97:白豚令嬢、驚愕
「どうなっているの?」
警戒しつつ役所へ向かって歩き出すと、前方に見知った人影が見えた。
その人物は、私を見つけると軽やかに駆け寄ってくる。
「リュゼお兄様!」
なぜ、北にいるはずの従兄がこんな場所にいるのか……
疑問に思うが、彼が生きていたことに安堵する。
「ブリトニー、無事で良かった! 話は、ここの役人に聞いたよ。頑張ってくれたみたいだね」
「お兄様こそ、無事でなによりです。でも北の状況は……? 離れて大丈夫なのですか?」
「お祖父様や王太子の援軍が到着したから大丈夫。北の国の軍勢は攻撃の手を緩めていた。戦況を見て、ここの兵士たちと挟み撃ちにする気だったみたいだね」
「やはり、そうでしたか」
「西で失敗したから撤退するのも時間の問題だと思うけど。で、そこにいるのは、リカルドと……ミラルドだね。なんでミラルドは拘束されているのかな?」
質問しているが、リュゼは大体の状況をつかんでいそうだ。
ミラルドの匂いが気になるようで、少し顔を顰めている。
「お兄様が予想している通りです。彼がアスタール伯爵領側の主犯で、リカルドや伯爵夫妻は今回のことに関与していません。リカルドは、この通り助けてくれていますし」
「……だろうね、アスタール伯爵領の兵士同士が争っていたから、役人たちに確認したんだ。とりあえず、ここのいざこざは収めたよ。援軍を見て不利と悟った敵の兵士たちは、投降するか逃げていった」
「それで、辺りが静かだったんですね」
私は薬が切れた件を話し、まずは精油を役所へ運ぶことにした。
担当者に効能や使い方を説明した後は、事後処理のために建物内を駆け回る。
今回の争いで怪我人は出たが、死者はいなかった。
それから、船で上陸しようとした北の国の軍勢は、やはり荒れた海で難破したらしい。
計画の首謀者は、こちらの地理に明るくなかったようだ。
事後処理で質問したいことが出てきたので、私はリュゼを探す。
彼もまた、事後処理で忙しくしていた。
親切なリカルドも、手伝ってくれている。
しばらくして、捕虜たちの部屋で従兄を見たという役人を発見。
その方向へまっすぐ進んでみる。
すると、ミラルドが捕まっている個室からリュゼの声がした。
「リュゼお兄……」
呼びかけようとした私だが、二人の会話が聞こえてしまい、思わず足を止める。
中では、ミラルドがリュゼに何かを訴えていた。
「ハークス伯爵領の製品情報を渡せないのはわかる。だが、俺とブリトニーが婚約しても、お前にとって問題はないはずだ! 俺を見逃し、当主になるために手を貸してくれたら、便宜を図ってやると言っているだろう!」
自分の名前が出てきたことに驚き、その場を動けなくなる。
「どうだ、リュゼ?」
意味のわからないことを言っているミラルドだが、その言葉を聞いたリュゼは、彼を小馬鹿にしたように笑っている。
(裏の顔、降臨……!)
リカルドとの婚約さえ保留にした従兄だ、ミラルドとの婚約など論外である。
というか、今回の件でアスタール伯爵領は、まずい立場に立たされることになった。
下手をすると、私とリカルドの婚約保留も、婚約反対に変更されるかもしれない。
「なぜ何も言わないんだ、リュゼ。色々と融通してやると言っているのに」
「……君は、何もわかっていないんだね。呆れるを通り越して、哀れになってくるよ」
大きなため息をつき、窓の外に目を移すリュゼ。
ミラルドは、不満そうに彼を見ている。
「君の引き起こした事件のせいで、アスタール伯爵領は今後国賊扱いされるよ。リカルドの働きで情状酌量の余地はあるけれど、そんな場所に従妹を嫁がせるわけがないだろう? それに、ブリトニーは君にもったいない相手だ」
「何を言っているんだ? ごく普通の令嬢じゃないか」
「あの子の良さを全然わからない奴なんて論外……お前にくれてやるくらいなら、僕がもらうよ。本人が了承すればだけれど、それが一番良い気がしてきたし」
普段見せない悪どい表情のまま、リュゼはミラルドにそう告げた。
(え……? 今、リュゼお兄様、とんでもないことを言わなかった?)
軽く混乱した私は、従兄への質問を取りやめ、素早く回れ右をした。












