84:距離の近い従兄
今まで、ひたすら己の処刑を回避しようと動いてきたわけだが……
ここへきて、大きな変化が一つ起こった。
痩せたことはもちろんだが、アンジェラが私を「友人」と言って助けてくれたことだ。
(漫画の中でブリトニーを切り捨てるアンジェラが、「友人」になるなんて思わなかった)
複雑だけれど、それを嬉しいと喜ぶ自分がいる。
少女漫画の中のアンジェラは、他人を友人だと思う人間ではなかった。
取り巻きは、全て王女の子分で対等な関係ではない。
利用できるかできないかでしか、彼女は相手を判断しないのだ。
漫画の中のブリトニーだって、隣に立たせるのに最適なデブとしか思われていなかったはずである。
それが、悪役であるアンジェラの性格だったけれど、どういうわけか、今の彼女は違う。
(マーロウ様の影響かな?)
兄と仲良くなったことで、アンジェラの性格はかなり更生された。
この先も、何もなければ良い方向へ進んでいくと思われる。
(うまくいけば、誰も不幸にならずに済むかもしれない)
そうあって欲しいと、私は強く思った。
いつの間にか、私は我儘な王女にも愛着を感じるようになっている。
「このままメリルが出てこなければ、そしてマーロウ様が殺されなければ……ハッピーエンドになるかも」
少女漫画「メリルと王宮の扉」の中では、小さな国どうしの小競り合いや貴族間の対立はあったものの、割とすぐに収められている。
トラブルメイカーであるアンジェラが鎮まった今、私にとって危険なことはないように思われた。
平和なことを考えていると、部屋にリュゼがやってきた。
「お兄様、また令嬢たちから避難ですか?」
「今日は違うよ。急遽、領地に戻らなくてはならなくなったから、ブリトニーに知らせに来ただけ」
私の髪を一房すくった従兄は、指先でそれをもてあそぶ。
(最近、やけに距離が近いんだよなぁ)
相変わらずリュゼは疲れているようで、そこはかとなくアンニュイな雰囲気を漂わせていた。
長い睫毛を伏せて何かを思い悩んでいる様子だ。
「領地で、何かあったのですか? 私も……」
「ブリトニーが戻る必要はないよ。問題は起こったけれど、向こうにはお祖父様もいるし。すぐに片付けて僕も王都に戻るから」
「そうですか。問題というのは??」
従兄を椅子に案内した私は、マリアにお茶の用意を頼んで彼の向かいに腰掛ける。
リュゼの話す内容は、少し厄介なものだった。
ハークス伯爵家の領地の北側は、ルーカスの父が治める北の国と接している。
過去には、そのことで戦を仕掛けられたこともあった。
最近、その場所に怪しげな野盗が出るという。
それが、近隣の村や町を荒らすだけにとどまらず、何やら領内を探るような怪しい動きをしているのだとか。
普通に考えて……北の国の者だろう。
都度、村を守る兵士が撃退しているのだが、彼らはなかなかしつこく挑発行為を繰り返しているらしい。
「北の国へは、もう知らせているのですか?」
「向こうは知らぬ存ぜぬといった反応で、すっとぼけた返事を寄越して来たよ」
「知らないはずないでしょうに……ルーカス殿下は、どうですか?」
「殿下は僕らに友好的だから、現地の状況を探ってくれている。兄弟の誰かが動いているのではという見解みたいだけど」
「すごく大変なことになっているじゃないですか!」
「あそこの兄弟は、仲が悪いみたいだからねえ」
少女漫画には、こんな展開はなかった。
メリルが現れるまで大きな争いはなかったはずなのに、何がどうなっているのかわからない。
(そういえば……)
直接的な諍いはなかったものの、北の国と南の国との関係は微妙ではあったかもしれない。
詳細な描写はなかったものの、小さな事件は度々起こっていた。
どこかの間者が王宮の書類を盗み出そうとしているなど、そういう事件も少しあったように思う。全部メリルが華麗に解決したけれど。
「毎回、妙にすんなり領地に入ってくるらしくて。襲う村は、ハークス伯爵領の商品の原料を生産している場所が多い……もしかすると、こちらの国に内通者がいるかもしれないね」
「だとすれば一体誰でしょうね。犯人は、うちの領地の者でしょうか」
「そうとも限らない。ハークス伯爵領は最近急激に進歩しているから、それをやっかんだ他の領土の者が手引きしている可能性もある。どちらにしても放っておくことはできないから、僕が事態を収めてくるよ」
リュゼは簡単に言うが、裏に何があるかわからない危険な仕事だ。
不安げな私に気がついたのだろう、彼は安心させるような笑みを浮かべ、テーブルの上に乗せていた私の手を取る。
「大丈夫だよ、ブリトニー。なるべく被害を拡大させないよう動くつもりだし、最悪戦闘になっても僕やお祖父様、領地の兵士たちは皆強いから」
「……ですが、心配なものは心配なのです」
そう伝えると、リュゼは困ったような笑みを浮かべた。
椅子から立ち上がり私の背後に回って、背中から私を抱きしめる。
突然の出来事に、私は動揺を隠せない。
「お、お兄様……!?」
「ブリトニーは、くれぐれも王都から出てはいけないよ。もし、言いつけを破ったら……お仕置きだからね」
「……ひっ!」
不穏な言葉に恐れをなして立ち上がろうとすると、それをやんわりと押さえたリュゼが音を立てて頬に口付ける。
「ひゃあっ!? お兄様、何をっ!?」
「挨拶だよ。ところで、無事に戻ったらブリトニーに提案したいことがあるんだけど」
「あ、はい。わ、わかりました。ここで帰りをお待ちしています……」
本当は伯爵家の者として彼について行きたいが、野盗退治となると私にできることはない。
(護身術を嗜んでいるけれど、野盗が相手じゃどうにもならないし)
わかってはいるものの、言いようのない不安が押し寄せてくるのだった。












