83:王女と友情?
ついに、お茶会の日がやってきた……!
王女アンジェラ主催のこのお茶会は、東の庭の一角で行われる大規模なもの。
有力貴族の奥方や娘さんたちが集まる、格式高い場でもある。
極貧を脱したとは言え、田舎の伯爵の娘なんて本来ならばお呼びでない。
私は、雲ひとつない澄み渡った初夏の空を恨めしげに見上げた。
(うん、わかってる。こういう時に限って、雨は降らず快晴なんだって)
黒いクロスをかけた丸いテーブルが並び、その上に軽食や菓子類が次々と運ばれてくる。
ちなみに、食器類は全て赤と黒だ。
アンジェラの配下である黒子メイドたちはせっせとお茶を入れ、私は用意された真っ黒な椅子に腰掛けた。
ちなみに、クッションも赤だ。
(うう、緊張するなあ)
この日呼ばれていたのは、アンジェラの親戚である公爵夫人と侯爵夫人を筆頭に、権力のある貴族の奥様たちが五名程。
そして、その娘の令嬢たちが十名ほどである。
年頃の娘も多少いるが、子供が多い印象だ。
王女様主催のお茶会というだけあって、彼女たちは張り切って煌びやかな衣装を身につけている。
そして、獣臭のフェロモン香水もつけている……子供まで。
(食欲が減退するなあ。ダイエットにはちょうどいいけど)
十キロ増えていた私の体重は、この二ヶ月で八キロ落ちた。
近頃スキンシップ過多気味な従兄のリュゼが、熱心に運動に付き合ってくれたおかげだ。
アンジェラに言われた目標は達成できなかったが、「前よりちょっと顔が丸い?」くらいの太さなので許容範囲だと思いたい。
まず、挨拶や世間話を楽しみ、主催者であるアンジェラが私を紹介し、私が必死で商品を説明するという流れだ。
大口顧客ゲットのチャンスなので、頑張らなければならない。
出番が来た私は、緊張しながらも領地の製品を売り込んだ。
「……というわけで、今みなさんにお使いいただいている品は最高ランクの商品です。ハークス伯爵領でも生産に限りがある貴重なもので……」
大貴族相手なので、とびきり値の張る商品を中心に紹介を試みる。
守銭奴のリュゼが考案した恐ろしい価格設定だが、品質が良いことは確かだ。
もちろん、小金持ち向けの普通の商品も扱っているし、今後は庶民向けのお手軽な商品も出していく予定である。
「そして、今日の目玉商品はこの香水です」
私は、ムスクやアンバーを原料にした香水をババンと紹介した。
「こちらには、現在皆様が纏っておられる流行のフェロモン香水の成分が含まれています。今現在フェロモン香水をお使いの方で、その効果が感じられないと思う方はいらっしゃいますか?」
私の問いかけに、おずおずと数人の令嬢が挙手する。
そして、なぜか幼い子供も声をあげた。
「パパがママのこと、臭いっていつも言ってる! 私も臭いって言われた!」
残酷な子供の言葉に絶句する奥様集団。
無垢で正直な本音の精神殺傷能力は高すぎる。
そして、父親に「臭い」と言われた本人も気の毒だ。
「……ええと。こ、この香水は、その点をきちんとカバーしており、爽やかでフローラルな強すぎない香りが特徴なのです。従兄のハークス伯爵も絶賛しておりました」
リュゼの名を出すと同時に、お年頃の令嬢たちがざわめき出す。
(おお、さすがはお兄様!)
イケメン効果で、貴族の奥方やご令嬢たちが興味を持ってくれたようだ。リュゼ様様である。
数種類の香り見本を用意したところ、次々に商品の予約が入った。
私の隣では、どや顔のアンジェラが機嫌良さそうに座っている。
思い通りに仕切れて満足そうだ。
そんな彼女の瞼の上では、似合う長さのまつ毛エクステがくるりと優美なカーブを描いていた。
「さて、そろそろ恒例の芸術発表を行いましょうか」
アンジェラの声かけで、上位貴族の皆さんの顔が引き締まる。
場数を踏んでいるとはいえ、発表ではそれなりに緊張するのだろう。
まずは、お子様軍団の発表。
しかし、子供だからと、彼女たちを侮るなかれ。
曲が始まるとともに紡がれる美声は、海外の有名少年合唱団のような澄みきったものである。
音を外すことなどもちろんなく、声の強弱加減も絶妙だ。
(うーん……私も家庭教師に歌を教わったはずなのに)
こんなにも歴然とした差が出るなんて、才能というものは大事だと再認識した。
この後の自分の発表のことを考えると気が重くなる。
マーロウやルーカスが指導してくれたおかげで多少はマシになったが、ド下手が下手に昇格した程度の進歩状況。
私の実力は幼い子供以下だ。
もちろん、二人にはきちんとお礼をしている。
マーロウの趣味のお誘いには必ず参加し、材料が珍しく商品化できなかった化粧水や石鹸類を優先的に献上したり、一緒にハーブティーの研究をしたり……私も割と楽しい。
だが、彼は隙あらば大量のお菓子を出してきて私を太らせようとするので要注意だ。
他には、王太子が死亡してしまう将来に備え、時間があるときにハークス伯爵家の護身術を伝授している。
こちらには、ルーカスも参加していた。
曰く、過去に北の国の軍勢を退けたハークス伯爵領の技に興味があるのだとか。
体重の増えた私の姿を見てから、彼の態度は昨年より素っ気なくなったが険悪ではない。
普通に話をする仲である。
(油断禁物だけれど、嫌われているようには感じられないんだよね。ただの異性の友人って雰囲気だし)
二人の王子のことを考え現実逃避をしているうちに、私の順番が回ってきてしまったようだ。
お茶会参加者たちが、笑顔で私に歌うよう促してくる。
発表者は、庭の中央に立つという決まりなので、私はおずおずと移動した。
(大丈夫、マーロウ様やルーカスと練習したんだもの)
大きく息を吸い込み、口を開ける。
歌うのは比較的易しい曲だったはずだ……
しかし、予想通り私の喉を通すとひどい歌になってしまう。
(最後まで続けるのキツイなぁ。小さい子供が爆笑しているし! 「ヘタクソ〜」とか言っているの、思いっきり聞こえているから〜!)
他の令嬢や、その親からの視線がやけに同情的だ。
あからさまに馬鹿にされないものの、これはこれでキツイ。
(やばい、頭が真っ白になってきた)
歌いながら絶望的な気分になる私だが、その時、すぐ近くで新たな歌声が聞こえた。
その声は凛とした強さを併せ持ち、柔らかく澄んだ音を奏でている。
ぎこちなく視線を動かすと、席から立ち上がったアンジェラが一緒になって歌っていた!
王女の旋律は、私の音痴な歌を覆い隠すようにハモっている。
(アンジェラ、すごい! というか今、私を助けてくれた?)
戸惑っている間にも曲は進み、無事に最後まで歌い切ることができた。
他の貴族たちが、立ち上がり拍手を送ってくれる。
その後、奥方たちの歌が続き、最後はアンジェラが難易度の高い曲で締めくくった。
お茶会が終わった後で、アンジェラに駆け寄った私は、彼女にお礼を言う。
「王女殿下、さっきは助けてくださりありがとうございました。おかげで、最後まで歌えました」
「わ、私主催のお茶会で、トラブルがあっては困りますからねっ!」
わずかに頬を上気させたアンジェラは、まつ毛エクステを伏せ、ツンとそっぽを向いた。
怒っているわけではなく、照れているようだ。
「それから、前々から思っていたのですけれど。ブリトニー、ずっと一緒にいるのに『王女殿下』だなんて堅苦しいですわよ。私のことは、アンジェラとお呼びになって? お兄様だけ名前呼びなんてずるいですわ!」
「え……?」
「さあ、私の名前をお呼びなさい!」
緊張しつつ、私はそっと口を開く。
「……あ、アンジェラ、様」
途端に満面の笑みを浮かべたアンジェラが目に入る。
気を良くしたらしい彼女はフフンと小ぶりな胸をそらせた。
「これからは、私のことを常にそう呼ぶようになさい。友人なのに呼び方が『王女殿下』だなんて、あんまりですわ」
彼女の言葉に驚き、機嫌良く立ち去るアンジェラを無言で見送ることしかできない。
(…………)
いつの間にか、私は王女に友人認定されていたようだ。












