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ア”ア”ア”ア”ア”ア”アアイエエエエ! ですわ~!

「ど、どうしてその事を知っていますの?」

「あーやっぱあのチャットまでたどり着いたんだな」


「もしかして……あなたがモリアーティでしたの?」

「探偵失格だねぇお嬢さん。んなわけないだろ。どうして俺がガキのコスプレごっこしなきゃなんないのよ?」


 裏サイトのやりとりを用務員は把握していた。


 花音もそうだが、チャットルームに入室しなくてもやりとりを見ることはできる。


 男の手が少女の髪に触れる。


 逃げようにも扉は一番遠く、壁際に追い詰められた。


 壁ドンされて花音はますます萎縮する。


「こんなことしてただで済むとおもいまして?」


「おもわないよ。俺だってわかってるんだ。だったら一番社会問題になりそうな人間を選んでバズりたいじゃないか。お前は俺の前に現れた救いの女神だ」


「や、やめて……ください」

「さっきまでの威勢はどうしたんッスかぁ?」

「…………」


「お前が色々調べて噂が立って、学校に居づらくなったバカガキもいるだろ? お前もそれと一緒になるんだよ。用務員にレイプされた名家のご令嬢ってさ。事件をもみ消せるもんなのかねぇ」


 男の口ぶりはとても冗談に聞こえない。


 花音の頭の中は真っ白になった。


 まだキスだってしたことがないのに。


 用務員が急にキレ始める。


「居づらくなるんだよなぁ。噂ってよぉ。俺だってケガさえしなきゃ今頃箱根駅伝走ってたんだ! 区間新出してたんだよ!」

「は、はいぃ?」


「惨めにガキのお守りなんかしてなかったんだ……ふざけやがって……もう俺の人生とっくに終わってんだよ。だから怖いもんなんてないんだ。クイズしようぜ探偵さん。そういう人間って、なんていうんだ?」


「う、うう……無敵の人……ですか?」

「正解。ったくよぉ……ふざけんじゃねぇよ誰が無敵の人だ!」


 男の手のひらが少女の頬を叩く。答えられたのに無茶苦茶だ。


 人にぶたれた経験がない花音には、痛み以上に大きな衝撃だった。


「や、やめて……ください」

「もうなめた口調も無しかよ? 普通のしゃべり方できんなら最初からしとけよガキが」

「演じなければいけなかったから」


 金持家に招かれるまで普通の女の子だった。だから花音は口調から変えることでペルソナを身にまとってきたのだ。


「被害者面すんじゃねぇよ。ほしいもの全部手に入る人間がよぉ……反吐が出る」

「全部なんて……まだ、わたしは自分一人の力じゃなにも手にして……ません」


 今にも……という状況なのに、反論が口をついて出た。


 男の怒気をはらんだ表情から、スッと感情が抜け落ちる。口ぶりも淡々と田中保は告げた。


「お前さ……恨み買ってんだよな。あんま騒がれるとアレだし……そうだ、終わったらさ……殺しちゃうか。どうせ終わりなんだもんなぁ。最後に一人、とびっきりの勝ち組を道連れにできたら、俺の人生にも意味が生まれるかもしれないしさ」


「い、いやぁ」

「逆に殺してから犯すのもいいかもしれないッスねぇ」


 男の手が少女のブラウスに伸びる。小さなボタンを引きちぎられて白い胸元と谷間があらわになった。柔肌はきめ細やかで男の劣情を誘う。


「お嬢様ってんだからブラジャーも高級品かと思ったら、案外普通だな」


 下着の上から男が花音の胸をわしづかみにしたその時――



 トントン



 と、重い扉が外からノックされた。


 一瞬の沈黙――


 こんな時間に誰が生徒会室にやってくるだろう。と、二人は同じ思考を巡らせる。

 が、田中が一歩早く花音の口を手で塞いだ。


「むごもごごご!」


 悲鳴を上げようにもくぐもったうめきしか出ない。


 仮に声を上げられたとしても、外音遮断に秀でた扉である。


 それでもワンチャン。と、花音は田中の手のひらを噛もうとした。


 上手くいかない。


 どうか異変に気づいてと少女は祈る。


 田中は黙り込んだまま、じっと木の扉を見据えていた。



 ガチャガチャ



 ドアノブを回す音。だが、内鍵が掛かっていて開かない。


「まさかさっきのガキ二匹か?」


 田中が小さくぼやいた。


 ノブを回す音が止み、しんと静まりかえった。


「諦めたみたいだな。ったく……驚かせやがって」


 花音はぎゅっと目を閉じた。


 もうだめだ。


 諦めかけたその時――


 扉の向こうから強烈な気配が急速に近づいてくると感じた。



 ドゴオオオッ! バキイィ!



 分厚い木の扉が衝撃とともに蹴り開けられた。人間離れした身体能力だった。


 廊下側から黒い影が姿を現す。


 ひらりとしたオリエンタルな雰囲気の黒い外套に身を包んでいる。背の高い男だ。顔を白い狐のお面で隠していた。


 異様な姿はまるで――


「ニンジャ?」


 花音が呟く。どうしてニンジャが? なんでなんでですの?


 今から犯され殺されるところに、乱入してきた黒衣の狐面。少女は混乱よりも希望を感じた。


 用務員が花音の腕を極めて背後から拘束する。続けざま男はニンジャを恫喝した。


「ニンジャって……この前の不審者がなんでこんな時に……」


 犯罪者と不審者なら、花音は不審者の方が万倍マシだと思った。


「た、助けてくださいまし! 今、こちらの学園用務員、田中保にレイプされそうになりましたの!」


 もはや恥も外聞もなく花音は状況を説明する。はだけた胸元が何よりの証拠だった。


 狐仮面はうなずきもせず二人の元に歩み寄る。


 足音が全くしなかった。さまよう幽鬼のようにゆらゆらと姿がブレ、窓から差し込む月光にその姿が消える。


 そう、花音は錯覚した。緩急をつけた足の運びで相手の虚を突き一気に間合いに入ると、ニンジャの掌底が田中の鼻を砕いた。


「――ッ!?」


 声に鳴らない悲鳴をあげて田中がよろめく。瞬間、ニンジャは花音の手を取り引き込んだ。


 フィギュアスケートのペアのようにニンジャは軽々と花音の体を持ち上げると、背後にそっと下ろす。


 まるで壊れ物を扱うような繊細さで、花音は着地の衝撃などみじんも感じなかった。


 その間に、用務員が食いしばり体勢を立て直す。


「ふ、ふざ、ふざけんなよ! いきなり暴力なんて!」


 ニンジャは応えない。ゆらりと振り返りながらの裏拳が田中の顔面を殴打する。


「へぶっ!?」


 奇妙な声をあげる田中と狐面が正対した。瞬間――


 ニンジャの両腕が瞬時に用務員を穿つ。


 眉間、人中(鼻と口の間)、顎、喉、水月みぞおち


 続けて蹴り技。


 金的、膝の皿。


 膝を蹴りこまれ立っていられなくなった田中の体が、ぐらりと前屈みになったところへ――


 頭頂部めがけてかかと落としが炸裂した。


 殺意マシマシのフルコースである。正当防衛というにはあまりに過剰だった。


 花音が悲鳴を上げる。


「お待ちになって! 死んでしまいますわ!」


 花音が止めるのが遅かったのではない。狐面の動きが速すぎたのだ。電光石火で用務員を行動不能にするとニンジャが少女に向き直る。


「…………」

「あ、あの、どこのどなたか存じ上げませんが、危ないところを助けていただきましてありがとうございます」


 ニンジャがスッと音も立てずに少女の胸元を指さした。


「きゃっ!」


 短い悲鳴をあげて少女ははだけた胸を腕で覆った。


 そこに――


「おいコラテメェ! なんだそのニンジャみてぇなふざけ倒した格好は!」


 廊下側から大福の声が響く。


 彼からすれば用務員が床にうつ伏せになり、花音の胸がはだけて、不審者が少女の胸に手を伸ばしているようにしか見えなかった。


 ニンジャは大福めがけてゆらりと近づいたかと思うと、青年のタイミングを外して身をかわす。


 バスケの助っ人でならした大福だが、触れることさえできなかった。音を立てずにニンジャは廊下を駆けていく。


「おい琥珀! そいつを捕まえろ!」


 遅れてきた琥珀の脇を黒い風が過ぎ去っていった。


「……え?」


 何が起こっているのかもわからず、少年は棒立ちだ。大福が吠える。


「ああもういい! 花音を頼むぞ! オレがやつを追う!」


 大福は駆けだした。一歩目からトップスピードに乗る俊敏さだ。どの運動部もほしがる逸材がけたたましい足音を立てて、ニンジャを追走した。


 琥珀が生徒会室にやってくる。


「……大丈夫? 花音さん」

「う、うう……」


 大福と琥珀の顔と声に、少女は一瞬で現実に引き戻された。


 途端に緊張が消え、恐怖がわき上がる。いてもたってもいられず、花音は琥珀に抱きついた。


「こ、怖かったよぉおおお」

「……うん。ごめんね……見つけるのが遅れて」


 少女は顔を涙と鼻水でぐずぐずにしながら琥珀をぎゅっとする。されるがままの少年だが、花音のはだけた胸が密着しているのに気づいて、薄暗い中頬を赤くするのだった。


 そのまま琥珀は警察に通報する。


 後の処理は大人に任せることとなった。

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