わからないなら食ってみろ! の精神ですわ~!
翌日――
昼休みが始まって三十分ほど待ってから、少女は学食に向かった。
小中と鉢合わせになるのが、なんとなく気まずい。
学食の入り口脇で生徒たちをぐるりと見回す。長身茶髪の姿は確認できなかった。
ホッと胸をなで下ろし、少女は券売機に並ぶ。ほどなくして自分の番になった。
ふと、券売機の左上に視線が行く。
先日、小中がはがしたはずのQRコードのシールが貼られていた。剥がした時の折り目などない新品だ。
「これって……いったいどういうことですの!?」
ちょっとしたホラーである。
貼った人間がいるのだ。
もし小中が券売機を利用していたなら、このシールを見つけ次第はがしているに違いない。
それが残っているということは――
小中は今日、券売機を使っていない。
学食のフロアに長身茶髪の青年の姿は無い。
花音と一緒に食事を注文する時は券売機を使っていたが、彼は普段はアプリを使うのだろう。
いや、そんなことよりも――
「え、えいっ! 混乱の芽はお滅却してさしあげましてよ!」
少女はQRコードのシールをひっぺがした。あまりもたついていると、後ろに並ぶ生徒たちの視線が痛くなる。
そそくさと券売機メニューからミートドリアを注文。
食べてみれば何かわかるかもしれない。ヒントは皿の中に隠されていると花音は考えた。
ほどなくしてドリアが出来上がった。受け取りに行くと給仕の宮本さんに声を掛けられる。
「あら、もう離婚しちゃったのかい? 大福ちゃんと並ぶと美女と野獣カップルだったのにもったいないねぇ」
「先日はお話ありがとうございました。今日はその……時間が合わなかったもので」
「あらあらあら。そうなんだねぇ。別れてないならよかったよかった」
「大福先輩は本日もミートドリアをお召し上がりになったのかしら?」
「よくわかったわねぇ。いっつも同じの頼むからおばちゃんも大変なのよ」
同じものなら簡単なのでは? と、花音は思う。
「ところで花音ちゃんは昨日の聞き込みといい探偵さんみたいねぇ。もしかして学園で起こった殺人事件の捜査とかしてるのかい?」
シンプルに警察沙汰である。あるわけがない。
むしろ宮本さんのような人物こそ、殺人現場に偶然居合わせて探偵になったりしそうだと、花音は思った。
「あ、あの! 温かいうちにいただきますわね!」
「やけどに気をつけてねぇ。あと大福ちゃんともずっと熱々でいてあげてねぇ。あの子、寂しい子だから」
「寂しい……ですって?」
「ちっちゃい頃にお母さんに先立たれちゃったのよ。家庭の味を知らなくて、離乳食の次がファミレス。外食が普通になっちゃったって。少し前まで、ぽちゃぽちゃぽっちゃりでそれはもう可愛らしかったんだけど、高校に入ってからはトレーニングをするようになってねぇ。おばちゃんもびっくり」
「は、はぁ……そうでしたのね」
「外食ばかりさせたのは大福ちゃんのお父さんの教育方針だったみたいでねぇ。お父さんのお仕事も忙しくて、大福ちゃんはずっとボッチ飯だったみたい。あなたみたいな素敵な彼女ができて、とっても幸せそう」
まるで自分のことのように宮本は目を細める。
少女は思った。
いやちょっと待てと。
彼女ではない。繰り返す。彼女になった覚えも無ければ告白すらされていない。せいぜい、手を握られたくらいの関係だ。
花音の顔が耳まで赤くなった。
「あ、あの、大福先輩は部活には入らないそうなのですけど、それもご実家のことと何か関係がありまして?」
「大福ちゃんは放課後毎日食べ歩きしてるのよ。今度『美味しいもの食べに連れてって』って言ってごらんなさいな。喜ぶわよぉ」
と、長話をしすぎて受け取り待ちの生徒が列を作っているのに宮本さんは気付いた。
「あらごめんなさいね! はいはい! ちょっと待っててねぇ」
おしゃべりなおばさまは貴重な情報源。と、花音は心の探偵メモにペンを走らせた。
トレーを手に窓際のカウンター席に空きを見つけて滑り込む。
中庭の庭園では造園業者が植え替えを行っていた。
まだ咲いている花もまるごと違うものにしてしまうようだ。咲いたまま撤去される花はどこに行くのだろう。と、とりとめの無い言葉が少女の心に浮かんだ。
ミートドリアと対峙する前に、花音は券売機ではがしたQRコードを念のため確認する。
URLになんとなく見覚えがあり、開けば出てきたのは四つ葉のクローバーの画像だった。
少女は考える。
このシールが貼られたのはいつだろう。今週の月曜日に小中がはがしてから昨日の昼までは見かけなかった。
となると、その後から今日の昼休みに入るまでの時間が怪しい。
午前中、授業の合間の休み時間に貼られたのだろうか。
監視カメラがあれば貼った人間を特定できるかもしれない。今度、生徒会長に事情を説明してカメラ設置ができないか相談しようと花音は考えた。
「……さて。では、いただきます」
少女はやっとミートドリアの検証に取りかかる。
一応、これも証拠品だ。写真を一枚撮ってから食べてみる。
驚くべきことに――
「ふ、普通? ううん、美味しいとは思いますけれど」
独り言とわかっていながら言葉が漏れる。
拍子抜けだった。
初めて食べたカレーうどんほどの感動はなく、パンケーキのしゅわっとした食感の驚きもなかった。
もしかしたら、小中の解説がないから物足りないのかもしれない。
少女は自分なりにこの一皿を分析する。
見た目よりもボリューム感があり、ホワイトソースはなめらか。挽肉の入った赤茶色いソースがかかっているが、執事の作るボルドー風牛肉の赤ワイン煮込みとは別物だ。
ほんのかすかに香辛料を感じた。何が使われているかまでは花音にはわからない。
二口目。印象は変わらない。グラタン皿の底に敷き詰められているのはサフランライスかとおもいきや、香りが感じられずとりあえず色だけつけたライスという印象だった。
他は特筆するところもなく、毎日食べたら飽きてしまいそうである。
小中が常に注文し、しかも食べる度に首を傾げている。なのに食べ続けるのはなぜだろう。
「さっぱりわけがわかりませんわ~!」
食べ終わった少女の感想はミートドリアにではなく、この場にいない小中に向けられていた。




