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転生先が少女漫画の白豚令嬢だった  作者: 桜あげは 
15歳

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81:溢れ出す……

 結局、私は数ある楽譜の中から無難な旋律の曲を選んだ。

 とはいえ、音痴な人間にとっては普通に難しく、発声練習の時点ですでに躓いている。


「あー、ああー♪ あー?」

「ブリトニー嬢、腹式呼吸が大事ですよ? 腹式呼吸は気持ちをリラックスさせる効果もありますし、ダイエットにも良いんです」


 一言多いルーカスと、ウキウキと楽器を抱えて伴奏するマーロウが、基本的な発声の指導をしてくれていた。

 音楽教師も匙を投げるレベルの私に、よく付き合ってくれているなと思う。

 リカルドは、じっと私の練習を見学していた。恥ずかしい……


 多少声が出るようになったところで、歌を歌ったが……出来の方は芳しくない。

 さすがのマーロウも、私の音感を矯正することはできなかった。

 歌のエリート、ルーカスは遠い目をしている……


「も、申し訳ないです」


 二人の王子の目の前で恐怖のブリトニーリサイタルを開いてしまった私は、練習が終了するとすぐ部屋を後にした。

 マーロウとの練習はこれからしばらく続くので、再びこの場所へ戻ることになるだろう。

 少しでも歌が上達すればいいなと思う。


 城の廊下を歩いていると、後ろからリカルドが追ってきた。


「ブリトニー! この後、時間はあるか?」

「これから、香水の布教活動をする予定だけど」

「可能なら、俺も一緒に回っていいか?」

「もちろん。でも、つまらなくない?」

「いや、俺もブリトニーの香水には興味がある。あと、応援したいと思っている」


 王都では例のフェロモン香水が流行っており、リュゼも大きな被害に遭っていた。

 リカルドとしても、あの臭い香水を撲滅したい気持ちがあるのかもしれない。


 リュゼが声をかけてくれた貴族を中心に、香水の良さをアピールする。

 従兄には、学生時代に築いた王都の人脈があるのだ。


(そう考えると、お兄様ってすごいよね。私の人脈なんて、ノーラやリリー、リカルドたちくらいだもの)


 領地に引きこもっていた私にとって、多方面で活躍するリュゼは眩しく見えた。

 とはいえ、他人を羨んでいても仕方がない。

 私は自分にできることをするだけだ。



 結果的に、香水の布教活動は上手くいった。

 フェロモン香水を使用している貴族の奥方や令嬢たちの中にも、薄々「これ、臭いんじゃない?」と思っている、まともな感覚の人たちがいたのである。


 しかし、他の貴族女性とのお付き合いもあり、我慢して流行の香水をつけていたらしい。

 ハークス伯爵領の香水は、そういう女性たちに喜ばれた。

 小さな入れ物に各香りのサンプルを入れ、様々な香りを試してもらうと、彼女たちは香水を大量購入してくれた。

 私についてきたリカルドも、臭い香りを纏った人間が減りそうでホッとしている。


(貴族女性たちの購買意欲が上がった理由には、ここにいるリカルドも関係していそうだな)


 リュゼやマーロウが身近にいるので麻痺しそうだが、リカルドはかなりの美形だ。

 そんな彼が私と一緒に勧める香水……

 何もなくても、「一度手に取ってみよう」、「試してみよう」という気が沸き起こったに違いない。リカルド様様だ。


(一応、フェロモン成分も入っているものね!)


 ついでに付けまつ毛の宣伝もすると、面白そうだということで若い令嬢たちがこぞって購入してくれた。

 既存製品の化粧品の新色や、新しい香りの石鹸なども飛ぶように売れている。


 ハークス伯爵領は年々収益を上げており、借金も完済した今は新たな領域に乗り出そうとしている。

 水路の建設などがそうだ。


 だいぶ前に私が言い出した温泉に関しては、未だにリュゼからスルーされているが、新しく入浴剤なるものを作ったので、温泉のない王都では普通の風呂にそれを入れて使っている。

 私の作った入浴剤は、ノーラの領地で取れた鉱石から作り出した重曹に、デンプンを発酵させたものから作ったクエン酸を加え、そこに精油やトウモロコシの粉、そして水を混ぜて練ったものだ。

 それを型に入れて乾燥させて保存している。


(こっちも、王都で流行らせたいな)


 重曹やクエン酸は、単体で掃除にも使えるので、ハークス伯爵家の使用人たちに好評だ。

 現在、メイドのマリアがそれとなく城の使用人たちにアピールしてくれている。


 香水の宣伝も終えたので、私はリカルドと喋りながら城の中央にある広い中庭を散策する。

 他人の目に触れることが多く、綺麗な花も咲いているこの場所は、恋人同士の逢引の場によく使われるのだとか。

 ちなみに、情報の出所は城の住人アンジェラである。


 そんな場所で、リカルドと散歩をしていると思うと、ついドキドキしてしまう。

 いつの間にか、右手を繋がれているし。


(いやいや、リカルドとは婚約保留中だから。向こうも親切なだけで、私のことをどうこう思っているわけではないから!)


 私は、余計なことを考えそうになる自分を戒めた。


(だいたい、こっちだって、リカルドを異性として意識しているわけではないもの……たぶん)


 一人で色々と思い悩んでいる私に、リカルドが心配そうな目を向ける。


「ブリトニー、大丈夫か? 仕事で疲れているのではないか?」

「だ、大丈夫! ちょっと、ボーッとしていたみたい。ごめんね」

「責めているわけじゃない。このところ領地関連の仕事をしたり、運動をしたり忙しそうだったから、少し心配になっただけだ」

「ありがとう。大丈夫だよ、運動に関しては自業自得だし」

「そうか……」


 と言いつつ、リカルドは私の言葉を信用していなさそうだ。

 私の右手を握ったまま、顔を近づけてくる。

 綺麗な緑色の瞳に見つめられ、心臓が大きく跳ねた。


「ブリトニー。王女殿下の命令で、お前がダイエットをしているというのはリュゼから聞いた。一ヶ月後の茶会に間に合わせるよう必死だともな。だが、俺は……ブリトニーがブリトニーのままなら、体型は関係ないと思う。お前は、そのままで充分、その、魅力がある」


 少し赤い顔のリカルドは、私に向かってそう訴えた。

 言葉が尻すぼみ気味なのは、照れているからだろう。


 けれど、彼のまっすぐな不意打ちは、ひどく私の胸を打った。

 そんなことを言われたのは、生まれて初めてで、思わず息を呑む。


「……リカルド、あ、りがとう。う、嬉しい」


 感情が高ぶり、自然と目頭が熱くなった。

 そんな表情を見られたくなくて、私は慌てて俯く。


「大丈夫か? 悪い、俺のせいか?」

「違う、リカルドは悪くない。そのままで充分だなんて、優しいことを言ってくれるから。感動して鼻水が出そうなの」


 涙だけ出てくれば良いものを。

 鼻水の量のほうが多いのは、さすがブリトニーというべきだろう。


 リカルドは、無言でそっとハンカチを差し出した。

 ……男前である。


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