くっ殺なんて言ったらお嬢様騎士になってしまいましてよ~!
学食生活二日目――
花音は一番人気の日替わり定食を狙っていたのだが、限定五十食の壁は厚く売り切れだった。
小中が言うには昼休み開始時に、アプリから注文を入れて食堂フロアに到着すると同時に受け取るのが「通」とのことである。
毎回ネット上で争奪戦になり、希望しても食べられるとは限らない限定メニュー。
これを注文している生徒は調査から除外できる。と、花音は思った。
限定に弱いのはごく普通の一般的な心理であり、決して「特徴的」とはいえない。
なにより毎日連続して食べられる保証がないのである。
それはそれとして――
本日、花音が選んだランチはハワイアンパンケーキとアイスティーのセットだった。
小中はシンプルなミートドリアである。
フロア中程の席が空いたので、二人対面して座った。
塔のようにそびえ立つ生クリーム。粉糖で薄化粧された五枚のパンケーキが円陣を組み、ベリーのコンポートが白い皿を華やかに彩る。
映えが過ぎると、少女はスマホで撮影してしまった。見せる相手などいないのだが。インスタなにそれおいしいの。
あらゆる角度から撮影する花音に、小中が小さく息を吐く。
「粉モノは原価率が低いからオススメはしないぞ。店側としてはありがたいがな」
「何を食べるのも自由ですわよね? 食事はおいしく楽しくでしてよ!」
少女は付属のシロップを全がけした。粉砂糖の雪原に飴色の大河が流れる。
枯山水ならぬ甘山水の完成である。
小中は腕組みをしてうなずいた。
「お、おう。今のは俺が悪かった。食事は自由であるべきだ。だが言わせてくれ。そいつのカロリーは1200キロカロリー。今、たっぷりかけたシロップ抜きでだ」
「あ、あわわわわ。そういうことはぶっかける前に仰ってくださいまし!」
「かけたシロップは元のポットに戻らない。覚悟を決めろ」
花音は夕食を紅茶で済ませることにした。
ふと、小中のミートドリアに視線を落とす。
「大福先輩はそれだけで足りますの? その大きな体に見合いませんわね」
「ん? ああ。昼は軽めに済ませてるんだ。それより早く食わないと、せっかくの焼きたてパンケーキがしぼんじまうぞ」
「え、ええ。いただきますわ! もぐもぐのぱくぱくですわ~!」
少女が想像していた以上に、スッとナイフが生地に沈み込む。
パンケーキはメレンゲがしっかり立っているおかげで、空気を含んで柔らかい。
頬張ればシュッと口内から消えるようだ。
このボリュームは食べきれないかも……という花音の不安は杞憂に終わった。
ミートドリアを淡々と食べつつ、小中は時折首を傾げる。
眉間にしわを寄せて、これまでにないほど険しい顔だ。
「あんまり美味しくないのかしら? 大福先輩も、わたくしとおそろのパンケーキにすればよかったんじゃありませんこと? 一口くらいならお裾分けしてさしあげましてよ? はいあーんですわ!」
パンケーキのあまりのおいしさに、花音は間接キスになることをすっかり失念していた。我を忘れるくらい、おいしさを共有したくなったのだ。
フォークに貫かれたパンケーキがクリームをまとって、小中の口元に迫る。
「いや、それはまずいだろ。すまない。俺のことは気にしないでくれ」
「はうっ!? わ、わたくしとしたことが、少々おテンションの方が爆上がりしてしまいましたわね。慎ましやかには定評があると自負しておりましたのに」
花音の頬がベリーソースよりも赤く染まった。
小中に向かったフォークが花音の口に引き返す。
ぱくり。しゅわしゅわ。生地はクリームとともに少女の口の中で溶けて消えた。
「…………」
「…………」
気まずさマックスである。
「大福先輩。今こそ得意な食べ物うんちくのコーナーでしてよ!」
「おっ、そうだな」
青年は「スフレ風パンケーキ検定試験」について語った。
メレンゲを生地に混ぜすぎてしまうと膨らみが足りず、混ぜが足りなければ生地との一体感が出ない。
職人技の世界とのことだ。
「そのような職人が学食の厨房にいらっしゃいまして? 驚きですわね」
「宮本さんの技術指導の成果だな」
先日、花音を小中の彼女に見立て宮本さんは、今日も二人一緒の姿を見るなりニコニコで給仕してくれた。
ただの気さくなおばさまではなかったらしい。
人は見かけによらないと花音は思う。
小中が言う。
「まずは食っちまおうぜ」
「え、ええ。そうですわね」
捜査会議はその後だと少女も頷いた。
花音が食べ終えるのに合わせて、ドリアを完食した小中が言う。
「クラスの連中に声をかけて、気になるやつがいたら報告するよう頼んでおいたぞ。何かあれば明日以降にはわかるはずだ」
「素晴らしいですわ!」
「そっちはどうなんだ?」
少女は斜め四十五度に視線をあげて口元を手で隠す。
「おほ、おほほほほ! わたくしたちも目の届く範囲内を見ておかなければいけませんね」
「なんだ友達いねぇのかよ」
「い、いますわよ! わたくしのクラスの全員が潜在的な友人候補ですもの!」
「やっぱいねぇんじゃねぇかよものは言い様だな」
「……くっ殺ですわ」
花音のお嬢様レベルが1下がった。女騎士レベルが2上がった。どのみちポンコツぶりに磨きがかかった。
小中がため息交じりに自身の右の口元を指さす。
「なにかしら?」
「口にクリームが残ってるぞ」
「あっ……ええと……お、お恥ずかしいところを見せてしまいましたわ!」
少女は備え付けの紙ナプキンで右の口元をそっと拭う。が、何も無い。
「反対側だ。拭いてやった方がよかったか」
「け、結構でしてよ! わたくし赤ちゃんではございませんもの」
気を取り直し左の口元をぬぐう。青年の色素が薄めな瞳がまじまじと見つめた。
「な、なにかしら?」
「今日はアホ毛がないんだな」
「あれはみっともない寝癖ですわ。今朝は普段通り、余裕をもってエレガントに登校しましたもの」
小中は眉尻を下げた。
「もしかして残念がっておいででして?」
「特徴があって見つけやすかったんだが。縦巻きロール髪にアホ毛なんて」
「わたくしを寝癖で見分けないでくださいまし」
「すまんすまん。綺麗な色の髪だし大切にしろよ」
「い、言われなくてもしましてよ! ああもう! そろそろ捜査会議のお時間ですわ!」
不意打ちで褒められて少女のお尻のあたりがムズムズした。
雑念を払うように顔を左右にぶんぶん振ってから、花音は報告を始める。
「ええと、わたくしからは……昨日、券売機に貼ってあったQRコードのシールですけれど、市販のインクジェットプリンターで印刷したもののようですわね。画像がうぷ……失礼噛んでしまいましたわ。アップロードされたリンク先のサーバーは海外のもので、検索エンジンで同じ画像がないか調べたところヒット無しでしたの」
「なるほどな。画像から探るのは難しそうだ」
少女の縦ロール髪が上下に揺れた。
「どこかのサイトから画像を転載していれば、そのサイトが引っかかりましてよ。出なかったということは、こちらのQRコードのために用意された画像の可能性がありますわね」
小中は首をぐるりと回してコキコキと鳴らした。
「どのみち誰がどういった目的で画像を上げたのかは不明ってことか」
「ええ。つまり何の成果も得られませんでしたわ!」
「報告ご苦労さん」
敬礼する花音に小中は笑って同じ動作で返す。
それから休み時間終了まで、席の周囲で入れ替わる生徒たちを納豆よりも粘り強く観察した。
結果、やっぱり何の成果も得られなかった。




