87:祖父の隠れファンがここにもいた
自分の護衛と王太子が貸してくれた小隊を引き連れて、私はハークス伯爵領の南を目指す。そこには、祖父がいるはずだ。
馬を走らせる私の隣では、同じく馬に乗ったリカルドが並走している。
アスタール伯爵領へ向かう前、リカルドは彼の両親の元へ部下を走らせた。
領地内に入ってからは、実家に向けてもう一人部下を向かわせている。
両親に自分の行動を知らせるため、そしてミラルドにハークス伯爵領を支援してもらうためだ。
「ははは、ブリトニー様の乗馬スキルは、女性らしからぬものですなあ! あの厳しい兵士用トレーニングも、普通にこなしていましたし、さすがはハークス伯爵家のご令嬢だ」
場違いな明るい声を出すのは、三十代くらいの小隊長だ。この重い空気を和らげようとしてくれているのだと思う。
ガタイの良い体を鎧に包んだ彼は、いかにも体育会系という雰囲気の男性だ。
「家族と比べると、まだまだだけどね。ハークス伯爵領の女性は、馬に乗ることが多いんだよ」
なんせ田舎だから、ちょっと買い物に行くのでも一日仕事なのである。
この辺りも改善していきたいと、従兄弟と話し合っているところだ。
(緊急事態で、それどころじゃなくなってしまったけれど……)
王都から休まずに北へ向かっているので、そろそろ疲労を感じ始めている。
いくら最近鍛えているとはいえ、馬車で数日の距離を駆け抜けるのは厳しい。途中で一度馬を替え、今は縦に長いアスタール伯爵領内を北上しているところだ。
全力で馬を走らせて一日半だが、あと半日ほどかかりそうである。到着するのは夜になるだろう。
「ブリトニー、そろそろ限界じゃないのか? 目的地に着くまでにへばったら、元も子もないぞ?」
「うん、ちょっと疲れているけど……それはみんな同じだから、私も頑張るよ」
「何を言っているんだ。普段から鍛えている野郎共と、普通の令嬢の体力を一緒だと考えるな」
そう言って馬を近づけてきたリカルドは、ひらりと私の後ろに飛び乗った。そのまま私を抱え込むような形で馬の手綱を取る。
暖かい彼の腕に囲われ、心臓がうるさく音を立て始めた。
「いいから、今のうちに眠っておけ、ブリトニー」
「でも、リカルドだって疲れるでしょう? 私だけ眠るわけには……」
「俺は一時期騎士になる道も考えていたから、学園でそれなりの演習を受けている。一日や二日なら問題ない」
なおも渋る私に向かって小隊長が笑いながら声をかけてくる。
「ブリトニー様、素直に眠った方が良いですよ。現地に着いてから仕事があるでしょう? それに、リカルド様に少しは良い格好をさせてあげてください。男として大事な場面で断られるのは、ちょっと辛いものがあります。なんなら、私があなたを運んで差し上げても良いですが、それはリカルド様が嫌がるでしょうからねえ」
「なっ……!」
振り返ると、顔を赤く染めたリカルドの緑の瞳と目が合った。なんとなく気恥ずかしい気持ちになり、おずおずと目を伏せる。
密着している体から伝わってくるリカルドの鼓動は、私と同じで早かった。
彼に触れている部分が暖かくて、徐々に瞼が降りてくる。
「そのまま眠っていろ」
リカルドが囲うように私を抱きしめてきたけれど、眠気の方がまさってしまった私は、静かに瞼を閉じた。
※
翌日の昼に、私たちはハークス伯爵領の南――祖父が滞在する小さな町に到着した。
優秀な兵士や役人たちのおかげで、野盗による被害は最小限に抑えられているようだ。
祖父らが野盗を撃退し、ひと段落した後らしい。
南の町はそれほど荒らされていないし、死人やけが人も少ない。
とはいえ、全く被害がなかったわけではないので、閑散としたこの場所に流れる空気は重く暗いものだ。
「お祖父様、ご無事ですか?」
祖父の滞在する館に着いた私は、彼のいる部屋の中へ駆け込んだ。
不眠不休のリカルドもついてきている。
小隊のメンバーたちは、隊長以外は近所の町の宿で休んでいた。
「おお、ブリトニーにリカルド! 駄目じゃないか、こんな危ない場所に来るなんて。ここまで遠かっただろう、部屋を用意するから休みなさい。休んだら、安全な場所に……」
相変わらず孫に激甘な祖父は、私がなんのために来たのかわかっていない模様。
「お祖父様、私たちは手伝いに来たのですよ。北側では、リュゼお兄様が頑張っているはず」
「そ、そうじゃ! 南はひと段落し、西も落ち着いたようだからな。今後は北へ向かったリュゼと合流する予定だ。あちらは被害が多く、苦戦しているらしい。野盗とは別の集団……訓練された兵士が動いておるそうな」
「では、私は……お祖父様たちのサポート、および南と西の復興支援を行います。戦場でできることは少ないでしょうし」
「だが、野盗の残党がいるかもしれん」
「王太子殿下から、一小隊を預かっていますので大丈夫。追って援軍をよこしてくれるそうですので、北側へ行ってもらいますね」
小隊長が祖父に向かって敬礼する。
心なしか、彼の顔が赤くなっており、鼻息が荒い気がするのだが……
(隊長も、お祖父様のファンだったりするのかな? 何気に隠れファンの多い過去の英雄だからなあ)
一通り祖父と話し合った後、館の空き部屋を借りた私は、疲れ切っているリカルドに休んでもらうことにした。
隊長も宿に戻って寝るとのこと。
人間なので、休息も必要だ。
「リカルド、ありがとう。しっかり休んでね」
「ブリトニーは、どうするんだ?」
「私は馬の上でしっかり睡眠をとらせてもらったから。南の町の被害者の慰問や物資の手配……色々しておく予定。終わったら、今度は西へ向かいたいと思ってる」
戦闘はできないけれど、領民のケアだって大事な仕事だ。
私は自分にできることに専念する。
「そうか、しばらく休んだら俺も手伝う」
「ありがとう」
いつまでもここにいては、リカルドも休めないだろう。
私は彼を部屋に案内し、「おやすみ」と告げてその場を後にした。
リカルドが眠っている間に、ルーカスからの伝令が来た。
(マーロウ様からの連絡より早いとは……侮れないな)
姉王女の独断とはいえ、北の国が攻めて来たということで、彼は城の中で一時的に軟禁状態に置かれているらしい。
友好的な第五王子だが、北の国の王族ということには変わりない。
本人も、それはわかっていたのだろう。おとなしく捕まっているようである。
(王太子と仲良しだし、そこまで酷い目には合わないと思うけど)
祖父たちはすでに北へ向かって出発した。
元からすぐに北へ向かう予定だったらしく、ぎりぎり入れ違いにならずに済んだのだ。












