するもしないも最終決定権は、わたくしにありましてよ~!
放課後――
花音が生徒会室を訪れると、副会長や会計や書記や主務の面々が、それぞれの執務机で事務作業にいそしんでいた。
主務の女子がお茶を用意すると申し出たのだが「すぐにおいとましますわ。お気遣い感謝いたしましてよ」と花音は丁重に断った。
スクールバッグを小脇に抱え、正面奥にでんと構えた会長の執務机に向かう。
青年は花音に目もくれず、淡々とラップトップPCで作業をしていた。
「ごきげんよう黒森生徒会長様。学食でいつも同じメニューしか頼まない生徒の噂について、報告に上がりましたわ」
「ご苦労。ところで浮かない顔だな金持君」
「別に普通ですわよ?」
「なら構わないが……では、さっそく聞かせてくれたまえ」
花音は噂の元になったのが、二年生の小中大福だと告げた。
小中と別れたあとに、学食給仕の宮本さんにも確認したのだ。
入学からずっと小中は学食でミートドリアばかり頼んでいた。
茶髪にピアスに長身という目立つ出で立ちハッピーセットと、運動部総出のスカウト合戦が注目を集めた結果、噂になった。
というのが花音の導き出した結論になる。
黒森はつるりとした自身の顎を撫でて頷いた。
「なるほど。小中大福か。あの男なら納得できる。同じメニューしか頼まないから目立っていたのではなく、耳目を集める人間が同じメニューばかり頼んでいた。逆転の発想だなさすがは星宮き……」
「会長様! そこまでですわ。お死にになりたいのかしら? わたくしの覚悟をご笑覧なさりたくて?」
他の人間がいる前で口走ろうとする黒森をすかさず止める。鼻息荒く花音の目は血走っていた。
この数日で花音は自分の令嬢世界ランキングが著しく低下していると思う。
ネットミーム漬けの時点でもはや取り返しはつかないのだが。
黒森は口元を緩ませた。
「やはり私が見込んだ金持花音君だ」
青年は眉一つ動かさない。
「ところで会長はだいふく……小中先輩と面識はありますの?」
「君は小中を大福と呼ぶのか。では、これからは私の事を玲央と呼んでくれても構わないが」
「呼びませんわよ。絶対に」
「それは残念だ」
まったく残念そうな素振りも見せず黒森はうっすら笑う。彼は二年生で小中も二年生だった。クラスが違えば面識がないこともあるだろうが、黒森は知っているような口ぶりである。
「黒森会長は小中先輩のことをご存じですのね」
「目立つ男だからな」
「あの、不思議なのですけれど」
「君にも解けない不思議があるというのかね?」
「ええと……小中先輩は料理の知識が豊富で、学食のメニューについて色々と教えてくださいましたの。あんなDQN……もとい、少々目立つ髪色でピアスまでしているのに、人を外見で判断するのは愚の骨頂だと身にしみましてよ」
眼鏡のレンズ越しに黒森が目を丸くする。
「もしや君は知らなかったのか?」
「はい? なにがですの?」
「小中大福は外食大手企業ONKグループの御曹司だ」
「ONKって……美味しい日本の絆の略称と伺ってますけれど」
「それは後付けの語呂合わせだ」
小中=ONK。なんてことはないそのまんまだった。
「あっ……えーと、き、気付いていましてよ。おほ、おほほほほ! 当たり前すぎてちょっぴり失念していましたの」
「目が泳いでいるようだが?」
よくわからないところで負けず嫌いを発動させる。それが金持花音という少女である。
お嬢様のプライドの無駄遣いだ。ノブレスオブリージュ? わたくしの知らない言葉ですわね。と高貴さの義務教育が敗北気味である。
ともあれ小中が学食のメニューだけでなく、券売機やアプリなどにも詳しい理由が腑に落ちた。
黒森は小中とONKグループの関係をさらに詳しく語った。
学食の売り上げデータがONKグループに提供されていることや、新作メニューのテスト販売をしていること。
券売機やアプリやテーブル備え付けのメニューがあるのは、どの方式が使われやすいのかテストを兼ねているとのことだ。
似たような話を小中もしていたと、花音は思い出しつつ――
「だから注文があんなにややこしくなっていましたのね。一本化した方が効率的でしてよ!」
「企業側はデータを取ることができ、我が校の学食も充実する。win-winの関係だけに止めるという選択肢はないのだろう」
花音は生徒会長の執務机にスクールバッグを置く。
「あと、別件でこのようなものを見つけましたの」
少女はバッグから小分けのチャック付きビニール袋を取り出した。学食の券売機に貼られていたQRコードのシールを黒森に見せる。
「唐突が過ぎるぞ金持君。意味がわからないのだが?」
「ちょ、ちょっとお待ちになってくださいまし」
スマホで読み取りリンク先に飛ぶ。
パッと四つ葉のクローバーの写真が表示された。改めて花音は青年に画面を見せる。
「内容は写真のリンクですの。なぜこのようなシールが学食に貼られていたのか不思議に思いまして」
「ふむ。写っているのは白爪草か」
「ええッ!? そっちですの? 普通は真ん中の四つ葉のクローバーと答えますわよね。普通のクローバーではなく四つ葉ですのよ! SSRかURですわ!」
黒森は軽く肩を上下に揺らした。
「別に三つ葉でも四つ葉でも構わないだろう。野草の写真がいったいなんだというのかね?」
「食堂の券売機に貼られていましたの。小中先輩が何度か見つけてはがしているそうですわ」
「ふむ……なるほど。学食にはメニューのQRコードが溢れている。それらと混同を避けるために、小中ははがしていた……ということか」
まだきちんと説明をしていないのに、黒森はまるで見てきたように的確に言い当てた。
「え、ええ。会長の仰る通りですわ。多少は心得がありますのね」
「君のもう一つの顔ほどではないさ」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「落ち着きたまえ金持君。しかしメニューと誤認させてQRコードを読ませるなら、券売機ではなくテーブル備え付けのメニューに貼れば良いのではないか?」
「ふー……ふー……はー……ッスううう……そ、そうですわよね。おほほほほ」
「だいたいリンクを踏んだところでウイルスサイトでもない、ただの白爪草の画像……意味がわからない。QRコードを読ませること自体が目的ではないのだろうか。君の意見を聞こう」
「意見もなにも……まさか……邪知暴虐の王から捜査協力を強制されて、てんてこ舞いなわたくしに調査おかわりなどとは仰いませんわよね? この食いしん坊の卑しん坊!」
「いや結構だ。噂になる前に摘み取られた芽だな。証拠品を受理しよう。小中の事も含め、本件の調査についてはこれで終了となる。ご苦労だった。君は今後も他の噂の調査を進めてくれたまえ」
「ええと……」
黒森は納得したようだが、花音にしてみれば謎は謎のままだった。
なぜ小中大福がミートドリアに執着するのか。これがわからない。
生徒会長が眼鏡のブリッジをクイッと中指で押し上げた。
「他に何か気になることでもあるのかね?」
「いいえございません。では、失礼しますわね。おほほほほほ」
スクールバッグを手に一礼すると少女は生徒会室を出た。
まだ終わっていない。少女自身が納得できていない。追加調査のためにも、執事のお弁当作りはもうしばらく休止にしようと花音は心に決める。
結局、食いしん坊も卑しん坊も自分なのだと少女は思うのだった。




