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当家のメイドは優秀でしてよ~!

 田中保は逮捕され、そのまま警察病院に搬送された。


 犯行を自供し「自分は殺される。警察で保護してくれ」という始末。


 彼を襲撃したニンジャについては捜査中だが、学園内の監視カメラに一切姿が映っておらず進展しそうにない。


 目撃者は花音と大福、それにボコボコにボコられた用務員自身である。


 薄暗い中、一瞬すれ違っただけの琥珀は目撃者未満だった。


 事件は未遂に終わった。


 今夜も窓の外に花火が上がる。


 夕食後の紅茶に口をつける。今日は執事ではなく本家のメイドが花音のお世話係にあたっていた。


 男性に暴行されかけたのだからと気を遣ったのか、鋼は「たまっていた有給を一気に消費しようかと存じます」と、二週間の休養を申し出たのだ。


 代打のメイド――雪代瑠璃はまだ二十代ながら完璧な人物で、花音が言うまでもなく飲みたい理想の紅茶を淹れてくれる。


 同じ茶葉でも執事のピンボケした味の紅茶とは別物だ。


「鋼は帰ってくるのかしら」

「あの男はお嬢様が考えていらっしゃるよりもずっと図太い神経をしています。問題ありません」


 氷のように冷たい口ぶりだけは、花音も慣れなかった。コミュニケーションをとる上で必要最低限の会話しかしない。


 雪代に温もりまでは求めすぎ。と、花音もわかってはいるつもりだった。


「一言どころか、二言三言多い人間がいないと夜が一層静かですわね」


 返答は言葉ではなく相づちで済ませ、メイドはテーブルに消しゴムサイズのプラスチックを置く。


「田中保の人物像について、資料をまとめておきました」

「仕事が早いわね。ありがとう」


 USBメモリを受け取ると、少女は紅茶を飲み干した。


 自室のノートPCで報告書の内容にざっと目を通す。


 田中の出身は関西で、中学高校と陸上部に所属していた。高校ではインターハイの長距離で三位。そのまま地元の有名大学にスポーツ推薦で合格し、一年生にして大学駅伝の走者に選ばれた。


 予選会の前日、未成年ながら飲酒し自動車で事故を起こす。


 当時付き合っていた女性にいいところをみせようとした結果だった。


 退学処分を言い渡され、地元から逃げるように上京。スポーツ用品店に勤めるも上手くいかず、職を転々。英彩学園の用務員になったのは偶然だった。


 事件を起こすまでずっと、田中はおとなしくしてきた。自業自得で失った過去の栄光が彼の内部でどす黒く醸成されていくのに、学園の環境はぴたりと合致したのである。


 未来がある高校生たちを、日々、田中は苦々しく思っていたらしい。


 中には用務員を人生の負け組だと、陰口をたたく生徒もいた。


 男のフラストレーションは頂点に達するのも時間の問題だ。


 かといって、この仕事を辞めてやりたいこともない。


 すべてを持つもの――花音と出会ったことがトリガーとなった。


 といったところか。


 用務員の心の内に気づかず、自分の行動があまりにうかつだったと、少女は自省する。


 反面、生徒会の外部協力員になったから出会えた人もいた。


 文書ファイルを閉じて考える。


 田中保は学園の裏サイトを知っていたけれど、QRコードをあちこちに貼ったりはしていない。

 本人もモリアーティではないと否定していた。


「これで終わりではありませんわよね」


 自然と言葉が口をついて出る。


 生徒会の関係者で学園のウェブページをいじることができ、なおかつQRコードを校内各所に貼ることができる人物。


 それがモリアーティだ。


 QRコードは女子トイレには一枚も見当たらず、そのことから男子の可能性が高いと花音は読んでいる。


 学食で一度剥がされたQRコードが、近いうちに貼り直されていたこと。監視カメラ設置後に犯行がピタリと止まったこと。


 他にも諸々、消去法的に考えていくと――


「やっぱり……あの方しかいませんわ」


 なぜこんなことをしたのか、動機だけが見当たらない。


 なら、直接本人に確認するしかないと少女は意を決した。




 翌日、学園には噂が蔓延していた。


 とはいっても、花音が用務員に暴行されかけたという不名誉な事実は、怪しいくらいに見当たらない。


 生徒たちを湧かせたのは二つの事実である。


 一つは、学園のPCと電力で仮想通貨マイニングをしていた砧が、停学から自主退学を申し出たというものだ。


 このことが明るみに出て親族が経営するITベンチャーの株価が急降下したらしい。


 もう一つは美術部部長の江藤忍の転校である。


 親が経営する画廊に銀行からの融資がおりなかったそうだ。高い学費も払えなくなり、転校という形になってしまった。


 生徒の中には公立校へ都落ちだの、好き勝手に言う者も少なくない。


 あまり良い趣味とは言えませんわね。と、花音は思う。


 昼休み、花音は琥珀を屋上に呼び出した。


 今日もぼさっとした髪に、どこか虚空を眺めるような瞳の少年は不思議そうに首をかしげる。


「……どうしたの? 大福先輩抜きなんて」

「わたくしの気持ちが視えているのなら、わかりませんこと?」

「……わからない」


 出会った当初に戻ったやりとりに、花音は懐かしさすら感じた。


「琥珀君に視てほしい人物がいますの」


 今日まで解決してきた事件のうち、ほとんどが彼の手柄。花音は通訳にすぎなかった。


「……そう……か。うん」


 一人少年は納得すると首を左右に振った。


「お、お断りということですの!? 事件の捜査はもうしませんわよ!」

「……危ない目にあったしね」


「けどこれだけはお願いいたしますわ!」

「……ごめんね……花音さん」


 琥珀は謝罪というにはゆったりとした口ぶりで続けた。


「……実は、もう……他人のオーラが見えないんだ」

「は、はいぃ!?」


「……本当だよ。母さんが言ってた。僕らの一族の力は、安心できる相手を見つけるためにあるんだって」


「そ、それってつまり、わたくしや大福先輩と出会ったから、人の色を視て信じられるかどうか判別する必要がなくなったということですの!?」


「……うん。そうみたい。母さんも父さんと出会った時に、力がなくなったんだって」

「けど、一緒に事件を解決しましたわよね?」


「……あれは花音さんが言ってほしそうな色を言ってたんだ」

「はいいいいいいいッ!?」


 つまり、花音は琥珀の判断を絶対のものとして容疑者を問い詰めていただけだった。


 自信たっぷりのお嬢様に気圧されて、相手の自白が取れただけ。


 少女はその場で膝を抱えてしゃがみ込んだ。


「わたくしなんてことをしていましたの~! 死んでしまいたい気分ですわ~!」

「……死なないで」


「ううっ。どうして相談してくれませんでしたの?」

「……この力がないとわかったら、僕は君の役に立てなくなるから」


「や、役に立つかどうかで付き合いを決めるようなお安い女ではありませんことよ!」


「……うん。君はきっと今も金色に輝いているんだね。色が見えなくなって……信じる勇気を持てなかった僕が悪いんだ。だから……ごめんね花音さん」


「お仕事の方はどうされますの?」

「……母さんも特別な依頼はもう受けないって。大丈夫……蓄えがあるから卒業くらいまではなんとかなるよ」


「奪ってしまいましたのね……あなたの希有な才能を」

「……違うよ。君が僕を普通の人間に戻してくれたんだ。呪いを解いてくれた……ありがとう」


 少年はそっと手を差し伸べる。


 少女は手を取り立ち上がった。


「わたくし、何も知らずに地雷原でタップダンスを踊りながら捜査をしていましたのね」


 すべてが上手く運んだのも、幸運が味方したに過ぎない。


 少女は口をへの字に結んだ。


「わかりましたわ。チート抜きで勝負いたしましてよ」


 最初と最後は同じ。


 決着は自分でつけると花音は心に決めた。

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