79:従兄のスパルタトレーニンング
今朝から、リュゼの様子がおかしい。
あの後、私のベッドで一晩過ごして元気になった彼は、どこか挙動不審な様子を見せている。
(こっちをガン見しているんだけど! 無理やりベッドに寝かせたのを根に持っているの!? 怖っ!!)
元気になって良かったが、昨日のことで変に恨まれるのは嫌である。
(リュゼお兄様、粘着質な性格をしていそうだし)
一度目をつけられたら最後、執念深く付け狙われそうだ。
「……あの、お兄様? 本当に大丈夫ですか?」
「僕なら平気だよ」
「そうですか。とりあえず、体調が良くなって一安心しました」
「一晩看病してくれてありがとう」
そう言うと彼は私に近づき、額に羽のように軽いキスを落とす。
「……!? うぉっ、お兄様!?」
「ん? どうしたの、ブリトニー?」
いや、「どうしたの」じゃないでしょ、今、キスしましたよね?
そう突っ込みたいが、彼にとっては、ただのお礼の挨拶かもしれない。
(ムキになって指摘したら、こっちが自意識過剰女みたいになってしまう?)
キスがお礼になるなんて、イケメンは得である。
「……なんでもありません」
「そっか、ところでブリトニー。君、またダイエットを始めたんだって?」
「ええ、まあ。十キロ太ってしまいましたし、王女殿下にも痩せろと言われていますし」
「なら、僕も手伝うよ。昨日のお礼もしたいし」
「で、ですが」
「僕だって反省しているんだ。ブリトニーが、ストレス発散としてお菓子を食べているのは知っていたし。その原因は僕かもしれないから、気まずいのもあって、今まで何も注意せずに来た。以前ほどひどい肥満ではないから許容範囲だと思って……でも、そのせいで君が苦労しているなら、僕にも責任がある」
「お兄様……」
従兄がダイエットの味方になってくれるのは、心強かった。
その日のうちから、仕事の合間を縫って私のダイエットが始まる。
まつ毛の件は、きちんとアンジェラに伝えたので大丈夫だ。
「ところで、お兄様のお仕事は?」
「大きな仕事は昨日終えたんだ。数日後に王都の水路関係者のところへ行くけれど、それまでは少しだけ時間に余裕がある。それに、部屋にいるとまた王都に住むご令嬢の襲撃に遭いそうだし」
「……わかりました。よろしくおねがいします」
二人で城の裏庭へ移動し、ランニングを開始する。
周囲は人払いがされているらしく、どれだけ運動しても大丈夫とのことだ。
「ブリトニー、ハークス伯爵領で行なっていたトレーニングは続けるべきだよ。護身術も普段から訓練しておかないと」
「ごもっともです」
トレーニング中は、従兄との距離が近い。
腹筋の際に足を押さえてもらったり、護身術の相手をしてくれたり……助かるけれど、内容はかなりハードなスパルタ式だ。
約半日に及ぶトレーニングが終わり、私は無事に全てのメニューをこなすことができた。
「頑張ったね、ブリトニー」
そう口にしたリュゼが腕を伸ばし、私の髪を撫でる。
彼との距離が近くなり、先ほどの額のキスを思い出した私はぎこちなく彼を見上げた。
(あのリュゼお兄様が、あからさまに優しいなんて。今夜は大雨が降りそう)
疲れた体で裏庭から建物に入ると、入り口付近に黒子メイドを従えたアンジェラが立っていた。
「ブリトニー、ダイエットを頑張っているようですわね。その調子で、しっかり痩せるのですよ?」
「は、はい……」
返事をした私は、アンジェラの顔を凝視する。
彼女の目に、とてつもなく違和感を感じたせいだった。
(まつ毛盛りすぎー!)
私の話したまつ毛エクステを試したかったのだろう。
技術面はマリアが黒子メイドたちに指導したらしいので、さっそく覚えたそれを実践したに違いない。
しかし、王女の目には大量の黒いまつ毛が海苔のように張り付いており、重力で垂れ下がっている。
盛れば盛るほど良いと思ったのだろうが、不自然極まりない目になっていた。
(眼力を強調したいのはわかるけど、もとの目が小粒だから完全にまつ毛で隠れている……)
私は、小声でアンジェラに正直な感想を述べた。
「王女殿下、ちょっとまつ毛の量が多いかもしれません。長く太く多ければ良いというものではないですよ」
「……そ、そんな!」
小声で伝えたので、リュゼには聞こえていないはずだ。
「後ほど、良い本数を見繕いましょうか?」
「そうですわね、お願いしますわ」
アンジェラは、ちらりと私の背後に佇むリュゼを見て頬を染めた。
(王女殿下まで……)
もはや、私は従兄の魅了の呪いに驚かなかった。












