72:従兄から言質をとる
王都へ来て二週間ほど経過した後、私はハークス伯爵領へと戻った。
急遽アンジェラに呼び出されて化粧を手伝ったり、リカルドと城下の店を巡ったり。
少し慌ただしくなってしまったが、充実した日々を送ることができた。
(その後はノーラと街に出て、買い物もしたし)
今後は頻繁に王都へ行くこともないだろうけれど、今回で充分に楽しめたと思う。
「おかえり、ブリトニー。王都は楽しかったかい?」
屋敷に戻った私を、いい笑顔の従兄がさっそく労ってくれた。
「はい、リュゼお兄様。面白い経験ができました」
「良い収穫はあった?」
「ありました、これです!」
私は用意していた麝香鹿の香水ビンを持ち出し、リュゼの眼前で開けた。
「…………っ!?」
獣臭い香りに耐えかねたのか、リュゼは口元を押さえて後ずさる。
こんな状況でも、彼の仕草は無駄に優雅だった。
「ああ、やっぱり香りが濃すぎますよね。後日、薄めたものを持って来ます……」
「ブリトニー、君はこれで何をするつもりなのかな?」
困惑顔のリュゼが私に尋ねたので、香水の瓶の蓋を閉めてから彼の質問に答える。
「これで、新種の香水を作ろうと思うのです。瓶の中身は、現在王都で流行っている香水なのですが、この通り野生的な臭いがします。今は獣臭いですが、薄めて他の香りと混ぜると別の匂いになるので」
「そこまで言うのなら……それにしても、王都では変なものが流行っているね」
「異性を惹きつける香りらしいですよ。リカルドは逃げ出していましたが」
「僕も彼と同感だよ。ところで、ブリトニー……」
そこまで言うと、リュゼは私の肩に手を置いて微笑んだ。
先ほどまでとは違う、意地悪な笑みだ。
「婚約者になってくれそうな相手は見つかったかな?」
この様子だと、「どうせ無理だったのだろう?」なんて思っていそうである。
悔しいので、私はリカルドとのやり取りを彼に報告することにした。
「もちろんですよ、お兄様! 私、ブリトニーは、リカルドと再々婚約します!」
「……どういうこと?」
「王都で、リカルドから婚約したいって言われたんです。後日、正式に向こうからお話があると思います」
ドヤ顔で宣言した私なのだが、当のリュゼは難しい表情になった。
(あれ……なんで? リュゼは、さっさと私に伯爵家を出て行って欲しいと思っているはずなのに)
この微妙な反応はなんなのだ? ちょっと、納得がいかない。
「ええと、約束は果たしたので。私、王女殿下の話し相手にならずに済みますよね?」
「……うーん」
「済、み、ま、す、よ、ね?」
「…………約束は約束だものね」
よし、言質はとった。
自らの処刑を回避できた私は、安らかな気持ちで部屋に向かった。
まさか、その後に予想外の事態が立て続けに起こり、全てがひっくり返ることになるとも知らず。












