80:王太子の意外な性癖と白豚令嬢の試練
一ヶ月後――
私は、王女の部屋に呼び出されていた。
この部屋の主、まつ毛が正常に戻ったアンジェラが白と黒の部屋(寝室ではなく客室)の中に佇んでいる。
「ブリトニー、ダイエットの成果はまずまずのようね。五キロ減ならこの先もなんとかなりそうですわ。それと、あなたにお話ししたいことがありますの」
革張りの長椅子に案内された私は、メイドに促されるままそこに座ってアンジェラを見た。
今度は何を言われるのだろうと構えていると、彼女の口から驚愕の言葉が放たれる。
「今度のお茶会では、各自得意な歌を披露することになりました。ブリトニーにも、もちろん歌っていただきますわよ」
「歌!?」
いきなり何を言い出すのだと、動揺した私の声が裏返る。
「……そういう催しなのですわ。この間は楽器の演奏でしたし、その前は詩の朗読です。お茶会は、日々極めた芸術を披露する場でもありますのよ」
(ちょっと待ってー!)
心の中で叫び声をあげた私は、今後に思いを馳せて絶望した。
(大恥をさらす未来しか思い浮かばない……!)
確かに、令嬢たちにとっては、日頃から努力を続けている技術を発表する晴れ舞台なのだろう。
披露するとなれば、練習にも力が入るというもの。
しかし、芸術系の才能が皆無の私に、城のお茶会で歌えというのは拷問に等しい。
「ブリトニー? どうかしたのですか?」
様子が変だと気がついたのだろう、アンジェラが首を傾げながら近づいてくる。
「王女殿下……実は」
私は、自分の芸術の才能について彼女に包み隠さず話した。
「あら、お兄様が『ブリトニーの詩はすごい』などとおっしゃっていたから、歌も得意なものだと思っていましたわ」
「……リュゼお兄様とリカルドは、爆笑していましたけどね」
「ともかく、歌の発表は決定事項ですから練習しておきなさい。不得手というのでしたら、お兄様にも頼んでおきますし」
アンジェラは、そう言って、また私に無茶振りをする。練習でどうにかなるのなら、今頃私は歌姫になっていることだろう。
(というか、忙しい王太子に私の歌の練習を任せるなんて……まずいんじゃないの?)
そう思いながらアンジェラの部屋を出ると、外に笑顔の王太子が待機していた!
彼は以前も妹の部屋の前で私を待っていたことがある。
「……マーロウ様、ごきげんよう」
「やあ、ブリトニー。城での暮らしには慣れたか? 不便なことがあればなんでも言ってくれ」
「お気遣い、ありがとうございます」
挨拶していると、そこにアンジェラが割り込んできた。
「お兄様! ちょうど、お話ししたいことがあったのですわ!」
「ん? どうした、アンジェラ?」
「ブリトニーに、今度のお茶会で歌うために、歌を教えていただきたいのですわ!」
アンジェラの無茶振りは、私にだけでなく、無差別に行われるようだ。
だが、にこやかな王太子は、妹の言葉に屈したりはしなかった。むしろ、嬉しそうですらある。
「あの、マーロウ様。お忙しいのはわかっておりますので、私は……」
「問題ない! 喜んで指導しようではないか!」
「ええっ!?」
「そうだ、知人に歌の得意な者がいるのだが。彼も呼んでみよう!」
王太子は、歌のレッスンにノリノリだ。
こうして、なし崩し的に私の歌のレッスンが決まってしまった。
※
翌日から、私はマーロウ王太子の空き時間に歌のレッスンをすることになった。
案内されたのは、彼が歌や楽器を演奏する部屋みたいだ。
部屋の奥に様々な楽器が置かれており、その手前に低めのステージのような段差がある。
(本格的だ……)
そして、そのステージの上には、二人の青年が立っている。
「リカルド! と、ルーカス様……なんで、ここに?」
私の疑問には、爽やかな笑みを浮かべる王太子が答えてくれた。
「北の国の第五王子、ルーカス殿下とブリトニーは、面識があるだろう?」
「ええ、はい」
「彼は歌が上手いと有名なのだ。せっかくだから、これを機に彼とも仲良くしたいと思って声をかけたら、快く話に乗ってくれてな。リカルドは、彼の付き添いだ」
「そうですか……」
北の国とこの国は、過去の戦争の件もあり、未だに少しギクシャクしている部分がある。
マーロウ王太子としては、ルーカスと交友を深め、北の国との関係を改善したいのだろう。
(これは、外交的なお付き合いなんだよね。それが、私の歌の練習って……いいのかな?)
というか、この三人の前で歌うのが嫌すぎる。
艶やかな銀髪を掻き上げたルーカスは、戸惑いがちに私に声をかけた。
「お久しぶりですね、ブリトニー嬢。ええと……以前より、かなり太りました?」
(直球だな! これでも少しは痩せたんだけど!)
やはり、世の男性は、リカルドのように温かい目でデブを見守ってはくれないようだ。
しかし、ここで意外なフォローが入る。
「私は、今のブリトニーの体型が健康的で良いと思うぞ! 初対面の時の体型の方が、貫禄があってより好ましいがな」
「えっ……?」
王太子の投下した、まさかのデブ専発言に、残る二人の男性陣はあんぐりと口を開けた。
私も、「健康的」や「貫禄がある」がここまで良い意味で使われたのを初めて聞いたよ。普通は、太っている人間を貶めるため、遠回しな嫌味で使う言葉だものね。
「では、さっそくブリトニーの練習を始めようか。茶会は一ヶ月後に迫っているわけだが……曲目は決まっているのか?」
「ぐふふ、決めかねております」
「他の貴族たちとの兼ね合いもあるからな。アンジェラから頼まれて、何曲か見繕ってみたぞ」
そう言って、おもむろに近くのテーブルへ楽譜を並べ出す王太子。
ルーカスは、異国の楽曲に興味津々と言った様子だ。「この譜面は初めて見ますね、こちらは僕の好きな曲です」などと、感想を述べている。
歌が上手いと評判なだけあって、彼は音楽全般にも詳しそうだ。
「これなんて、趣があって良いと思うぞ。この最後の部分が秀逸でな……」
マーロウ王太子に差し出された難解な楽譜を見て、私は心の中で絶叫した。
「こんな複雑な旋律は無理ー!」
この世界の楽譜は、前世と同様でおたまじゃくし型だ。
だがしかし、王太子オススメ楽譜の音符の散りばめられ方は異様である。
大きく上がったり下がったり、シャープやフラットが入り乱れていたり、歌唱者イジメも良いところである。
歌がど下手くそな私には、音階のあまり変わらないラップ調の曲がお似合いなのだ。
この世界には、ラップ自体がないけどさ……












