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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
15歳

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89:役人の言葉と思わぬ記憶

 夜の港町に、慌ただしく兵士たちが行き交う。

 私たちの予想通り、野盗が町中に油をまいて火を放ったらしい。

 雨のおかげで急速に燃え広がることはないけれど、住民たちは役所に避難している。

 私も彼らの避難を手伝っていた。


 野盗の元には、マーロウから借りている小隊も向かっている。

 私は役所で指示を出しつつ、避難した住民の手助けをしていた。

 住民の避難は大方済み、リカルドは小隊とともに野盗の出た現場へ向かっている。


 怪我人の手当を手伝っていると、一人の女性が出口付近で叫んでいた。

 どうやら外に出ようとしているようだ。

 役所の職員たちに止められながら、彼女は声を張り上げている。


「子供とはぐれてしまったんです! お願いです、行かせてください!」


 女性の周囲には、四人の子供がいた。

 大人数での移動中に、一人だけはぐれてしまったのだろう。

 とはいえ、役所の中に残っているのは明らかに荒事には向かない役人ばかりだ。

 子供探しとはいえ、外に向かわせるのは気がひける。


(役所を守っている護衛を向かわせるわけにもいかないし)


 私は女性の元に向かって質問した。


「お子さんと、どの辺りではぐれたかわかりますか?」

「あなた様は……! あ、あの、この近くまでは一緒に来たんです。ですが、子供たちと役所に駆け込んだら、一人だけ姿が見えなくて」

「私が見て来ますので、あなたは他のお子さんといてあげてください。はぐれたお子さんの特徴は?」

「まだ三歳の男の子で、ジェフといいます。私たちは役所の東側にある家から走って来ました」


 中のことを役人たちに任せた私は、護衛を引き連れ、雨の降り止まない港町で子供の捜索を始める。

 三歳児ならさほど遠くへは行けないだろう。

 しばらく東側に進んでいると、どこからか、それらしい泣き声が聞こえてくる。

 母親の言った通りだ。


 通りの隅で子猫を抱いた少年が、小さくかがんで震えている。

 猫に気を取られている間に、家族とはぐれてしまったらしい。


「ジェフくんだよね、大丈夫? お母さんが探しているから一緒に行こう」

「……うん」


 人畜無害な私の容姿が役立ったのか、小さな男の子は猫を抱いたまま素直について来てくれた。

 しかし、役所へ戻る途中で通りの向こうから怪しげな男が現れる。

 いかにも事件を起こしそうな、危ない外見だ。

 私とジェフ少年は男と関わらないよう、走って役所を目指す。


(こっちにも怪しい人がいるなんて……彼も野盗かな?)


 役所に残っているメンバーは荒事に向いていないので……今攻められたらやばい。

 ハークス伯爵領に出ている野盗の特徴は、略奪よりも町を荒らすことに重点を置いた動きをするという。

 避難した人々を狙うことも考えられた。


 戻る途中、単独で襲ってきた男がいたので、とりあえず背負い投げして気を失わせ、捕獲しておく。

 それを引きずり、少年と一緒に役所に戻ると母親からものすごく感謝された。


 役人たちが拘束したタイミングで、男がちょうど目を覚ます。

 そんな彼の前に立ちはだかった私は、腕を組んだまま相手に問いただした。


「さあ、知っていることを洗いざらい話してもらいましょうか?」



 男はやっぱり野盗の一味だった。

 野盗といっても、雇われの身だという。

 今回、西の町で人が集中している場所を狙うに当たり、偵察をしていた模様。

 その途中で現場を私に見られてしまったので、襲いかかって来たらしい。


 一人だけ捕まって心細くなったのか、小娘相手に喋ったくらいでは無害だと判断したのか……男は饒舌だ。

 しかし、彼が語った内容は衝撃的だった。


「俺たちの役目は、領内を引っ掻き回すことだ。本隊が出てくるまでの時間稼ぎ」

「北の国に雇われているの?」

「違う、俺の雇い主は……アスタール伯爵家のミラルド様だ!」

「……!? 何を言っているの?」

「嘘だと思うのなら、自分の目で確かめてみるといい。もうじき、アスタール伯爵家の兵士たちがやってくるはずだ。お前たちは大事な軍勢の多くを北に回してしまっているから、俺に詳細を聞いたところで勝ち目はないぞ。海からは、北の国の軍勢も来るはずだしな」


 私も、一緒の話を聞いていた役人たちも唖然とした。

 このままでは、西の町どころか南の町や村にも被害が及んでしまう。


(私がここで食い止めなきゃならないけど。でも、そんなことできるの?)


 他の人間も同じことを考えているのだろう。

 浮かない顔で泣き言を言っている役人もいる。


「ああ、こんな時、リュゼ様がいてくれれば」

「本当だよ。北の伯爵様さえ、いてくだされば」


 だよね。頼りない令嬢よりも、リュゼのほうが心強いよね。

 微妙な気持ちになる私だが、なぜか彼らの言葉に既視感を覚えた。


(……今の言葉、どこかで聞いたような。いや、見たような気がする)


 私が「見た」と言うことは、少女漫画の中の知識に間違いない。

 主な漫画の内容は、紙に書き記して忘れないようにしていたので確実に覚えている。


 だが、細々とした内容や大筋に無関係なものになると、わざわざ書いていない。

 そもそも、内容が頭から抜け落ちている部分もあるだろう。


「……! 思い出した」


 原作の漫画が大好きな私でさえも気に留めていなかった、忘れかけていた内容。

 役人たちが発している言葉。


(これは、原作の少女漫画で、アンジェラ一派の横暴に苦しめられていた貴族の言葉だ)


 そもそも、リュゼこと「北の伯爵」は、物語の中に名前しか出て来ない。

 あれだけ存在感を放っているリュゼが、アンジェラすら熱を上げているリュゼが、物語のどこにも出て来ないなんて……と、記憶が戻った私は不思議に思ったものだ。

 だが、よく考えれば「北の伯爵」という名前は物語の隅にひっそり散りばめられている。


(原作で王太子が亡くなった際も、貴族の一人が「北の伯爵様がいれば……」や「あの方さえご健在であれば」などと言っていた気がするし)


 吹き出しに書かれていない言葉……

 本当に目立たない数コマ……


 重度の少女漫画好きな私でさえ、忘れかけていたセリフ。

 その意味に気がついた今、私は動揺を隠しきれない。


(それに加えて、この状況)


 主人公メリルが現れるまで、あと半年ほど。

 想像でしかないけれど、今この時期にリュゼに何かあったのではと思ってしまう。

 物語上では、辺境で起こったこの騒乱のことは出ていないし、北の国に侵攻されてもいない。

 けれど、リュゼは……出てこないのだ。


(漫画の中の貴族の言っていた、「ご健在であれば」というセリフ。もしかすると……)


 原作で物語が開始された時点で、リュゼはすでに死んでいるのではないだろうか?


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