番外編EX5 クリスマス決戦
「2021年と2022年の時と、2023年の時も僕はずっと……待ってた!!」
「な、何を……?」
「クリスマス回だろッ!!」
はい、久しぶりの本作です。
クリスマスプレゼントとなります。
異世界入国管理局は嵐の前のごとく静かであった。
異世界観光の拡大による来訪者数の増加で、辺鄙な山奥でありながら人工密度が高まっているはずだというのに、今日はやけに静かだ。森でよく鳴いている鳥の声や侵入を試みた他国エージェントの声もしない。
「目黒、府中、横田で徴用した臨時アルバイト部隊は一三〇〇に到着予定です」
「去年にここを襲撃してきたツケだ。市ヶ谷と百里でもアルバイト募集しろ。クリスマス休暇で基地から出た瞬間を狙うんだ」
「ハ!」
とはいえ、決して無人ではない。
社員寮の庭では山を削りつつ、黙々と土嚢を作っている警備部隊がいる。
管理局一階で食堂を営業しているベテラン夫婦は窓にベニヤ板を打ち付けており、まるで台風への備えをしているようだ。
そして、世界の門番たる青いシャツの審査官達は――、
「――審査官にクリスマスはない。世界の狭間の入出国ホールにあるのは、クリスマスという地獄だけだ」
――全員がアイロン掛けされた制服をきっちり着込んで駐車場で整列していた。
まだ若手の審査官はポリカーボネート製の盾と土産品を改修した棒を装備している。一方で、ベテラン達はそんな役立たずは要らないと無手のままだ。
審査官に必要なものは機能性ある武器や防具ではない。
目に見える形ある物に意味はない。
目には見えないからこそ強い愛と勇気、そしてそれ以上の、いつもよりも多い危険手当こそが重要なのである。
「森妖精AからZ。全員出勤しました」
「ほう、これは意外だ。薄情なお前達は真っ先に逃げ出すものと思っていたぞ」
「我々を侮らないで欲しい。仲間と職場のために最前線で戦います!」
よく目を凝らせば人間職員だけではない。妖精職員も全員、宙に浮いて並んでいる。
「で、その心は?」
「一番大事な局面で裏切るって最高ですから!」
正直、数合わせでしかなく、数が揃うと指数関数的にイタズラ頻度が高まるひたすらに面倒臭い生物なのだが、今日は彼女達の小さな手さえ必要なのだ。
「あ、あのぅ。これって何の集まりなんでしょうか。皆さん、ピリピリされていますけど?」
森妖精に似て非なる姿の灰色髪の妖精だけが所在無さげに浮いている。
ペネトリット型妖精、2Pカラー、新たな火種、どうせお前も何かあるのだろ、と管理局の面々に親しみを込めて呼ばれている新人妖精である。
初号機と同じく、弐号機も出身地が不明で異世界に返品できずに管理局で居候中だ。記憶を失っている――自己申告――所為で最近まで名前も定まっていなかった。その所為でシンデレラやらライムやら色々呼ばれていたものの、最近、ようやく呼び方が固まってきた。
「パチもん!」
「違うだろ、グレイスって呼んでやれって言っているだろ。いろもん」
「ペネトリットっ!!」
直近の査定では、そのパチもんのグレイスよりも低評価となっている初代妖精、ペネトリットが相棒に小突かれている。
「グレイス、今日はクリスマスだ」
「……はぁ。新世界では家族と少し豪華な食事を楽しむ、普遍化で元がどういった祝い事なのか分からなくなっている、とにかくめでたい日と聞いていますけど?」
「去年のクリスマスには奴等が管理局を襲撃してきた」
雪がちらつく真冬日だというのに審査官のエースの額に汗が浮かんでいる。
灰色妖精は、クリスマスは深刻な日なのだと強く悟った。
「黒いサンタクロース共が集団で違法入国しようとしてくる、決戦日だ」
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▼魔族ナンバーEX5、ブラックサンタクロース
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“クネヒト・ループレヒト族なる妖精の一種。魔界の一種族であるが、特定日には所構わず遠征して、悪い子に罰を与える懲罰妖精。
罰の内容はいらない粗大ごみのようなプレゼントを贈るというもの”
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昨年の大晦日の崩壊は歴史ある管理局崩壊の中でも最大の修繕費を必要とした。これ以上ない大惨事だったのは間違いないが、どうにか女神の日本への不法入国を寸前で食い止める事には成功している。
ただ、その一週間前にも管理局の危機があった。
クリスマスイブの夜にRゲート――通称、闇の扉――から黒いコートを着込んだ大量のサンタクロースが不法侵入を企てたのだ。
奴等の所為で管理局は大いに混乱した。力業で入出国ホールを突破されて、もう少しで管理局の屋外へと出て行ってしまうところだった。日本へ近づいたという点では宝石女神の記録を上回る。
「おい、魔界大使館! 今年はもう来ないように言い聞かせろ!」
『……アイツ等、普段は大人しい分、年に一度だけ活動的になるのよね。お父様でも命令するのが難しい』
魔界出島に建てられた真新しい大使館に出向いて抗議したものの、大使たるアジーは五島列島に出張中のため不在。商魂逞しいRゲートは新しい商売の宣伝に忙しいようだ。
『魔界出島のPRで忙しいから私も無理ね』
Rゲート本国の観光ではなく、Rゲート手前に築かれた魔界出島の観光宣伝である。魔界公式案内ではエッジワールドと称しているが、審査官の間ではデジマーランドと呼ばれている。
魔界出島観光。日本からの出国審査はあれどRゲートの入国審査がない分、かなりお手軽なのだ。魔王の手の手鏡も使わずに済む。未だに抽選となっている異世界旅行権とは別に枠を用意できるという裏技も駆使している。
魔界出島は絶賛領土拡張中――日本、Lゲートより抗議中――であり、Rゲートの文化を伝えるダンジョンやギルドや宿舎、魔王軍幹部肝煎りのコンビニなどが揃っており楽しむには十二分。そういえば、俺個人宛にもそこそこの数の招待券が送られていた。
『魔界の管理局にでも問い合わせたら?』
そういった訳で、魔王の娘のアジーは観光PRで忙しい。
たらい回しにされてしまった。仕方がなく、出島を通過して藍色の謎空間に浮かぶRゲートを潜り抜ける。
魔界入国管理局も久しぶりである。
「あの種族は悪行に敏感で、これまでは光の勢力に向かっていたのだけど。新世界に集中するという事は、それだけ悪に満ちているという事よ。いい気味!」
ワザワザ出向いたというのに、魔界の局長の態度はけんもほろろだ。まったく取り合ってくれず非協力的。人間に興味なんてこれっぽちもないと目線さえ向けてくれない。
ペネトリットにやれやれと首を振られてしまっているのだから重症だ。
「……この天下り魔族、無能ね」
「こら、ペネトリット。上司に熱を上げた挙句、左遷されて怠惰に机に頬杖をつく日々を送る可哀相な女性に何かを期待するんじゃありません」
「このッ、クソ妖精とクソ新世界人がッ!!」
新しくRゲートの入国管理局の局長となったリリスは期待外れだった。前任のゼルファは未だに療養中であるが早く復帰して欲しい。
結局、自衛するしかないという結論に至った管理局は、有給休暇を取得しようとする職員も快く――彼女とのデートの約束がッ――出勤しなければ、お前が秘蔵しているエルフのブロマイドをその彼女に着払いで送りつけるぞ――泣きながら出勤してくれた。文字通り全戦力を投入してでも、ブラックサンタクロース共の国境侵犯を食い止める。
「そもそも、黒いサンタクロースが来るのは十二月の二十三日ではなく六日のはずでは?」
「世界の違いに日時なんて些細なものよ」
俺とペネトリットは第一防衛ライン、最前線担当だ。
審査官と妖精一匹が入るだけでも狭い、機材の多いブースに入り込む。
「はい、次の方。こちらにどうぞ!」
ブラックサンタクロース到着は去年の経験を元に夕方頃と予想されている。それまでは通常営業をしながら英気を養おう。
「マジで妖精がいるじゃん。って、Wifi来てないの、ここ」
「おばさーん。こんな山奥で仕事していて楽しい?」
「あたしこのパイ嫌いなのよね」
「あっちの変な街まで駆けっこしようぜ!」
……ホール内が若く甲高い声でうるさいな。本日の客層、かなり若者寄りであり、子供を連れた家族旅行客が多い。異世界旅行の拡大の影響が出ているのだろうか。
「あの、スマートフォンは異世界へ持ち込めませんのでロッカー室に置いてきてください」
「ア? 個人の自由のしんがいって奴?」
「いえ、法律で決まっているので」
「チッ、うざ」
高校生くらいの少女に舌打ちされたぞ。
大人を舐め腐っているムーブが上手なお子さんですね、と世間話をしながら親のパスポートを受け取る。
「すみませんねぇ、うちの子が。でも、子供のする事ですから」
「は、はぁ……」
「私の大事な娘、チーちゃんに広い世界を学んでもらいたいと思っているんです。でも、スマフォは近頃の子供に必須でしょう。だから、ねぇ?」
ねぇって言われても。
子供でも法律は守らないと駄目だと親なら教えたらどうだろう。チーちゃんなる娘は俺達のやり取りに興味を見せず、背を向けた。スマフォをカタカタとタップするのみだ。
「そこの小娘。私を無断撮影するのは法律違反よ。写真一枚で千円税別だから、しっかり払ってよね」
「今度は肖像権とかいう奴? はぁ、親世代が勝手に決めたルールに従わされるの、無関係な子供世代に迷惑だっての」
「何言ってんの? 頭おかしくない、この子供」
ペネトリットも困惑しており営業がうまくいっていない。頭のおかしさはお前もどっこいどっこいだと思うぞ。
社会と繋がるスマフォを手放さず社会に反抗するチーちゃんに苦慮している俺達の隣では、後輩チームも苦戦していた。
「ねぇねぇ。おばさん、こんな山奥で仕事しているとあっという間に三十路になって貰い手いなくなっちゃうよ。いいの?」
「お姉さんはこの仕事にやりがいを感じているからいいんです」
「えー。いい歳をかなり超過しているんだから、異世界に夢を見るの止めたら、おばさん。もう若くもないのにティンカー・ベルを肩に乗せて恥ずかしくない?」
「この子は金物修理妖精ではなく森妖精Zちゃん。お姉さんの相方だから肩に乗っていても全然恥ずかしくないんです」
後輩が中学生くらいの口の悪い小娘に引き攣った営業スマイルを浮かべている。何かを絞めようとピクピク手が動いてしまっているぞ。
更に隣のブースに配置されているはずの宝月局長の妹、有子審査官は……ホールを駆けまわる小学生に翻弄されまくっていた。
「走らないでーっ! 転びますよーっ!」
「きゃはは。追いかけっこ」
子供達よ。クリスマスなら大人しく実家のこたつで温まっていればよかろうに。冬休みを使った長期旅行なのだろうか。
少々手間取っているものの、この程度の困った客なら日常茶飯事だ。面倒臭さのレベルは森妖精一ダースと同程度でしかない。ブラックサンタクロース対策で土嚢を早く積み上げたいので、さっさと審査してしまおう。
「――メニークルシメマス」
Rゲートが瞬いた。
瞬き回数の多さは通行人数の多さを表している。この反応は十人や二十人どころではない。百、いや、三百近いぞ、これ。
「メニークルシメマス」
「メニークルシメマス」
「メニークルシメマス」
黒い厚手のコートで統一された集団が軍隊みたいに整列しながら大量に転移してくる。Rゲートの管理局め。完全にスルーしやがった。
「馬鹿な、早過ぎる!?」
まだ昼飯も食べていない時間だ。管理局の迎撃準備は午後に予定されていた。つまり全然何もできていない。
「メニークルシメマスッ!!」
行軍速度を上げたブラックサンタクロース共は魔界出島を駆け下りてくる。
マズい。一般観光客もいるというのに被害が出るぞ。
「一般人を逃がせっ。奴等は容赦なくプレゼントを――」
「――悪い子にはジャガイモをプレゼント」
ブラックサンタクロースの先陣はホールに到達すると、担いでいた大きな袋に手を突っ込む。すると、投擲に最適な大きさのまだ青いジャガイモを取り出して俺へと向けて投げてきた。
幸いコースが外れて近場にいた妖精へとジャガイモは飛んでいく。俺は無事だ。
「私が危なかったのだけど?!」
「ブラックサンタクロースは悪い子を優先的に狙う習性がある」
「清純派、精神年齢一年強の私のどこが悪い子よ!」
ジャガイモは物理的に固くて痛い。が、それでもまだマシな攻撃だ。
ブラックサンタクロースの第二投。飛んできたのは黒い石、石炭だ。
俺の頭に命中するように飛んできた石炭は……くいっと曲がって頭を避けて後頭部後方へ。俺を盾にしていたペネトリットの羽を掠めていった。
「服が汚れるんだよな、石炭」
「妖精には普通に致命傷なんですけど?!」
第三投。
これまでの経験を活かしたペネトリットは早々に退避する。俺だけでは盾が足りないと思ったのか、同じ妖精のグレイスの後ろに隠れた。
「さあ、デコイ。役に立ちなさい」
「や、やめてぇぇぇ……あれ?」
「ウギャァァァッ」
誘導装置でも積んでいるような軌道でグレイスを越えて、ペネトリットの顔面に直撃する臓物。
魔界の生物の内臓だ。ブラックサンタクロース共は生臭く血が滴るモツを投げてくるのだ。昨年はこの攻撃が嫌過ぎて管理局は追い込まれたのである。
血だらけになったペネトリットはダウンだ。彼女の血ではないので、まあ、放置でいいだろう。
「審査官さん、どうするんですか!」
「イタズラばかりの森妖精ならデコイになるが、妖精にしては純朴なグレイスではデコイにはならな……ウギャッ」
俺の上半身にも何かの生物の肝臓が付着した。入出国ホールは阿鼻叫喚である。被害は審査官のみならず、異世界旅行へと出向く直前だった一般客へも及ぼうとしていた。
「怠慢してんじゃないわよッ。ここの職員が命を張って助けなさいよ! それが大人の義務でしょ!」
チーちゃんの必死の叫び。言われなくても管理局勤めは命がけである。
「おばさーん、助けて。おばさーん」
「どうして無垢な子供が犠牲になるんですか。僕達、何も悪い事していないのに?!」
俺を含め、後輩達もがんばって一般客を逃がそうとしている。だが、客の動きに釣られたブラックサンタクロース共もホールの出口、日本側へと向かってしまっている。押し返そうとしているが数的不利は覆せない。森妖精一ダースに匹敵する面倒臭い客共なので当然の誘引力だ。
去年よりも攻勢が苛烈なため、今度こそ日本の地に跳び出してしまうかもしれないな。
「メニークルシメマス。悪い子を罰するため」
「メニークルシメマス。悪い子にプレゼントを贈るため」
「メニークルシメマス。さあ、新世界の悪い子に」
「審査官さんっ、止めないと!」
「……これは、仕方がない」
最終手段だ。管理局の失態と年末年始に叩かれるくらいなら、今叩かれても同じだろう。
先んじて、ブラックサンタクロースの流出を防ぐためにホールの出口を電子ロックする。
「まだ私達が残っているのに、何考えているのよ! 大人は全員無能なのよ!」
チーちゃんを先頭に、客が抗議するべく引き返してきた。
スマフォで俺の顔を撮影してSNSで拡散しようとしているが、チーチャンよ、残念ながらホール内は電子的に隔離されているため無理だぞ。
抗議を無視して仕事を続ける。
審査中だったチーちゃんのパスポートに対して、えいっと出国印を押す。気持ちばかりに、そっと魔界出島観光券を挟んで持ち主に手渡す。魔界の大使館から貰っていた正式な招待券である。
「緊急事態により日本に逃げられないお客様のために、審査を略式で終えました。Rゲートのデジマーランドへとどうぞ。よい旅を!」
ブラックサンタクロースの先発隊はホールに殺到している反面、魔界出島にはほとんどいない。逃げるなら今のタイミングだ。きっと心優しい魔族達は避難民達を受け入れてくれる。
「ハァ?! 日本に帰らせてよ。この無能! これだから大人は!」
当然の抗議を上げるチーちゃんにRゲートの事実を伝えよう。
「えー、Rゲートの法律では、人間族は十歳で大人です」
Rゲートは他種族国家で種族ごとに寿命もバラバラ、成人年齢もバラバラである。
魔王が大雑把に制定した法律によれば人間は十歳、小学五年生で成人だ。寿命が他種族と比較して短い所為で、十歳でも子供期間は相対的に長いという扱いらしい。
「デジマーランドも魔界の法律に則り運営されていますので、貴女も大人です。良かったですね。ようこそ、無能と蔑んでいた大人の世界へ!」
「何言ってんのよッ?! 頭湧いてんのッ!?」
思いのほか心がすっきりした。他の未成年共のパスポートにも出国印を押して皆、大人の仲間入りだ。
ちなみに、ブラックサンタクロースは成人の有無にかかわらず悪い子ならモツを投げてくるので注意が必要です。
「メニークルシメマス」
「黒いサンタがこっちに、ひぃッ」
どのみち、日本側にはもうブラックサンタクロースが溜まりまくっていて脱出が不可能。旅行客は魔界出島に逃げるしかないのだ。
チーちゃん家族が逃げ出すと、他の家族もホールから脱出を開始する。その動きに誘引されてブラックサンタクロースも大移動していき、結果、ホールは静かになった。
「よし、解決した」
「本当にこんな解決でよかったのでしょうか、審査官さん……」
グレイス。俺は己の仕事を全うしただけだ。悪い事は何一つしていない。
証拠に、俺に対してブラックサンタクロースはジャガイモも石炭も臓物も、何一つ投げてこないではないか。
ホールの安全確認が終わった後、外へと救援を求めるとしようか――、
「――悪い子はいねぇがァッ」
ふと、Lゲート――通称、光の扉――が瞬いた。
回数が多い。百人以上、下手すると三百人を超える通行が予想される兆候だ。
「悪い子はいねぇがァッ。ここに旅行客をスケープゴートにして仕事を怠けた、悪い子がいる気配がするぞォッ」
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▼妖精ナンバーEX5、なまはげ
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“妖精族なまはげ。光の勢力に属するが、特定日には所構わず遠征して悪事に罰を与える懲罰妖精。
クネヒト・ループレヒト族と異なり、怠け者も罰する”
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