82:弱みは人それぞれ
(うう、申し訳ない)
礼を言ってハンカチを受け取った私を引き寄せたリカルドは、抱きこむような姿勢で頭を撫でてきた。
彼にあげた香水の香りがふわりと舞う。
爽やかで控えめな香りなので、近づくまで気がつかなかった。
(プレゼントした香水、使ってくれているんだな)
そう知った途端に、恥ずかしいような嬉しいような気持ちに包まれる。
どことなく甘い雰囲気に思考が追いつかない私は、混乱してされるがままになっていた。
涙と鼻水を溢れさせる私を、リカルドは必死になだめてくれる。
「大丈夫だ、ブリトニー。体型など関係なく、お前の良さに気がつく人間は必ずいる。俺だって、そのうちの一人だから」
彼の言葉がいちいち心に染み渡る。
「ううっ、リカルド……あ、ありが……」
私はずっと、ブリトニーが、この体が大嫌いだった。
少し食べればすぐに太り、丁寧に手入れをしないと肌が荒れ、最初は体臭まできついという有様で。
周囲からは体型を馬鹿にされ、それを見ない振りをしてきたけれど、やっぱり傷つくことが多かったと思う。
嫌なことがあると、すぐ食べ物に走る意志の弱い性格も嫌いだ。
(そうやって、悪い要素を全部漫画のブリトニーのせいにして逃げる卑怯な自分も大嫌い)
記憶が戻る前の我儘なデブキャラのブリトニーも、戻った後でも体重がリバウンドする意志薄弱なブリトニーも……全部私自身なのに。
(でも、リカルドは、そんな私に魅力があると――痩せていなくても、そのままで良いと言ってくれた)
太っていても痩せていても態度の変わらない彼の言葉は、私にとって本当にかけがえのないものだった。
だが、感動している私に向け、彼が衝撃的な言葉を続ける。
「俺は、そのままのブリトニーの中身が好きだ。だから、お前に婚約を申し込んだ。そういうブリトニーと夫婦になりたい」
「……!?」
私を抱きしめながら、リカルドはゆっくりとそう告げる。
驚いた私は、おずおずと彼の顔を見上げた。
「もしかしてリカルドは、私に異性として好意を抱いているの?」
「……いきなり核心を突いてきたな」
わずかに上気した顔のリカルドが、緑色の瞳を逸らせながら呟く。
「誤解だったらごめん。すごく恥ずかしい勘違いを……」
「いや、ブリトニーの言う通りだ。婚約を保留されている時に、このようなことを言うのもどうかと思ったが、我慢するのも堪える」
大きく深呼吸をし、私の両肩に手を置いたリカルドが、瞳に真剣な光を浮かべて言った。
「改めて言う。俺は、以前からお前のことを異性として好いている!」
「……!!」
「とはいえ、ブリトニーに返事を強要したりはしない。正直、お前はそこまで考えていないだろうしな……まあ、今は落ち込むなと伝えたかっただけだ」
私が答える暇もなく、彼は話を切り上げてしまった。
(すぐに返事を促されても、なんて答えていいかわからなかったけれど)
今はこちらを気遣ってくれる、リカルドの優しさがありがたい。
彼のことは好ましいと思っている。
でも、それが恋愛感情なのかと問われると、まだよくわからない。
(イケメンを前にしてドキドキするのは、女の子だったら普通の反応だと思うし……)
前世今世を問わず喪女だった弊害が、今如実に現れていた。
「ブリトニーは、もっと自分に自信を持っていいと思うぞ。誰にだって、苦手なものくらいあるだろ」
リカルドにそう言われ、私はまじまじと彼を見つめる。
「ということは、リカルドにも苦手分野があるの?」
「……まあ、あるな。リュゼやマーロウ王太子、ルーカスは知っているのだが、俺は高い場所と非現実的なものが苦手だ」
「非現実的なものって? もしかして、幽霊とか?」
「怪奇現象は好きじゃない」
「……怖いの?」
「言うな。自分でも、子供みたいだとわかっている」
「大丈夫だよ、誰にも言わない。それに、そういうのを苦手な人は多いと思うし」
自ら弱みを明かしてくれたことに彼の気遣いが感じられ、ますますリカルドへの好感が上がる。
(それに、ちょっと可愛いかも)
恋愛感情について深く考えなければ、私は彼のことを尊敬しているし、かなり好きだと思う。












