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困った時は事情通に限りましてよ~!

 放課後――


 美術部に顔を出しづらい花音は、ひとまず学食にやってきた。

 


花音『今日の調査はどうしましょう?』

神岡『ごめん。急に母の仕事を手伝うことになって。明日からお願いします』



 SNSのメッセージに花音は小さく息を吐く。母の仕事とはなんだろう? それを手伝うというのも不思議だけど、絵が上手いから美術関係なのかしら? と、少女は思う。


 独りなら独りで、できることをしよう。


 と、少女は中庭へと足を運んだ。


 花壇や庭園の花々が植え替えられている。


 ブイイイイイン! と、爆音を響かせ広場を芝刈り機で整える青年がいた。水色のつなぎに野球帽をかぶっている。


 背は百七十センチの中頃で、見た目の年齢は二十代という感じだ。


 校内の庶務をする用務員である。


「こ、ここ、こんにちは。ごきげんよう!」


 用務員は芝刈り機を止める。


「ん? なんだい? 困ったことでも? お助けするッスよ」


 少し強面に見えたが、執事の鋼ほどではない。最近、小中や神岡と話す機会もあって、花音の男性に対する緊張感も、少しだけ緩んでいた。


 それでも見ず知らずの男性というのは、ちょっぴり怖い。


「あ、あのあのえーと、生徒会の外部協力員をしている金持花音と申します」

「外部協力員? あー、なんかそんな制度あるらしいッスね。講習会で言ってたかも」


 軽い口調で青年は笑う。なんと、ちゃんと通じたではないか。


 花音は念のため星形記章を青年に見せた。青年は「へー」と相づちをうちつつ。


「で、ご用件は?」

「この学園に開かずの扉がないか探していますの」

「わぉ。本当にお嬢様口調じゃん。やっぱ普通の学校と違うッスね」


 カラッとケラケラ笑う青年は「自分は田中保ッス。たもつは保守点検の保って書きます」と自己紹介を付け加えた。


「田中は普通の田中でしょうか?」

「田中っていったら田中しかなくないッスか?」


 お嬢様の頭の中で田中ゲシュタルト崩壊が加速した。


「ええと、先ほどの質問なのですけれど」

「開かずの扉ってやっぱアレッスかね。都市伝説とか学校の怪談みたいな」

「はい! その通りですわ!」


「あ~。ちょっとわかんないかも。自分、去年の春からこの仕事始めたんだけど……ベテランさんが定年退職するんで交代で入ったもんで」

「そうでしたのね」


「あっ気づいてました? 実は用務員って三人でやってるんッスよ。この学校って広いし、それでも手が回んなかったりもして」

「他のお二方は開かずの扉を知っているかもしれませんのね?」


「いやー知らないんじゃないッスかね。どっちも自分と同じくらいに入ったし。そもそも校舎自体が新しくて、怪談とか都市伝説とかなさそうじゃないッスか」


 花音は下から胸を支えるように腕組みをする。旧校舎でもあればてっとり早いのだが、移転したばかりの英彩学園にそういったものはない。


 新しく旧校舎を建てると必要があった。


 矛盾が過ぎる。


 田中がハッと目を見開く。


「でもでも! 見たかもしんないッス」

「はいぃ? 急に大きな声でどうしましたの? 何をご覧になりまして?」

「忍者! いやー生徒さんたちの噂で去年くらいから学園内に忍者が出るって」


 開かずの扉探索のはずが、ここに来て突然の忍者襲来。ニンジャ!? ニンジャナンデ!?


「ど、どこで見ましたの?」


「あれは何階だったかなぁ。ちょっと階数までは憶えてないんッスけど、本校舎の廊下だったかなって。もう外は暗かったんで夜だと思うッスよ」


「忍者を本当に見ましたの?」

「黒い人影ッスかね。追いかけたんだけど、足音も立てずにすごい速さで見失って。ほら、結構響くじゃないッスか足音」


「あまり意識したことありませんわね」

「生徒が帰宅したあとの夜の学校ってほんと怖いくらい静かなんッスよ。いやマジ最初の頃は宿直とか無理すぎて」


「忍者はそのあとどうなりましたの?」

「廊下を抜けて階段を降りたところで、パッと消えちゃいましたとさ。自分、大学で陸上やってたんで体力には自信あって、それで採用されたんだけどマジびっくり」


 忍者はかなりの身体能力と隠密行動ができるようだ。


「防犯上問題ありですわね」

「一応、警備会社に報告したんッスけどね。忍者は防犯カメラにも映ってなくて。安全のためにカメラを増やしたって感じッス。警備も三倍に強化されたとか。やっぱお金持ちの学校は対応早いなって」


 青年はうんうんと独り納得してみせた。


 監視カメラにつて、田中もだいたいは把握しているという。更衣室やトイレにはもちろん設置されていないとのことだった。


「トイレといえば、清掃も田中様がなされていらっしゃるのでしょうか?」

「あ~う~んと、トイレだけは毎朝清掃業者のおばちゃんが入ってるんだよね」


 花音のマンションも同じだった。執事の鋼は掃除も苦手なので、花音が留守の間に本家のメイドがテキパキとこなしてくれている。


 が、それはそれとして少女は気になるワードを用務員に聞き返した。


「だけは? 他は田中様が全部お掃除されてますの!?」


「そこはそれ最新の設備だもんで、各階や教室に業務用の大型ロボット掃除機が配備されてるんだよね。自分はその子らがトラブった時にメーカーさんに電話したり、集めたゴミを回収って感じ」

「ろ、ロボットですって!?」


 花音の頭の中に、未来からやってきた青い丸タヌキやら、金属製骨格標本めいた人類のリーダー抹殺マシンが思い浮かんだ。


 田中が眉尻を下げる。


「変形合体とかしないからねお嬢ちゃん。ほら見たことないッスか? 廊下の奥にある冷蔵庫みたいなの」


 開かずの扉を探して回った時に、各フロアに設置されていたのを思い出した。


「あれがロボットですの?」


「そうそう。お掃除ロボット。カメラとか接触センサーとか、いろいろついてて結構有能なんッスよ。まあ、細かいところとかはどうしたって人間の手がいるんだけどね。おかげで自分も仕事を奪われずに済んでるって感じ」


 青年は苦笑いだ。ちなみに一ヶ月に一度、清掃業者が入って学校をきれいに保っているらしい。床のワックスがけや窓拭きなどは専門業者が入っていると、田中は教えてくれた。


 田中は締めくくる。


「ま、業者さんは他も掛け持ちだし、学校敷地内のことはなんだかんだで自分の方が知ってると思うんッスけどね。開かずの扉はちょっとわかんないかなぁ」


 学園内を生徒よりも広くよくみて回っている。

 となると、あのことについても知っているかもしれない。


「あ、あの、田中様はQRコードシールのことはご存じかしら?」


「QRコードって、この学校でいろいろ使われてるやつッスよね。案内板とか。なんか本の貸し出しとか、学食でも使えるって」


「ええ、そうですわ。ただ、そういったものに紛れて、誰かがシールを学園内に貼って回っているみたいで」


「変ないたずらッスねぇ。何か犯罪みたいなことになりそうなら、ケーサツの出番じゃないかな?」


「そ、そこまで深刻ではないのですけれども、もし田中様が不審なシールを見かけたら、生徒会に御一報くださいまし」


 さすがに自分の連絡先を明かすのは気が引けて、花音は自ずと保険をかけていた。


「なんだかよくわかんないッスけど、わかったッス。そういうの見つけたら掃除した方がいいんッスかね」

「ええと……ひとまず報告だけで。後のことは生徒会が引き継ぐと思いますわ」


「了解ッス。じゃあ、見つけても勝手に剥がしたりはしないようにしとくんで。そろそろ仕事に戻ってもいいッスかね?」

「あ、はい。お話ありがとうございましたわ!」


「いえいえ。しかしまあ……」


 田中は庭園を見渡した。


「どうかなさいまして?」

「業者さんの話で思い出したんだけど、去年まで花壇とかの管理は学校の生徒さんたちとしてたんッスよねぇ」


「はいぃ?」

「園芸部員少ないから少しでも活動実績作るって言ってたけど、あの子は卒業しちゃってさ。芝刈り手伝ってくれたいい子だったんだけどね」


 懐かしそうに青年は目を細めた。


「は、はぁ」


 気の抜けた返事をする花音に「じゃ、またなんか訊きたいこととかあったらおいでよ。この学校じゃ自分と話してくれる生徒さんってあんまいないんでさ」と、少し寂しそうに告げるのだった。

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