98:白豚令嬢、告白する
(お兄様は、あんなことを言っていたけれど。冗談だよね?)
本日の事後処理を終えた私は、用意された部屋の窓を開け外の景色を見ていた。
西の町には再び夜が訪れ、雨は完全に止んでいる。
しばらくすると、コンコンと部屋のドアがノックされた。返事をして外に出ると、リカルドが立っている。
「リカルド、お疲れ様。たくさん手伝ってくれて、ありがとう」
「ブリトニーこそ、お疲れ様。俺には、これぐらいしかできないからな……」
そう答えたリカルドの表情は、わずかに曇っている。
「……どうかしたの、リカルド?」
「明日、俺はこの街を発とうと思う。両親と合流して、しなければならないことがあるから。いつまでもアスタール伯爵領の人間がこの場にいるのも微妙だろう」
「リカルドは悪くないじゃん。私を助けてくれたし、南や西の町の復興も手伝ってくれた。ここの皆も、よくわかっているよ?」
「だが、アスタール伯爵領は、大きな罪を犯した。今後、どうなるかはわからない……ブリトニーとの婚約だって、おそらく断られるだろうな」
「そんな……!」
彼の言葉に、私は思った以上に衝撃を受けた。
自分でも予想していたのに、本人の口から語られるとなると、いやでも現実味が増してしまう。
「下手をすると、俺は領地を継げなくなるし。そうでなくても、アスタール伯爵領は以前のような立場に戻れない。信頼を完全に取り戻すのは、きっとだいぶ先になる」
敵国とつるんで、同じ国の仲間に攻撃を仕掛けたのだ。これから、アスタール伯爵領の立場は悪くなる一方だろう。
今まで培ってきた信用をなくしたので、離れていく貴族もいると思う。
「いっそ、婚約を断った方が、ブリトニーのためになるかもしれない……」
「わ、私は、リカルドと婚約したい。お兄様の出方はわからないけれど」
彼に婚約が断られることを考えると、胸が苦しくなる。
それは、リカルドが仲の良い友達だからという理由ではなく、もっと別の原因からだと気づいた。
(婚約相手は『彼が良い』んじゃなくて、『彼でなければ嫌』なんだ。私、リカルドが、そういう対象として好きなんだ……)
前世の自分より年下のリカルドを、今まで私は恋愛対象として見てこなかったけれど。事あるごとに彼に翻弄され、一挙一動にドキドキしていた自覚はある。
従兄に婚約を保留にされたときだって、私はショックを受けていたのだ。
自分の気持ちに向き合ってみると、答えはあっけないほど簡単に見つかった。
(けれど……現実は、今まで以上に大きな障害が立ちはだかっている状態)
私やリカルドがどれだけ婚約を望もうが、どうすることもできないのだった。
この場でこんなことを言っても、リカルドを苦しめるだけかもしれない。
(それでも、このままでは永遠に彼を失ってしまうかも。そんなのは嫌だ!)
少し悩んだ末、私は自分の思いを彼に告げた。
「……ねえ、リカルド」
「どうした?」
「私、リカルドのことが好きだよ。少し時間がかかったけれど、この想いが恋愛的な意味の好きだって気がついた。リカルドが、太った私でも魅力があるって言ってくれたときから……あなたのことが本当に好きになったんだと思う」
「ブリトニー……」
「あのときは、よくわからなくて答えられなかったけれど、今ならちゃんと言える。私はリカルドが好きだし、リカルドと婚約できないなんて嫌だ。もし、アスタール伯爵領を継げなくても、今まで持っていた名声を失ったとしても、私はあなたが好き」
恥ずかしさからボソボソと小声になる私を、リカルドが抱きしめる。
今いる場所は、用意された部屋の前だけれど、建物の端なので誰もいない。
「嬉しい。ブリトニー、ありがとうな」
リカルドの態度は私よりも数段落ち着いているが、横目で見た彼の耳は赤くなっていた。
「現実はどうなるかわからないが、できるだけのことをしてみようと思う。俺も、ブリトニーとの婚約を諦めきれないから……」
「うん。リカルドこそ、そんなふうに言ってくれてありがとう。困ったことがあれば、なんでも相談してね。今まで、あなたにはたくさん助けてもらったから。今度は私が恩を返す番だと思う」
白豚令嬢ブリトニーだった私が、前世の記憶を取り戻して行動しようとした時、必要なものや人員を手配してくれたのはリカルドだ。学園の授業内容を教えてくれたのも。
その他にも、彼に助けてもらったことはたくさんある。
(原作では、リカルドは領主じゃなくて、マーロウ様の取り巻きだったけれど。この辺りの事情が関係しているのか、すでに原作とは別の道を歩んでいるのかわからないな……)
リュゼの死亡原因についても、正しいことは未だに不明だ。
だが、挟み撃ちによる敵側の攻撃を阻止できたので、今後彼に何も起こらなければ死亡フラグは回避できたと思って良いだろう。
(情報がないから、モブって不便)
主人公目線で進むストーリーの中で、どれだけモブの情報を集められるか。
そして、その情報を正確に思い出せるかが大事である。
「ブリトニー、もう少しだけこの体勢でいてもいいか?」
「うん……」
リカルドは、明日この場所を発ってしまい、その後はどうなるのかわからない。
私もそっと腕を伸ばし、彼の背中に手を回してみた。
この時間がずっと続けばいいのになんて、弱気なことを考えながら。
翌朝早く、リカルドはアスタール伯爵領へ向けて出発した。
両親たちと合流し、今後の行動を相談するつもりらしい。
身柄を拘束されているミラルドは……置いていかれた。












