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現場に戻ってくるのは犯人だけとは限りませんわよ~!

 翌日の放課後、三人は図書室にやってきた。


 大福が入り口で立ち止まる。


「すぐに片をつけてくれよ」

「ええ、一分以内に落としてみせましてよ」


「花音を頼むぜ琥珀」

「……了解」


 大福は扉を閉めると閉館中の看板を出した。


 人払いである。うっかり誰かが入ってきてトラブルにならないよう、見張り役だ。


 先輩をその場に残し、花音と琥珀は迅速に動いた。


 司書の席に座る清楚系の少女――岩下多那香の前に立つ。


 周囲に他に誰もいないのを確認すると、お嬢様はビシッと岩下を指さした。


「あなたが噂の人気Vチューバー! バーチャル魔法省図書部司書のライブラ・百識ですわね?」

「え? な、な、何言ってるんです急に? 図書室ではお静かにお願いします」


「あら失礼。おほほほ。で、そうなのですわよね?」

「……え、えーと、本とか好きでアナログ派だから、インターネット? とか、ちょっとわからないです」


 花音の視線が琥珀にパスを出す。


「…………」

「どうかなさいましたの?」

「……ええと……たぶん……黒」


 いつもよりワンテンポ遅く琥珀は断定した。


 ともあれ、お嬢様は腕組みをして下からたわわを前腕で持ち上げる。


「本当にライブラ様ではないと仰いますのね?」

「ちょ、ちょっとわかんないです」


 岩下は視線を背けっぱなしだ。


「今夜、配信予定のようですわね」

「へ、へ~。そうなんですか~」


「アーカイブも見ましたわ。赤毛のショートカットで少し抑えめな声ですけれど、トークが大変お上手で本の紹介もしてくださって、すっかり気に入ってしまいましてよ」

「はうぁッ」


 花音の隣で琥珀が「……ピンク……かな」と眉間に皺を寄せている。どことなく少年は苦しげだ。

 花音は頷いて続ける。


「今日の配信でわたくし、メンバーシップ登録してしまうかもしれませんわ」

「メンバーですか?」


「コメント欄を赤く染めてしまうかもしれませんわね」

「赤スパチャで殴るのやめてえええええ!」


 お嬢様はふふんと笑う。


「あら、おかしいですわね岩下様。インターネットのイの字も知らないそぶりで、高額スパチャが赤いことをご存じだなんて」

「ううぅ……ごめんなさい嘘ついてました堪忍してください」


 同じ人物に二度、別件で噂調査をするというのは盲点ながら、花音は登録者数40万人を超える人気Vtuberが在学している噂について真相を確認した。


 岩下については、学園の校則に沿った活動をしており問題はなにもなかった。


 あくまで生徒会の噂調査のためなので、その正体についても花音たちは口外しないということで収まったのである。


 一分経って大福が司書カウンター前に姿を現した。


「終わったみたいだな」

「ええ、確認が取れましたわ。この件は内密に」

「おうよ。で……ん? なあ岩下だっけ? この棚はなんだ?」


 受付カウンター近くの一等地に置かれた特別コーナーに大福が視線を向ける。


 岩下は恥ずかしそうにうつむいたまま――


「あ、あのぅ……そちらは生徒会からの依頼で作ったおすすめのミステリー小説コーナーになります。古典から最近のものまでなかなか渋いチョイスですよね!」


「俺は料理本しか読まないから知らんが、花音はこういうの得意だろ? 捜査令嬢してんだし」

「え、ええ。多少は興味がありますけれど」


 前は本棚の内容まで気にとめていなかったが、本はどれも花音が気になるけどまだ読んだことのない作品ばかりだった。


 一冊として花音が読んだ本が無いのに驚きである。


 お嬢様の視線が岩下に向いた。


「こちらの作品のチョイスは岩下様が?」


「い、いえ!? 全部生徒会長から言われて……。あの方、ミステリ作品だけなら、たぶんわたしよりも読み込んでるんじゃないかと。図書室でめぼしいものは一年生のうちに全部読んでしまったとかで、新しい本がないか確認にもいらっしゃって」

「あら、そうでしたのね」


 黒森のネチネチさや安楽椅子探偵ぶりを考えると、なるほどと花音は思ってしまった。


 それにしても、おすすめ本のタイトルがどれもまだお嬢様が読んだことがないものばかりだ。


 興味のある作品が八割を占めていた。


 ぼーっと棚に見入る探偵に、岩下は続けた。


「ネット小説も読まれているそうです。時間もお金もかからないから良いし、推しの作家を育てられる……って。ちょっと意外ですよね」


 花音は自分の眉間を軽く指でつまむ。


「ちょっと驚きすぎてめまいがしそうになりましたわ」


 大福が「おい大丈夫か? 倒れる前にお姫様抱っこしてやらんこともないぞ」と笑った。


 本当にやりかねないので、花音は首を左右に振る。


「大丈夫でしてよ。それより料理本にしか興味の無い大福先輩が、ミステリばっかりの推薦図書コーナーの何が気になりまして?」


 大福だけでなく琥珀も棚をじっと見る。


「……QRコード」


 花音が首をかしげた。


「はいぃ? そういったものはどの本にもついていますし、確かICチップと連動で……」


 大福は少女の言葉を遮る。


「ちっげーよ花音。ほら、棚についてるだろ。というか、こんだけたくさん棚があんのに本じゃなくて棚にQRコードが貼ってあんのは、なんか変じゃねぇか」


 花音はハッと目を丸くした。


 そして思い出す。最初に岩下の元を訪れた時にも、このQRコードを見つけていたのだ。


 お嬢様はスマホを取り出し、棚に貼られたシールのそれを読み取った。


 画像へのリンクが表示され、タップすると――


「紫の小さな花が鈴なりですわね?」


 大福の視線が急に厳しくなる。


「やべぇ画像貼りやがって」

「なにがやべぇんですの?」

「この花はトリカブトだ。食ったらまずいじゃすまねぇよ」


 花の姿は知らずとも、名前くらいは花音も耳にしたことがある。


 毒――


 ミステリに登場すると、多くの場合人の命を奪うものだ。


 学園内に咲く花の一輪は、QRコードの森の中にひっそりとたたずんでいた。


 司書の岩下だけが話についていけなかった。 




 その日のライブラ・百識の配信は「ついに身バレした」というトークで盛り上がった。もちろん、実際の人物につながらないようファンタジー色を交えた世界観でぼかしてある。


 帰宅した花音はリアタイで配信を視聴した。


 メンバーシップに登録し、節度あるマゼンタスパチャを投げたのは秘密である。

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