お嬢様ともなるとストーキングも華麗にこなしてみせましてよ~!
放課後――
執事の待つ正門ではなく少女は裏門から学園の敷地外に出た。ぐるりと回って緑道の脇道で待機する。
帰宅部の生徒たちは基本的に緑道を歩いて駅へと向かう。
その中に頭一つ飛び抜けた長身の姿があった。茶髪なのですぐに小中だとわかる。花音は他の生徒たちに紛れて青年の後を追った。
大半の英彩生が自動改札をくぐる中、小中は駅を素通りした。
北口を抜けて幹線道路沿いを歩き、橋を渡ると今度は橋沿いの桜並木通りを行く。周囲に他の英彩生の姿はない。
つかず離れず見失わないようにしながら、青年の背中を追っているうちに、少女は閑静な住宅街に迷い込んだ。
兎を追いかけるアリスのようだ。今時のアリスはスマホの地図アプリがあるので迷子になりようもない。と花音は思う。
小中が角を曲がったので早足で追いかけると――
「こんなところでなにしてんだお前?」
曲がり角で青年が振り返り花音を待ち構えていた。
「あ、え、ええと奇遇ですわね大福先輩。わたくしは少々、お散歩に興じておりましたの。おほ、おほほほほほ!」
「つーかよ。ずっと着けてきてたよな?」
「なんのことかしらわかりませんわ~全然わかりませんことよ~」
「棒読み口調でとぼけるんじゃねぇよ。なんか視線を感じると思ったら……お前一人なのか?」
青年は周囲をぐるりと見回した。
「そうですけれど」
小中は首を傾げて「まあいい」と呟いた。じっと少女を見下ろす。
「で、俺になんか用か?」
目力と圧に、これはごまかせそうにないと花音は観念した。
「実は……先輩の謎を追いかけてきましたの」
「俺の謎だと?」
「ミートドリアの謎ですわ。先輩の事は宮本様から少し、伺いました」
青年は天を仰いで自身の目元を大きな手のひらで覆った。
「あー。ったく、あの人は……口止めはしてねぇけどさ。俺の家族の事とかも話してたか?」
「はい。お母様の事や先輩の食生活についても。それでますます謎が深まってしまって」
「で、確かめようとストーカーしてたんだな」
「ストーカーではありませんわ! 尾行でしてよ」
小中は「一緒だろ」と呆れ気味に言いつつ。
「立ち話もなんだしな。ちょっと付き合ってもらうぞ」
青年の視線の先、住宅街の真ん中にぽつんとレンガ造りの建物があった。控えめな看板には綺羅星珈琲店と書かれていた。
民家を改築したカフェは、近隣の奥様方でほどほどの賑わいだ。
奥のソファー席に対面して座る。店のメニューは手書きで写真も無い。
小中はウェイトレスさんに「水出しアイスコーヒー二つ。花音は何か食うか?」と訊いた。
普段は紅茶派だが、店内にふわりと広がる珈琲の香りもあって、少女は「アイスコーヒーだけで結構ですわ」と返した。
青年は頷くと「じゃあ、ミートドリアを頼む。飲み物は先で」と注文を完了する。
少女が目を丸くした。
「大福先輩、お昼にもミートドリアを食べましたのよね?」
「どうしてか気になるなら当ててみろよ探偵さん」
花音は自分の顎に手を当てて考える。
「二つを食べ比べるため……かしら?」
「まあそんなところだな。で、理由は?」
もったいぶらずに教えて欲しいという気持ちが半分。ヒントを小出しにされても自分で答えにたどり着きたいという気持ちが半分。少女は後者を選んだ。
「先輩は極度のミートドリアマニアで、放課後にいろいろなミートドリアを食べ歩いていますのね。恐らくは……ONKグループのファミレスの商品開発のため。そして、基準となる味が学食のミートドリアなのですわ!」
小中は目を細めるとにかっと笑う。
「ほほぅ。味覚をリセットするための物差し。それが学食のミートドリアってか」
青年の反応に花音はかすかな手応えを感じた。さらに続ける。
「そして……同時に先輩にとってミートドリアはお母様の残した思い出の味なのです。その再現のために各地の名店でドリアを食べ続けていますのね! おほほほほ!」
びしっと青年を指さして少女は断言した。どや顔も忘れない。
決まった。完。Fin。日本海側の荒れ狂う崖の上。メインテーマ曲に乗せてエンドロールが流れ始めたところで――
青年は腕組みをして胸を張った。
「ハズレだ。お袋の作った離乳食の味なんて覚えてねぇよ。つーかミートドリアは離乳食にゃならんだろう常識的に考えて」
花音は花が萎れるように崩れ落ちた。
「では、いったいどうして……」
アイスコーヒーが運ばれてくる。ミルクもガムシロップも入れずに青年はストローを褐色の湖面に突き立てた。
一口含んで喉を潤すと、少女に告げる。
「飲んでみろ。飛ぶぞ」
「アイスコーヒーはイケナイお薬ではありませんわよ」
真似してブラックのまま少女も飲んでみると、苦さと酸味の中になんともいえないほのかな甘みを感じた。
ミルクとガムシロップを入れたらかき消えそうな繊細さだ。
「美味いよな。苦くて酸っぱくて甘い。複雑なのに味が澄んでいやがる。仕入れる豆の産地、豆ごとの焙煎、ブレンドに挽き方。それに抽出方法……この店のノウハウがグラスに詰まってる」
「普段は紅茶派ですけれど、とても美味しいですわね……って、話をごまかさないでくださいまし!」
「ごまかしちゃいねぇよ。美味いアイスコーヒーで落ち着いたら名推理が閃くかもしれないと思ってな。それともギブアップか?」
「す、少し考えさせてくださいまし」
「じゃあ次のヒントが届くまでシンキングタイムだ」
小中は鞄からカバーのかかった文庫を取り出し読み始めた。
花音はアイスコーヒーをちゅーちゅー吸いつつ思考を巡らせる。ものの、良い仮説は浮かばなかった。
そうこうしているうちに喫茶店のミートドリアがテーブルに届く。小中はウエイトレスさんにお願いして小皿とスプーンを追加でもってきてもらった。
「味見するだろ? 謎解きのヒントになるかもしれないしな」
「え、ええ。では一口だけ」
小中がドリアを取り分ける。
「「いただきます」」
お昼にミートドリアを食べたばかりの花音は油断していた。
同じ系統の味には違いないが、ミートソースもホワイトソースもまったく別物だ。ライスは白いがバター風味で、全体的に手作り感のある味だった。
小中を見る。ミートドリアを食べながら目を細め、はふはふと口を動かしている。昼休みに学食で見せる首を傾げる仕草はなりを潜めていた。
「こいつも美味いな。既製品には頼らずベシャメルまで手作りか。ミートソースの挽肉はやや粗挽きの牛肉100%だ。どう思う花音?」
「どちらが美味しいかと問われれば、このお店のミートドリアの方が美味しいですわ」
「だよな」
言葉で肯定しているのに小中は不服そうだ。
「けれど学食のミートドリアも決してまずいとは思いませんわよ」
「その通りだ」
「ただ……」
毎日食べるほどの美味しさではないと花音は思う。
「ただ……なんだ?」
ギロリと睨むような小中の視線に少女は気圧されつつ呟いた。
「学食のものは毎日食べたくなるほど、美味しいとも思えません」
「俺が毎日そいつを注文している理由はわかったか?」
「あ、当ててみせますとも! けど、ヒントはもう少し欲しいかも……しれませんわね! さあ先輩の器の大きさを見せつけるチャンスでしてよ! ほらほら! ありますのよねヒントが!」
小中は「ああ、わかったわかった急かすなって」と返すと、黙々とミートドリアを完食した。




