どこかに野生のモリアーティが生えていませんかしら~?
グループ名:英彩学園食べ歩き同好会
大福『早く元気になれよ。まだ俺たちの食べ歩きは始まったばかりだからな!』
琥珀『……お大事に。あと小中先輩はデリカシーを学んでほしい』
大福『なんだテメェ! デリカシーはなくてもデリバリーならできんぞコラァ!』
琥珀『……理解不能。花音さんは心配しないで。困った先輩は僕がなんとかするから』
大福『言ったな! よぅしなんとかしてもらおうじゃねえか! 今日の気分は九州でうどんだ! 航空便……予約……っと。良かったな! 空きがあったぞ! 足代は心配すんなこっち持ちだ』
琥珀『……た す け て』
花音『ギブアップが早いですわ! ダイイングメッセージになっていましてよ!? 二人ともありがとうございます。明日はちゃんと登校いたしますわ』
花音は返信するとスマホを放り投げ、寝室のベッドに倒れ込んだ。
休んだ理由について大福も琥珀もお嬢様に訊かなかった。花音からも話さない。話せない。知れば二人とも、犯人捜しをするかもしれないからだ。
隠神刑部もサリエリもモリアーティも英彩学園の生徒だろう。
学園のウェブページからリンク切れのような偽装がされた園芸部の跡地に、隠されているリンクなんて外部の人間は気づきもしない。
パスワードも解析ソフトを使えば簡単にわかるものかもしれないけれど、学園内にちりばめられたQRコードからたどり着くようにできている。
おそらく主催者はモリアーティ。
生徒会長――黒森玲央が言っていた噂の根源かもしれない。
花音はふかふかの枕に顔を埋めた。
「……どうして……わたしのことをかばうみたいに……」
隠神刑部もサリエリも花音に敵意をむき出しにしていた。
モリアーティは二人をたしなめるみたいで、お嬢様的にはもやもやとした気持ちになる。
裏サイトについて黒森に報告する勇気が湧かない。言わなくとも数日中にはなくなってしまう。いやサイトそのものはなくならないのだが、少なくとも学園ウェブページからのリンクは削除されるはずだ。
一方で、黒森が裏サイトの存在に気づく可能性もあった。
花音の報告を受けた生徒会長である。パスワードを突破することも十分に考えられる。
ふと花音の脳裏に疑問が浮かんだ。
「そもそも、いったいどなたがリンク切れの偽装ページなんて仕込みましたのかしら?」
すでに最後の園芸部員は学園を去ったあとだ。
学園内に隠された花のQRコードは、園芸部がなくなったことへの『復讐』なのだろうか。
花音が剥がしたコードのシールが貼り直されたことや、リンク切れを偽装したウェブページ。
モリアーティはいる。実在する。
学園のウェブページをいじれるのは生徒会とコンピューター部だった。
他に職員や顧問の教員。関係者も含められるが全校生徒と比べれば、容疑者も絞れるだろう。
琥珀に頼んでめぼしい相手に「あなたがモリアーティですのね?」と質問すれば、いずれ行き当たるかもしれない。
証拠は無くとも誰かわかれば、なぜ? を推察できる。
匿名の裏サイトで花音をかばった理由。
かばったのではなくサイト内の秩序を維持しただけかもしれないけれど。
うつ伏せで枕に顔を埋めると少女は身もだえた。
翌日は普段通り登校して、放課後になると花音は大福と琥珀と一緒に、学園内の中庭に赴いた。
二人には自分のやることを信じてほしいとだけ言ってある。
詳しいことは相談できない。裏サイトについて触れることになるからだ。
シャワーヘッドのついたホースを手に、花に水やりをしている作業服の青年――田中保の元へと向かう。
「おや、この前のシャベルとスコップのお嬢さんじゃないッスか」
「ごきげんよう田中様」
「様なんてつけるのやめてほしいッスね。自分はただの用務員なんだし」
照れたように笑いながら田中は水をまく。
光を反射してキラキラときれいだ。咲き乱れる花々に虹がかかった。
手を止めない青年に少女は訊く。
「お話よろしくて?」
「あーすんません。今ちょっと、手を離せなくって」
大福が一歩前に出た。
「別に立ち話で済むんだし話くらい訊いてもいいだろ?」
「まあそういうことなら」
田中は目を細めた。花音が改めて質問する。
「あなたがモリアーティですの?」
「森? なんッスかそれ」
花音はそっと琥珀を一瞥した。
「……白……だと思う」
琥珀は小さく息を吐く。断定できない様子だ。
花音は質問を変えた。
「今年の春に卒業した最後の園芸部員についてはご存じかしら?」
「あ~。あの子はいい子だったなぁ」
「どのような方でして?」
「土いじりが好きな生徒さんでしたよ。おとなしい感じで。部員集められなかったのは自分の力不足って」
「そうでしたのね」
少女の相づちに合わせて琥珀が「……白……かな」と少し自信なさげに呟く。
田中が思い出したように呟いた。
「まあお金持ちの家の子が多い学校だし、この前も『用務員とか人生の負け組みたいで草』なんて言われたりで……園芸部みたいな作業をする部活って不人気なのかもしれないッスね。あはは」
乾いた声で笑う田中に大福が不服そうに詰め寄った。
「誰だよそんなガキみてぇなこと言ったのは」
「さあ、名前は知らないんで。丸っこい体型のオタク君って感じだったけど。パソコンとか好きそうな感じッスね」
花音と大福は顔を見合わせた。
なんとなく、それらしき人物に心当たりがある。
コンピュータ部の砧だ。もちろん、別人の可能性もあるが先日の一件で妙に濃いキャラが焼き付いていた。
用務員は締めくくった。
「ガキみたいもなにも皆さん未成年なんだし、そういうことを言っちゃうのも仕方ないッスよ。あははは。ほら仕事の邪魔だから散った散った! 水ぶっかけるッスよ?」
シャワーホースを少女の足下に向けて水をばらまく田中に、お嬢様はダンスを踊らされる。
まるで短機関銃の掃射でもされた気分だ。
「きゃっ! なんてことをなさいますの?」
「あんまり生徒さんと話さないようにって上がうるさくてね。この学校の子供たちは自分と違って将来有望ッスからね」
所々、言葉にとげを感じる花音だが、琥珀を確認すると「……たぶん白」と返ってきた。
花音は三歩下がって――
「ご協力感謝いたしますわ」
「いえいえどういたしましてっと。夜ならもう少し時間とれるんッスけどね。まだこの時間は忙しいのなんのって。はぁ~忙しい忙しい」
花の水やりを終えると田中氏は台車に荷物を載せて、校舎裏へと運んで行った。
大福が花音に首をかしげる。
「んで、何を調べてたんだ? モリアーティってなんだよ?」
少女に代わって琥珀が返答する。
「……ジェームズ・モリアーティ。シャーロック・ホームズのライバル? だっけ」
確認は花音に向けられたものだ。
「ええと……最後の事件でライヘンバッハの滝にて二人とも転落死……のはずでしたけれど、復活を望む読者によってホームズが生き返るなんてこともありましてよ」
大福は腕組みをしてうなる。
「ホームズがいいもんなら悪いやつってことだよな。お前は何も訊くなって言ったけど、俺や琥珀に秘密で危険なことしてないだろうな?」
「だ、大丈夫ですわよ」
茶髪の青年は上から覆い被さるように、ぐっと少女の顔をのぞき込んだ。
「黒森の野郎に命令されてるってんなら、俺がガツンと言ってやるぜ?」
「本当に問題ありませんから」
大福の視線が花音からエアリーヘアな猫っ毛の少年に狙いを定め直した。
「んで、どうなんだ琥珀? 白か黒かわかるんだよな?」
「……わからない。僕にはもう……花音さんはずっとまぶしくて色が見えないから」
「んだと!? どういうことだそれは」
「……どうもこうも……きっと、僕にとって特別なんだ」
「お前だけじゃねぇよ花音を特別に思ってんのは! 俺だって……」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。と、少女は二人の間に割って入った。
「そ、そこまで! ストップ! このお話は終了ですわ」
困り顔というか、今にも花音は泣き出しそうだ。大福も琥珀も少女の悲しげな表情に気まずくなったらしい。
「わりい花音。何も訊かない約束だったよな」
「……僕も……ごめんね花音さん」
小さく頭を下げた琥珀だが、視線を戻すと続けた。
「……だけど……あの用務員の人……うまく言えないけど……気をつけた方がいいと思う」
色ではなく、琥珀らしくない物言いだ。
花音は目を丸くした。
「琥珀君なら色で判別できますのに、普通に心配されるとちょっと驚いてしまいますわ」
「……ええと……その……共感覚というより……虫の知らせ?」
大福も「確かに人当たり良さそうに見えて、妙にトゲがあったよな」と琥珀に同調した。
花音は考える。前提には琥珀の視る力ありきだが――
用務員の田中保はモリアーティではない。
最後の園芸部員との面識がある。
学園内のいたるところに出入りしている彼が、QRコードに気づいた可能性はあった。
もしくは直接、最後の園芸部員から裏サイトの存在を知らされていたかもしれない。
管理者権限を引き継いで運営を継続している? 学園内にちりばめられた復讐の花のリンクを維持することも、用務員なら怪しまれず可能だった・
となるとモリアーティではないという「白」判定が覆ってしまう。
学園のウェブページを偽装できない。ハッキング能力でもあれば別だが、やはりモリアーティは別人なのだろうか。
田中にもっと詳しく話を訊いて、彼がモリアーティではないとはっきりさせたい。
とはいえ、大福と琥珀に裏サイトについて相談はできなかった。




