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煙と真犯人は高いところに上りたがるものですわ~!

 少女は教務課でいくつかの確認をとった。その足で待ち合わせの場所へと向かう。


 二時間サスペンスドラマの終盤、犯人を日本海側の断崖絶壁に追い詰める……わけにはいかないので、花音は本校舎の屋上に少年を呼び出した。


 降るか降らないわからない曇天だ。


 放課後の屋上に他の人間の姿はない。雨がぱらりと来そうだし、なにより屋内と違って蒸し暑い。


 湿気を含んだ海風がまとわりついてくる。


 そんな屋上は高い金網のフェンスが張り巡らされたフリースペースで、テラスのような扱いだ。


 ひさしの下のベンチに座っていた神岡琥珀は立ち上がると、際に立ち金網を掴む。


「あなたには黙っていましたけれど、昨晩……お母様の水晶様とお会いしてまいりましたわ」

「……らしいね」


「なぜ琥珀君がドッペルゲンガーに会いたいのかも、なんとなくわかった気がいたします」

「……名前呼び?」


「あっ……昨日はお母様と話をする都合上、琥珀君とお呼びしていまして」

「……そっか」


 少年は振り返る。


 虚空をぼんやり見上げる定まらない視線の先に、花音の姿を捉えた。普通の人間には見えない何かが見えている。


 ミステリアスなベールも剥がれ、今では普通の同学年の男の子だ。


「もう一人の自分に会いたいのは、そうしないと自分のオーラの色を確認できないからですわね?」

「……肯定。僕は僕がどんな色のオーラを出しているのか確認したい」


「どうしてそのようなことを考えましたの?」

「……気持ちは色で判別するものだから。僕は僕の気持ちがわからない」


「あらあらあら。そんなもの色が見えなくともわかることではありませんこと?」

「……え? そうなの?」


「自分がどうしたいとか、どうありたいとか、今後どうなっていきたいとかありませんこと?」

「……僕には……やっぱりわからない……どうなりたいのかなんて……」


「絵がお上手なのだし将来はそう……小説の挿絵など描かれるイラストレーターになれますわよ!」

「……絵は好きで描いていたんじゃなくて……出力しないと頭がいっぱいになるから……けど、この学校

に入ったのは……絵だし」


「わたくしは琥珀君が描く絵が素敵だと思いますわ。わたくしを描いてくださったものは、額に飾っておきたいくらいでしてよ」

「……飾るの……恥ずかしい」


「だからコンテストにも参加なさらなかったのね」

「……肯定」


 少年は不安げだ。自分の感情がわからないと彼は言う。が、花音から見れば普通に喜怒哀楽があると思う。


 少し、出し方が不器用なだけなのだ。


 琥珀は絵が嫌いなんじゃない。少女の一方的な押しつけと思い込みだが、きっと美術部の居心地が悪いのだと思う。


 琥珀以外の一年生がいないのも不思議だが、なんとなく少女は察した。


 天才と肩を並べて耐えきれなかった。これから三年間、琥珀と比べられ続けるのがつらかった。


 しかも琥珀は学年トップの成績で、顧問にして数学教師の蛇走から特別扱いだ。


 他の一年が逃げ出すのも無理はない。


 美術部の江藤部長が琥珀にヘイトをたたきつけるのは、加えて才能を認めているからだろう。


 コンクールで入賞する力を持っているのに、出品しなかった琥珀が憎くてしかたないのだと、花音は感

じた。


「ご自身の能力について、周囲が理解してくれない。させようとはしませんでしたの?」

「……みんな……怖がるんだ……口ではすごいとか言うけど……黒……黒……黒」


「だからコミュニケーションが不足してしまいましたのね。これからは、わたくしがお話相手になってさしあげましてよ」

「……金色……」


「水晶様にうかがいましたけど、金色は珍しい色だそうですわね。わたくしがゴールデンである限り、琥珀君はどんな感情か推測できない! つまり、普通の人間と同じく相手の気持ちがわからないでいられるということですわ! おほほほほ!」


 胸を張り高笑いする。


 花音はそのまま空を見上げた。雲の切れ間から陽光が階段のように地上に降り注ぐ。


「レモンティーを選ぶのもミルクティーにするのも、そのときの自分の気持ちで決めていますわよね。自分がわからない人間は選択すらしませんもの」

「……そう……なんだ」


「感情がわからないと琥珀君は仰りますけれど、きちんと普通にありますわよ」

「……普通……なのかな」


「ええ。ただ、我慢してしまっていましたのね。相手の黒が見えてしまって、気まずかったり嫌な気持ちになる。それがつらかった。でしたらもう、お好きになさったら良いのではありませんこと?」

「……好きに……?」


「自分を閉じ込めずに自由に解放してしまうのです。学費だって、お母様のお手伝いながらもご自身の力で稼いでいるようなものですし、絵だって美術部でなくても描き続けられますわ」


 AOだろうと一芸入試だろうと、学園がペナルティを科すことはないのだ。


 水晶から聞いた話だけでは心許ないので、特待生の退学に関するペナルティについて教務課で事前に確認してきたのだ。


 学園側から辞めさせるようなことは無い。居場所を失い、新しい場所が見つけられなくなって辞めていく生徒は存在するらしい……とも。


 琥珀はゆっくりと深呼吸する。


「……僕は……自由だったの?」

「与えられたキャンバスの大きさに収まる絵ばかり描く必要はありませんわ! もちろん、公共物にバンクシーするのは犯罪ですけれど。ご注意なさいまし」


「……でも……僕は……僕の気持ちは……心は……」


「誰しも自分で決めるものなのですわ。それが普通でしてよ。もう一人の自分に会って確認なんてしなくても大丈夫! 不安になることなどありませんもの! ね?」


 花音は少年の手を包むように両手で握った。


 冷たい手がかすかに汗ばんでいる。


「ほら、手が汗を掻くのは原始人が武器を手にして滑りやすくならないようにするための本能。戦いに挑む緊張の現れですわ。つまり琥珀君はドキドキしている。心臓が……心が無い人間がどうしてドキドキできまして?」


「……う、うん……今の僕はきっと……ピンクかもしれない」

「ピンクですって!?」


「……ご、ごめん。女の子に手……握ってもらったことなくって……もう少しだけ……こうしてていい?」

「むっつりですわね。けど、よろしくてよ。わたくしから手をにぎにぎしたのですから!」


 もうどうにでもなーれ。と、少女は琥珀のしたいようにさせた。


 風が吹き抜け雲が晴れる。


「……自分の心は……自分で決める……ありがとう金持さん。やってみるよ」


 お嬢様の励ましに、少年の瞳にかすかな精気と決意の光が瞬くのだった。

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