリアーティであることをあっさり認めたのは、他に隠蔽したい何かがあるからだ……と。
ミステリでは死体のフリをして探偵の目を欺き、容疑者リストから外れる犯人がいる。
一度死ねばそれ以上、探られることもない。
普通に話していてものらりくらりとかわされる。
少女は大きく息を吸い込むと――
「わたげ!」
と、黒森を呼んだ。




