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ちょっ!? マッ!? ですわ~!

 話は弾んだ。旅行の許可が下りるかどうか。花音も本家に言うだけ言ってみようと思う。


 窓の外は暗くなり、騒がしかった学食に食べ歩き同好会の三人は取り残された。


 生徒の下校を促すアナウンスが流れ、照明が落ちていく。


 非常灯のみで薄暗い廊下からLEDランタンを手にした作業着の青年が、学食に顔を覗かせた。


「ほら下校時刻ッスよ。帰った帰った」


 言われて大福が椅子から腰を上げる。


「あっ! すんません! すぐ撤収するんで」


 自分に非がある時の青年は見た目のヤンキーさに反比例する素直さだ。ギャップ萌えするかどうか、花音としては微妙なところである。


 琥珀も席を立つ。


「……今日はここまでだね」


 大福が右腕をぐいっと曲げて力こぶを作るポーズをしてみせた。


「行っとくか……二次会?」

「……もう今日は話すネタないよ」


「お前は人の話をうんうん聞いてばかりで話してねぇだろ!?」

「……そうだっけ?」


 花音が初遭遇した時の琥珀からすれば、会話しているだけでコミュ強に進化したと断言できる。


 呼吸できて偉いね。朝起きれて偉いね。と、ほぼ同レベルだ。それがめざましい進歩だというのを、花音だけが知っている。


 用務員の田中はランタンを床に置くとパンパンと手を叩いた。


「ほらほら続きはファミレスで。って、あんま夜遅くなるとまずいッスよね。この学校の生徒さんは将来有望なんだし」


 少し嫌味かも。と、心の中で呟きつつ花音も荷物をまとめた。


 大福が歩き出し「今日は解散だな」と背伸びをする。


 ランタンを手にした用務員が「足下気をつけるッスよ」と、三人を昇降口まで先導した。


 男子二人が口論プロレスしながら用務員を追い抜く。


 花音も外に出ようというところで――


「あっ……ちょっとお話が……いや、もう遅いッスよね時間的に」

「はい?」


 少女は立ち止まった。


「実は見つけちゃったんッスよ。ほら、あのお花のQRコード」


 花音は考える。調べたところで新しい情報は出てこないかもしれない。


「どこにありましたの?」

「それがッスね。大きな声じゃあ言えないんですけど」


 昇降口前のエントランス広場で大福と琥珀が待っている。


 用務員は目を細めて呟いた。


「生徒会室の会長さんの机に貼られていたんッス」

「そんな……ありえませんわ?」

「嘘なんてついてないッスよ。なんなら今から見に行くッスか?」


 花音は思考を巡らせる。


 黒森の机のどこかにQRコードが貼られていたなら、あの鬼畜眼鏡が気づかないはずがない。


 すぐに剥がして証拠品として保管し、自分が雇った探偵こと花音にも情報共有するだろう。


 しない理由があるのか、用務員が嘘をついているのか。


 田中は「あ、いや引き留めちゃ悪いッスよね」と笑う。


「いつ見つけましたの?」

「ついさっきッスよ。ほら、あの生徒会長さん真面目じゃないッスか。夜遅くまで学校に残ってあれこれこなしてるんッスよ」


「どうやって時間を捻出して勉強しているのかわからない超人っぷりですわね」

「勉強といえば、なんでも学力推薦で入学して、家はお金持ちでもなんでもない定食屋さんらしいッスね」


 いわゆる特待生枠だった。そんな素振りは一切見せず、二年生ながら学園のトップに君臨するかの如き青年だ。


 黒森の執務机にシールを貼ることができるのは、生徒会の人間になる。


 思えば学園ウェブページの部活紹介も、管理しているのは生徒会とコンピューター部だった。


 貼られたタイミングは不明。黒森がたまたま気づかなかったのかもしれない。、


「シールはそのままにしてありますの?」

「現場保存はバッチリッスよ」


「机のどこにありまして?」

「うーん、言葉で説明するより見てもらった方が早いような……あ、でも明日で良いッスよ」


 明日になれば黒森が気づいて剥がすかもしれない。


 遠くから大福が「おーい! なにやってんだ帰るぞ?」と花音に声を掛ける。


「ちょっと校内に忘れ物をしてしまいましたわ! 二人は先に帰ってくださいまし~!」


 花音はきびすを返して校舎に入る。


 用務員は大福と琥珀に「お嬢さんは任せるッス」と一言告げた。続けて――


「んじゃ、ついてくるッス」

「生徒会室の場所くらいわかってますわ」


 花音は歩き出した。


 LEDランタンを手にした田中保を従えて。


 そんな花音の背中を大福と琥珀はじっと見つたまま立ち尽くしているのに、気づくことなく。




 薄暗い廊下を進み、重い木の扉を開く。


 英国調の家具が並ぶ生徒会室の印象ががらりと変わった。


 非常灯とランタンの頼りない照明だけでは不気味な洋館よろしく、まるでゾンビの出てくるゲームの世界に迷い込んだ気持ちになる。


 少女は扉を開けたままにした。


 以前、用務員の青年と密室で二人きりになった時、奇妙な息苦しさを感じたためだ。


「それで、どこにシールが貼ってありますの?」

「天板の裏側だったかな。ちょっと奥まったところでね」


 曖昧な返答だ。スマホを手にライトを点灯。花音は部屋の奥にデンと構えた机に向かう。生徒会長の椅子を引き出し、しゃがみ込んで机の天板の裏を確認すると――


 バタンと重苦しい音がして、木の扉が閉じられた。


 さらにカチャリと内鍵が閉められる。


「戸締まりはなさらなくてもよろしいのではありませんこと?」

「ほんとバカだよな。金持ちのぼんくらなガキってさ」


 用務員の口調が一変した。


「急に……どうしまして?」


「ほんとさ、なんでガキ相手にペコペコしなきゃなんないんだろうな。急にも何も、これが普通の俺だし。そうだよ。用務員なんてやってんのは俺じゃないんだ」


 様子がおかしい。


 花音の心臓が早鐘を打つ。厚い扉で外界と遮断された空間に、男と二人きり。


 普段の妄想癖が働かない。


 悪い予感がした。


 これは現実なのだ。


 少女の内に恐怖心が湧き上がる。


 いや、大丈夫。だってもしも……もしも何か事件が起こったとしても、用務員の姿は大福と琥珀に目撃されている。


 だから犯罪行為に及ぶはずがない。事件を起こせば捕まると決まっているのだから。


 自分を落ち着かせようと花音は思考を巡らせた。


 男が言う。


「探してもなんも出てこないよ。だいたいさ……用務員だからって生徒会室の机の裏まですみずみ確認するわけないだろ」


 かがんだ少女のすぐ脇に立つ。驚いて立ち上がった刹那、男の腕が少女のスマホを取り上げた。


「な、なにをいたしまして!?」

「今夜は二人きりなんだ。ゆっくり楽しもうじゃないか」


 用務員は花音のスマホの電源ボタンと音量ボタンを同時に押し込んだ。強制的に電源が落とされたスマホを投げ捨てる。


「た、楽しむことなんてありませんわよ!」


 薄暗い中、田中保がにちゃりと湿った笑みを浮かべた。


「まあ泣き叫んでもらった方が俺はスカッとするけどな。いつも澄ました顔でごきげんようとか言っちゃってるガキが涙を流してごめんなさいってなるんだぜ?」


 少女の唇が震えた。


「あれ? もしかしてお前、処女じゃなかったりする?」

「失礼にもほどがありましてよ!」

「じゃあ俺が初めての相手だな」


 ネットでそういった知識は詰め込まれている花音だが、自分の身に降りかかることなどあり得ないと思っていた。


 護身術の一つたしなんでおけば良かったと後悔するが、時すでに遅し。


 男が目を見開く。闇の中、白目がちな瞳がぎょろりと花音を見下ろした。


「それにさ、お前をレイプしてほしいってリクエストもあったじゃんか」


 少女の肩がビクリとなった。


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