78:気づかなくて良かったこと(リュゼ視点)
目に痛い桃色にまみれた部屋のベッドの上で、僕――リュゼ・ハークスは身動きできずに横たわっていた。
先ほどまで、なんとかこの場を逃げ出そうとしていたが、いよいよ体に力が入らなくなっている。
現在、枕元ではブリトニーが僕が脱走しないように目を光らせつつ看病していた。
とはいえ、原因は蓄積されすぎた疲労なので、彼女にできることは特にない。
「ブリトニー……とりあえず、ここから移動したいんだけど。このままだと、君が眠れないでしょう?」
「え、別に構いませんよ。私が別の部屋で寝るか、長椅子を占拠すれば良いだけです。お兄様の看病もありますし」
「女の子にそんな真似はさせられない。僕のことは放っておいて」
「放っておいた結果がこれなので、その言葉に頷くわけにはいきません。私は、反省しているんです!」
ブリトニーは鼻から荒い息を吹き出し、ノシノシと僕のいるベッドの前まで歩いて来た。
「ずっと一緒に暮らしていたのに、私はリュゼお兄様が無理していたことに今まで気づかなかった。のほほんと、自分のことだけ考えて生活していたのです」
「別に無理をしていたわけじゃないよ。体調のことだって、大したことないと思って放って置いたのは僕だし」
「それでもです! 私はお兄様に甘えすぎていました。まだ二十歳の若者一人に重荷を背負わせてしまうなんて、自分が情けないです!」
「えーと、ブリトニー?」
思いつめた様子の従妹は、激しく自分を責めていた。
僕一人に伯爵家の仕事を任せたことに罪悪感を覚えている様子だが、こちらは十五歳の子供にこれ以上依存する気などない。
ただでさえ、彼女は伯爵家のために様々な商品開発を行っているのだ。
上出来の部類である。
(疲れているのは、お祖父様や両親の引き起こした問題の事後処理のせいだし)
今回の王都行きは、領地の製品を広めることと、水路新設のあれこれの許可を取るためだ。
そして、息抜きの意味も兼ねての外出だった。
行く気はなかったが、部下たちが「外の空気に触れた方が良いです」と勧めて来たため、一度領地を離れた。
まさか、息抜きの地で令嬢に追いかけ回されたり、倒れたりするとは思わなかったけれど。
「これからは、私にもっと仕事を振ってください。お兄様ほど優秀ではありませんが、私にできることもあると思いますので」
「……ブリトニー」
従妹は、呆れかえるくらい真っ直ぐだ。
婚約の件では嫌な思いもしただろうに、彼女は僕を切り捨てない。
「私、どこかでお兄様は完璧超人なのだと思っていました。何があっても、器用に乗り越えていく人だと。でも、そんな人間なんていませんよね? お兄様に対して、今までの私はあまりにも依存しすぎていたと思います」
「謝ることなんてないよ、ブリトニーは何も悪くない。そんな顔をしないで」
敢えて自分の弱みを隠していたのは、僕の方だ。
それをブリトニーが気づかないのは当然のことだった。
責めるなんてとんでもない。
「君がそう思ってくれるだけで、いくらか気が楽になるから」
「えー……そうですか?」
気の抜けた彼女の顔を見て、自然と笑みを浮かべてしまう。
(この従妹には、どこか気を許してしまうな)
そんなことを考えた僕は、ふとリカルドとの会話を思い出した。
あの会話の中で、リカルドは僕に「ブリトニーに気があるわけではないよな」と質問してきた。
とっさに何も答えられなかったのは、どこかで思い当たる節があったからではないだろうか。
(今まで、そんなに風に意識して考えたことはなかったけれど)
僕は、まじまじとブリトニーを見つめる。
(この従妹に対し、無意識のうちに恋愛感情を抱いていたのだろうか?)
彼女について問われると、はっきり答えを返せない。
しかし、「気づかない方が良かった」と自覚する己には愕然とした。
(年上の方が、好みだと思っていたんだけどなあ……)












