92:命と体力は大事(リュゼ視点)
北での戦闘は、思ったよりも長引いていた。
天候も悪いし、体力も徐々に削られてくる。
(少し前の僕なら、きっと体を壊して倒れていただろうな)
僕――リュゼ・ハークスには、自分の体力を考えずに突っ走る傾向があった。
でも、今は無理をすることはあっても、無茶をすることは控えている。
従妹のブリトニーにきつく言われたからだ。
彼女の言葉がなければ、僕は今も前線で自分の体力の限界も考えずに駆け回った挙句、寝込んでいたことだろう。
そして、こんな場所で倒れたら、それこそ命取りになってしまう。
僕は今まで常に自分に厳しく行動してきた。
完璧でなければならないと、心の中にいつも焦りを抱えていた。
けれど、ブリトニーは、そんな僕の隠した本心に気がつき、負担を共有すると口にした。
前方では、もはや野盗に扮することもやめた北の国の軍勢が控えており、数度ぶつかり合いがあった後は膠着状態が続いている。
どちらも、この戦いを制する決め手に欠けているのだ。
ハークス伯爵領側は、目の前に見える軍勢を押しのけるだけの人数が揃っていなかった。
兵士の三分の一は祖父が従えており、残りは西側に置いている。
北の国側はあまり動かず、たまに思い出したように攻撃を仕掛けてくる。
そんな中、焦った表情の伝令が駆け込んで来た。
「伯爵様、大変です! 敵の軍が北上しているようです!」
「どういうこと?」
「アスタール伯爵領の軍が南を迂回し、ハークス伯爵領の西側を攻めているようです。西側の町は、頑張って持ちこたえていますが、西が落とされればこの場所が挟み撃ちに遭ってしまいます!」
まさかの裏切り行為に、息を呑む。
リカルドは王都にいるし、彼の両親がハークス伯爵領を裏切ることはない。
一体、何が起きているのか……
「それで北の軍勢は動かなかったんだね。増援を待っていたのか……で、お祖父様は?」
「もうすぐこちらに到着されるかと」
アスタール伯爵領が裏切ったことに動揺したが、それを表に出すわけにはいかない。
自分がうろたえれば、それは味方全員に伝染するからだ。
しばらくすると、祖父たちが到着したので彼らを出迎える。
祖父は、なぜか王都の兵士たちを大勢引き連れていた。
王都の軍とハークス伯爵領の軍は見た目が少し異なるのでわかる。
しかも、王都の兵士たちは、この国の旗まで掲げている。
国としては、ハークス伯爵領に味方するという意味だ。
「お祖父様! 後ろにいるのは王都の軍ですよね」
「ああ、マーロウ王太子殿下が寄越してくれた。これで、あちらにいる敵の軍は叩けるだろう」
「はい。ですが、アスタール伯爵領が裏切って、西側に兵士を向かわせているとのこと。そちらも対策が必要です」
僕の言葉を聞いた祖父の顔が一瞬にして血の気を失う。
「そそそそそ、んな! 大変だ! どどどどど、どうしよう!」
歴戦の戦士らしからぬ慌てぶりだ。
「落ち着いてください。アスタール伯爵領の兵士はいますが、通常であれば彼らが裏切るはずがない。きっと内部でも意見が割れているはず……」
「違う、そんなことはどうでもいい! あそこには、ブリトニーがいるんじゃあ!!」
「……っ!?」
その言葉を聞いて、僕の心臓が凍りつく。
「ブリトニーは、王都にいるのでは?」
「マーロウ殿下が兵士を派遣してくれたのは、ブリトニーのおかげなんじゃよ。あの子は今、西の町を支援しに行っとる。リカルドも一緒だ」
祖父と話していると、もう一人伝令がやって来た。
「北の国は、西の海側にも兵士を送り込んでいます。大きな船が十隻ほど西側へ向かったとのこと」
「……」
僕と祖父は、思わず顔を見合わせた。
「船に関しては大丈夫でしょう。あの入り組んだ場所に大きな船が入ることは不可能ですから」
「そうじゃな。あんな場所に大きな船を回すなんて一体何を考えとるんだ? 西の空は黒い雲だらけだし、海は大荒れだろう……こちらの地理に明るくないのか?」
「僕もそう思います。それよりも、アスタール伯爵領からの兵が心配です」
ブリトニーと共にいるリカルドは、そのような裏切り行為をする人物ではない。
同じく祖父と仲の良い伯爵も無関係、奥方も進んで他領を攻めるような攻撃的な性格ではない。
……そう思いたい。
「お祖父様、北側の指揮をお任せしても良いですか?」
「ああ、このような戦いは過去に何度も経験しておるから得意分野じゃ。リュゼはブリトニーの元へ行ってやっておくれ」
「はい……!」
北側から五分の一ほどの兵士を引き連れ、馬で西に向かって駆け出す。
いつものような無茶な動きをしなかったおかげで、体力は十分に残っていた。












