94:豹変しすぎな元紳士
「……どうして、あなたがこの場にいる?」
険しい表情のリカルドが、震える声で問いただす。
彼が動揺するのも無理はない。
目の前に兵士と共に立っていたのは、彼の兄であるミラルドだったのだから。
わかっていたこととはいえ、現実を目の当たりにすると気持ちが揺れるのだろう。
(ミラルドは病弱なのに、こんな場所にいて大丈夫なの?)
アスタール伯爵領の中心部からハークス伯爵領の西の町までは少し距離がある。
しかも、現在この場所は戦場で雨も降っていた。
体が弱く、いつも部屋にいる人物にとって良い環境ではない。
「ミラルド様。あなたがしていることは、ハークス伯爵領への侵略行為です。北の国と結託して、この領土を攻撃する理由はなんですか?」
「うるさい、ハークス伯爵家の者が俺に生意気な口を聞くな」
「……いや、だからこそ、今の発言をしているのですが?」
以前のミラルドは、礼儀正しい口調の人物だったと記憶している。
しかし、目の前にいるのは、粗野な言動で高圧的な態度をとる男性だ。
もはや別人と言えるほどの豹変ぶりである……
「ミラルド兄上、あなたのことは両親に報告済みです。国の一大事として、王族の方々もご存知ですよ」
「それがどうした、リカルド」
けろっとした顔で答えるミラルドは、ことの重大性が分かっていない模様。
場合によっては、うちの国と北の国との戦争に発展する事件であるのに、それに加担したという意味を彼は考えてもいないらしい。
「そんなことより、この倉庫は我々アスタール伯爵家が押さえさせてもらう。うちに縋って生き延びて来た辺境領土のくせに、新商品を当てたからと調子に乗りやがって。ここのものは、うちの製品も同然だろう」
ミラルドは、私を見てバカにしたように鼻を鳴らす。
確かに、ハークス伯爵領はアスタール伯爵領にお世話になってきた。
積み重なった借金も、少し前にようやく返し終えたところであるし、これから恩を返していきたいと思っていた。
(でも……だからといって、こんなやり方はない)
私が反論しようとしたのを遮り、リカルドがミラルドとの間に立った。
「いい加減にしてください、兄上。これ以上、我が伯爵家の恥を晒す前に兵を引くべきです」
「黙っていろ、リカルド!」
高圧的に命令するミラルドだが、リカルドは引かない。
「これは、アスタール伯爵領の立場を考えた上での行動なのですか? 味方である領土に侵攻したことで、アスタール伯爵領が今後、国民たちにどのような目で見られるか……冷静になってください!」
ミラルドは、リカルドの言葉をうるさそうに遮ると、再び私に目を向ける。
なんだか、上から下まで舐め回すように見てくるので気持ちが悪い。
「……ふん、前に会った時は酷い姿だったが、少しは見られるようになったではないか。リカルドが気に入るわけだ」
無遠慮なミラルドの視線から守るように、リカルドが私を背後に隠す。
すっかり頼もしくなったリカルドに、場所も考えずにときめいてしまいそうだ。
(駄目駄目、今はそれどころじゃない。この倉庫を守って、ミラルドたちを撃退しなきゃ)
ミラルドの連れている兵士と、こちらの兵士。
人数は向こうの方がやや多いし、仲間を呼ばれたら厄介である。
「おい、こいつらを排除して倉庫を押さえろ。そこの女だけは殺すな」
兵士に命令するミラルドの言葉を聞き、私はぎょっとして彼を見た。
「ミラルド様、何を言っているのですか。排除って、リカルドのことも指しています!?」
「……それがどうした? もともとこいつは邪魔だったし、都合よく消せる舞台が整って助かった」
「ちょっと待ってくださいよ! リカルドは、あなたのたった一人の弟じゃないですか!」
「ああ、そうだな。憎くて仕方ない、邪魔な身内だ」
彼の言葉を皮切りに、兵士たちが襲いかかって来た。
兵士たちの背後に立つミラルドは、守られながら話を続ける。
「俺がずっと、どんな気持ちでいたか。なんの責任もない女のお前にわかるか? いつも比べられ、弟ばかりが褒めそやされるこの屈辱が!」
「……!」
この状態は、マーロウとアンジェラ兄妹の過去の状態と似ている気がする。
しかし、今回は同性の兄弟の上、ミラルドの方が年上ときたものだから難しい。
(というか、すでに手遅れな気がする)












