ラーメン二郎でロットを乱すとギルティですって!? 受けて立ちましてよッ!!
午前中の授業が終わると、花音のスマホが珍しくメッセージの着信を知らせた。
SNS経由で届いたのは小中からのメッセージだ。
要件は『食べ歩き同好会』の会合のお知らせである。会とはついても所属しているのは発起人の小中と花音だけなので、実質デートのお誘いだった。
あの方、本当にわかっているのかしら? 天然で誘っている可能性の方が高そうですけれど。
いやむしろ天然率1000%と、花音は思う。
実は噂調査の一件から、何度かお誘いはあったものの中間テストの勉強のためと少女はお断りを続けてきた。
やっぱりちょっと、怖いのだ。小中がいい人だと思ってみても、男の子と二人きりというのがお嬢様には刺激が強すぎる。
問題はテスト期間が明けてしまったこと。今までのような保留はできない。
「今こそ一歩踏み出し、自分の殻を破る時かもしれませんわね」
教室から窓の外を見れば今にも泣き出しそうな空模様。予報では雨は夕方から夜にかけてだったのに、
一足早く降り出しそうだ。
雨が降ったら鋼に車で送迎させようかしら。
と、一瞬でも考えた自分にステイ! お嬢様ステイ! と少女は言い聞かせる。
あくまで小中との関係性は金持家の令嬢としてではなく、同じ学園の後輩。一般女子生徒でありたかった。
鋼と小中を引き合わせようものなら、鋼から本家に「お嬢様が殿方とご懇意にされております」と速報が入るのは火を見るよりも明らかだ。
蜂の巣をつついたような騒ぎになるだろう。
小中も花音が財閥の令嬢と知って態度が変わるかもしれない。
これまで花音も数えるほどだが、親しくなれそうになった相手に出自を知られて態度を豹変されてきた。
遠慮がちになる人も、ごますりしてくる人もいた。そのたび、少女は傷ついてきた。
小中ならそんなことはないかもしれないけれど……。
興味の無いところに知識のリソースを割かないのが、小中大福という青年だ。
陸蓮根は読めても金持の名字については「変わってんな」程度の認識である。
だから無駄に馴れ馴れしく、花音に親しくしてくれている。
握手とか抱っことか、接触しがちなところはあるものの、人間関係的な距離感において小中は心地よい相手だった。
ネットで素性を隠している時のような安堵感。
ただ、あまり近づきすぎても……というのは悩ましい。
「とりあえず……っと」
SNSのメッセージを返す。
『今から参りますわ』
少女はスクールバッグを手に立ち上がった。待ち合わせ場所は本校舎の昇降口だ。
帰宅部の生徒たちで賑わう昇降口で、花音は目立つ長身茶髪の青年と合流する。
「小中先輩は待ち合わせ場所にぴったりですわね」
「俺をランドマークにするんじゃねぇよ。ま、飲食業は新メニューでバズってなんぼだけどな!」
長身なのももちろんだが、学園ではあまり見られない素行不良者っぽいスタイル。いっそ花音もギャルお嬢様になればぴったりという雰囲気だ。
少女は脳内でギャル化した自分をシミュレートした。
まじむりしにたい。
どう転んでも陰の者は陰である。
気を取り直して花音は訊く。
「ところで、大福先輩の髪の色はそのようにされていらっしゃいますの?」
「まあな。お前は違うのか?」
「わ、わたくしのはその……おばあさま譲りですわよ。縦ロール髪も遺伝的に癖がつきやすい髪質なもので、自然とこうなってしまいますの」
「へぇ。よく似合ってるぞ」
「あ、あらあらあらあら。似合ってるだなんて恥ずかしいですわ」
「自分じゃ気に入ってないのか?」
「そのようなことはありませんことよ」
「だったら良かった。きれいな髪を誇りに思える人間にそれを与えるなんて、神様も粋な計らいをするじゃねぇか」
「大福先輩はお化けや幽霊は苦手なのに、神様は信じていますのね?」
「べ、別にいいだろ。それに苦手なんじゃねぇよ。非科学的で存在するわけがないって言ってんだ」
「神様は科学的ですこと? 二行で矛盾してますわよ」
「もう少しいい子になろうか花音後輩」
小中は花音の頭をなでる。途端に少女の顔が耳の先まで赤くなった。
「い、いけませんわ。不用意に異性の頭をぽんぽんするなんて」
「あっ……わりぃ。ついやりたくなっちまって。ちょうどいいサイズっていうか手が置きやすいんだよなぁ」
「サイズ感!? 手の置きやすさで!? 椅子の肘掛け扱いですのッ!? と、ともかく今後は、頭ぽんぽんしたくなった際には、口頭にて事前申請をしてくださいまし」
嫌とは言いづらく、かといって気軽に触られるとぞわぞわしてしまう。花音にとって触られることも不慣れだが、なにより急にこられる事が怖い。
「わかった。さて、じゃあ今日は何を食いにいくかな。花音が加わってやっと同好会らしくなってきたし」
スマホを取り出し考え出す小中に花音は訊く。
「ところで、どうして同好会なんですの?」
「ん? なんだよ急に」
「正式な部として申請すれば、部室に部費などありますわよね」
小中はスマホをポケットにしまった。
「部にするには審査があるんでな。部員が五人以上必要だ。ただ、俺としては仲間に加えるなら『話のわかるやつ』であってほしい」
「はぁ……」
つまり花音は「わかる」側ということになる。
「なに困った顔してんだよ。お前はその……どういうわけか知らんが味覚が普通の人間より鋭敏だろ」
「あらあらそうですの? 自分ではあまり意識したことはありませんし、先日のミートドリアの一件でも、謎を解いたのは大福先輩自身の舌でしたわ」
「俺の舌は凡人並みだ。訓練してそれなりになったってだけさ。花音にはセンスがある。それを伸ばすような食育がされてきたんだろうな。いくらでかい原石でも、才能を磨くジュエリーデザイナーがいなきゃ宝石として輝けないんだ」
花音は手で口元を覆って目を丸くする。
「驚きですわ。大福先輩が食べ物以外の例え話をなさるだなんて」
「う、うるせぇよ!」
コホンと咳払いを挟んで小中は話を戻す。
「で、まあアレだ。部員数の問題もあるがなにより部室棟がいっぱいでな。『食べ歩き同好会』のために、どっかの部活を部室棟から追い出すわけにもいかんだろ」
自身が誰かの居場所を奪うことに、小中は敏感だ。
「そういえばどのような部活があるのか存じ上げませんわね」
小中は再びスマホを手にすると英彩学園のウェブページを立ち上げた。
文化系部活の一覧と学園の見取り図を表示する。
囲碁将棋部
映像研究部
英語部
演劇部
( )
合唱部
華道部
軽音楽部
コンピュータ部
茶道部
写真部
手芸部
書道部
新聞部
吹奏楽部
鉄道部
天文学部
美術部
文芸部
放送部
漫画部
料理部
(以上、五十音順)
「同じ文化部でも部費やらなんやらは一律じゃない。活動の評価に合わせて強いとこと弱いとこがあるらしい」
小中は眉間にしわを寄せる。
「活躍に応じて……となると『食べ歩き同好会』は部に昇格しても底辺かもしれませんわね。大会で優勝しようにも、そもそも大会がありませんし」
「だな。活動評価は生徒会がしているんで、あいつらを納得させにゃならん」
「つまり評価される活動をすればよろしいのですわね! でしたら食べ歩きを動画にして配信するのなんていかがかしら?」
「だったら演者はお前だな。小柄なやつがおいしそうにいっぱい食べる方が受けるだろ」
「わ、わたくしそこまで食い意地が張っておりませんことよ! 太ってしまいますわ。この案は無しですわね」
「じゃあどうするよ」
「どういたしましょう」
小中が軽く握った拳で自身の手のひらを包むようにたたいた。
「黒森を仲間に引き込めればワンチャンあるかもしれないな」
生徒会の仕事が忙しく、黒森はそれどころではないだろう。
が、知ったことではございませんわ。の精神だ。
花音はロール髪を大きく縦に揺らした。
「でしたら生徒会長の弱みを握って脅迫してさしあげましてよ! 力こそパワーですわ! 勝利の暁には部室獲得部費ゲットでうはうはおほほですわ~!」
個人的な復讐心が強めである。
小中ががっくりと肩を落とした。
「いやいや待て待て花音。そういうやり方はよくねぇから。だいたい『食べ歩き同好会』が部室に収まってたら名前倒れだろ。出前同好会ならともかく、外に出てなんぼだ」
これが一番の理由とばかりに小中は胸を張った。
「たしかにその通りですわ」
「聞いた話じゃこの十年で部に昇格が認められた同好会もないっていうしよ。すでにこんだけ揃ってりゃ、どこかの活動とかぶってるってことにされちまうらしい」
少女はスッと部活名の並びを確認する。
「この文化部の部活動一覧……いくつも部活が並んでいますけれど……」
「どの部活を追い出すかみたいな話は無しにしてくれよ」
「しませんわよ! わたくし野蛮人ではありませんもの。ほら、こちらですわ。演劇部と合唱部の間に、奇妙な隙間がございませんこと?」
英語部
演劇部
( )
合唱部
華道部
「レイアウトに必要な空白とは思えませんし」
小中も視線をスマホの画面に落とす。
「不自然だな。わざと区切るにしても意味がわからん」
「何か理由があるのかしら?」
「作ったやつがうっかり穴を空けちまったのかもな」
「でしたらよっぽどうっかりさんですわね。おほほほ。けれど気になりましてよ」
最近、少女はなんでもかんでも事件につなげてしまいがちだ。
小中がため息交じりに告げた。
「生徒会の外部協力員なんてしてっからだろ。気にしすぎだって。んじゃあ行くか。とりあえず東京駅だな。電車に乗ってる間に店を探すぞ」
「お電車でお出かけですのね!?」
学園前のロータリーに待機している鋼をどう回避しようかと花音が考え出すと――
ドザアアアアアア!
と、雨が滝のように降り注いだ。
「食べ歩きにはあまりよろしくないお天気ですわね」
「東京駅なら構内だけでも店はたくさんあるし、駅弁で旅行気分を味わうもよし。八重洲地下街も雨に濡れる心配がないぞ。それにリニューアルしたてのラーメン横丁には全国の名店が集まってんだぜ」
「ら、らららラーメン横丁だなんて……い、家系はございますの?」
「一通り揃ってる。なんなら二郎系インスパイアもあるぞ」
「じ、じじじじ二郎ッ!?」
お嬢様に電流走る。
インターネットで得た知識が少女の脳内でスパークした。
二郎とは食事ではなく競技だ。
カウンター席に横一列でゲートインした客は、マラソン大会の仲良し女子よろしく完食まで足並みを乱してはならない。
「どうした花音? そんな神妙な顔しやがって」
「わたくしには二郎はまだ早すぎましてよ。いくら野菜がたっぷりでカロリーゼロ理論を提唱できるとしても、ロットを乱してしまいますわ」
「ロットなんて知ってたのか。意外だな。感心感心」
昇降口の屋根のあるぎりぎりのところで小中が曇天を見上げた。灰色よりも黒に近い雲だ。
雨粒も大きかった。
「ゲリラ豪雨なら止むまでちょっと待つか。この勢いがずっと続くとも思えんし」
「あらあら、雨宿りなどせず運転手に連絡すればよろしいのではありませんこと?」
「お前んちじゃそれが普通なのか?」
色素の薄い瞳が少女をじっと見つめる。途端に花音の背筋がぶるりと震えた。
ばかばかばかばか花音のばか。お抱え運転手がいるだなんて、まるでお嬢様じゃありませんこと! と心の中で少女は頭を抱える。
小中にだけは、自分がお嬢様だとバレたくない。
「あっ……えーと……そうですわよね! 雨が降ったくらいで車を呼ぶなんて! 軟弱な!」
「……やっぱお前って……」
小中が困ったように眉尻を下げたその刹那――
花音のスマホがメッセージの着信を知らせた。
黒森『生徒会室に出頭せよ』
まるで犯罪者扱いですわ! ご足労願えますかくらいいえませんこと? と、内心ぶち切れつつも花音は思う。
逃げる口実の方からやってきた。と。
二郎と戦いたかった未練はあるものの、小中に小さく頭を下げる。
「申し訳ございませんわ。生徒会より呼び出しが入ってしまいまして」
「そ、そうか。そいつは残念だ。同好会はまた今度にして……っと、駅までダッシュだな」
「傘をお持ちではなくて? でしたらこちらをお使いくださいまし」
花音はスクールバッグから花柄の折りたたみ傘を取り出した。日傘にもなるので普段から忍ばせてあった。
それを小中に押しつけるように手渡す。
「お前は帰りにどうすんだよ?」
「家はすぐ近くですしなんとでもなりますわ! むしろ雨に打たれてフリー滝行ができてラッキーくらいの気持ちですし! ではご機嫌よう~!」
「この柄恥ずかしいんだが! おい! 待てって……行っちまったよ」
小中の制止も聞かずに花音は生徒会室へと駆けだした。廊下を走っては淑女が台無しだが、傘を渡したところでえもいわれぬ恥ずかしさに、少女はいてもたってもいられなくなっていた。




