テストを制覇してこそお嬢様ですわ~!
白川わたげ『おはこんわたわた~! 突然ですが星宮先生ってホラーやオカルティックや超常現象な作品を読んだりしませんか? もしかして書いたりもしてたらすっごく読んでみたいです! このサイトって定期的にコンテストしてますけど、夏のホラー特集があるみたいなのでちょっと気になって書き込みしちゃいました! タグを付けるだけで参加OKみたいなのでぜひぜひ!』
星宮きらら『おはこんきらきらです。ホラーは作品を読むのも映画を見るのも苦手なもので、そんな自分が書いて良いのかな? と、思っております。まずは自分の作品に向き合いたいと思います』
――六月一日。水曜日の朝。
花音は講堂前の屋外広場にいた。掲示板の最前列である。
中間テストの成績発表だ。構内の至る所にあるインフォメーションディスプレイでも確認できるのだが、英彩学園の伝統で速報は紙で張り出される。
一年生の総合順位。
花音の名前は――
「わ、わ、わわわ、私が二位ですってぇええええええ!」
周囲の目もはばからずつい、少女は天に吠える。厚い雲が張り出した梅雨空に花音の声は吸い込まれた。
少女は自分を倒した者の名を心に刻む。
一年A組。神岡琥珀。
名前の響きから男子か女子か判断がつかなかった。
花音は頭を抱えた。
今回は噂調査と執筆(スランプ中)で勉強がおろそかになってしまったのかもしれない。
いやいや全部数学教師が悪いのだ。一流国立大学の入試レベルの問題を出してきたのだから。
しかも数学教師は「テストに出るかもしれないので」と生徒に説明した問題はすべてスルーして、参考までにと解説した大学模試の過去問をぶつけてきたのである。
もしや、神岡琥珀なる生徒は解いたのだろうか。
金持家の人間として、せめて学業の成績だけは三年間トップでありつづけたかったというのに。花音のお嬢様ミッションは初年度から失敗に終わった。
今すぐこの生徒――神岡を亡き者にすれば自分が一位になれるのに……と、花音の中の犯人像が勝手な妄想を膨らませる。
だめよだめだめいけませんわ。静まれわたくしの中の殺意のイースト菌。発酵なさらないでくださいまし。
とはいえ、何度順位表を見直してみても花音の二位は変わらない。
二位じゃだめなんですか? と、ネットミームにもなった政治家の発言が脳裏をよぎる。
敗北感に膝から崩れそうになる。
「おっと。大丈夫か花音?」
背後に大木のような青年がにょっきり現れて、ふらつく少女の体を支えた。
「きゃっ!? 脇の下に手を入れて抱き上げないでくださいまし!」
少女が振り返ると、大型犬系の茶髪男子――小中大福が笑顔になった。
「やっぱちっちぇから軽いんだなお前って」
小中はゆっくりと少女を地面に下ろす。
花音は振り返りキッと睨んだ。
「大福先輩は、もう少しその……一時的接触について慎重になるべきですわ!」
「迷ってる間にお前がぶっ倒れる方がまずいだろ」
「ううぅ。先輩の手は大きいので、あと少し間違っていたらその、乙女の恥じらいポイントを背後から強襲しておりましてよ!」
青年がはっと目を丸くした。
「そ、そいつはその……すまん。大変面目ない」
「助けていただいたことには感謝いたしますが、持ち方に問題がございますわ。猫や犬のような小動物とて、脇の下に手を入れてぶら下げるような持ち上げ方をすれば、脇の下が痛い痛いとなってしまいますし」
「わかった。次からはお姫様抱っこにしてやるよ」
「そ、そういうことではありませんわ!」
小中には悪気が一ミリとてない。学食で困っていたところを助けてくれた時から、花音もわかっている。
青年も花音と同じく順位表を見上げ……すらせず、二年生の名簿を下からなめるように確認した。
中の下あたりに小中大福の名前を見つけて「ま、こんなところだろう」と青年は納得する。
「大福先輩はその……お勉強が苦手なのかしら?」
「学年二位に比べりゃそりゃあな。お前はすごいんだな」
「に、二位はその……二位ですし」
これが小説投稿サイトの日刊ジャンル別二位なら飛び跳ねて喜んでいるところである。
小中は肩を上下に揺らした。
「残念がるなんて贅沢なやつだな」
「そういう先輩はもっと頑張らねばなりませんわ。企業の未来をしょって立つ若様なのですし」
「おいやめろって! その呼び方はマジで無理なんだよ! 背中がぞわってなっから!」
「あらあらあら、若様がそのようなことではONKグループも大変ですわね」
「べ、勉強なんてもんは自分が好きな分野に特化すりゃいいんだよ」
「大福先輩の好きな学科は、ずばり家庭科ですわね!」
「料理好きだからって料理が作れると思うんじゃねぇよ。むちゃくちゃ不器用だからな俺は」
青年はしょんぼりと眉尻を下げた。
「それは意外ですわね。好きこそものの上手なれと言いますし」
「俺がやると下手の横好きになっちまうんだ。親父からは『二度と包丁を持つな』って釘を刺されちまってな。俺自身がケガするだけならいいんだが、周囲に人がいると刃傷沙汰になっちまうし」
花音は心の探偵メモに「包丁を手にすると人を刺さずにはいられない犯人」を走り書きする。
動機というより動物の習性じみていて、将来使えるネタにはならなさそうだ。
「家庭科でなければ何かしら? うーん、経営に関することを学んでらっしゃるとか?」
「残念だったな。ハズレだ。俺が得意なのは国語……つーか漢字だな」
「漢字ですって? それはまた、ずいぶんとピンポイントですわね」
「たとえばそうだな。陸の蓮根って書いてなんて読むか知ってるか?」
少女は胸元で腕を組む。お嬢様たるもの挑まれたからには応えねばならない。
「わざわざ出題するからには、そのままの読みではないのですわね。となると……」
探偵少女の思考モードがオンになる。
蓮根というのはそのまんま蓮の花の根っこになる。
蓮というと花音は上野の公園を思い出した。
不忍池の水面いっぱいに広がる蓮の花。咲いていれば良いのだが、枯れたあとのぼつぼつがいっぱいあるやつ(語彙消失)が、花音は苦手である。
集合体恐怖症の人間は、絶対に画像検索してはならない。
蓮根の穴は水を通すものなのだろうか? それとも浮くための空気をため込んでいるのだろうか。
小中からの出題は陸蓮根。水生ではなく陸生の植物で、蓮根に近いものというと……。
「わかりましたわ! 正解はヘチマですわね!」
「なんでそう思ったんだ?」
「乾燥させたヘチマのスポンジが蓮根に似ていましてよ! おほほほほ! 間違いなく正解してしまいましたわね。たとえ知識として知らずとも、知識と経験と頭脳を駆使すればこれくらいの謎はブレックファースト前でしてよ」
小中は胸元で手のひらを交差させ×を作った。
「ぶっぶー! 不正解だ」
「な、ななななんですって!?」
「正解はオクラだ。他にも秋葵という書き方をする」
「そ、それは二番目に思いついていましたの。むしろ本命というか、けれどそれではあまりにも簡単すぎますわよね! わたくしとしたことが、裏をかきすぎてしまいましたわ」
目を泳がせる花音に小中はため息交じりで返す。
「なにキョドってんだよ。自分で言うのもなんだが陸蓮根を読めても成績はギリギリ進級ラインだからな。学年二位のお前の方がすごいって」
「うきょおおおほほほほほ。ですわよね」
「ちなみにオクラはアフリカのガーナでもオクラって呼ばれているんだ。なぜかというとな、アフリカから英語圏を経由して、その名前が日本に伝わったんだよ。他にも……」
花音も小中と同じように腕をクロスさせた。
「あっ……もう結構ですわお腹いっぱいでしてよ」
「テスト期間も終わったんだし、詳しい話は午後の『食べ歩き同好会』でばっちりしてやるから楽しみにしておけよ」
本日は教員会議があるため、授業は午前中までだった。
「料理のうんちく以外にも話題の幅をもたせないと、女の子におモテにはなりませんわよ?」
「うっせー! 別にモテる気なんてねぇよ。お前さえいてくれりゃ」
急に小声になって花音は聞き返す。
「どうしましたの?」
「な、なんでもねぇ。それよりまあ、わかっちゃいたけどよぉ」
小中は二年生の一位に君臨する名前に視線を向けた。
生徒会長――黒森玲央の名が燦然と輝いている。
後で顔を合わせた時に、黒森にマウントをとられそうな気がして花音は憂鬱になった。




