66:自然と自然風は別物である
私を指差したままのアンジェラは、高らかに声を張り上げる。
「あなただって、それだけ変わったのです。できないとは、言わせませんわ!」
彼女がそう言い終わるのと同時に、黒子のメイドが逃がすまいと私を取り囲む。
本当に悪役が似合う王女様だ。
(アンジェラをなんとかするまで、ここから一生解放されないかもしれない)
王都滞在三日目にして、私は最大の危機に見舞われた。
けれど、彼女は痩せた私を批難した訳ではなく、同じように綺麗に見える方法を知りたいと言った。
美しくなりたい、周囲から評価されたいと思う心は、大抵の人間なら当たり前に持っているものだ。
それを変に隠して努力している者を笑う人間より、アンジェラのようにストレートに希望を告げる人間の方が、私には好ましく思える。
我儘だし、残酷だし、他人に迷惑をかけまくる悪役。
でも、アンジェラの言葉や行動はいつもまっすぐだ。
(色々やらかしているけれど、腐りきった王女様というわけではないのかも。今の時点ではだけれど)
とにかく、私はアンジェラを美しくするまでこの部屋から出られない。
今は、無事に帰ることを考えるべきだ。
というわけで、販促用に持ってきた化粧品をいくつか取り出して机の上に並べる。
黒子のメイドには、鏡を用意してもらうよう頼んだ。
昨日、アンジェラが指摘されていたのは顔の一点。
彼女が変えたいのは、その部分だと思う。
「王女殿下、鏡をご覧になってください。今日のお化粧は、あなたが指示されたものですか?」
「ええ、そうですわ。これは、美しいと評判の貴族令嬢たちの間で流行っている、自然な化粧というもの。こうして、薄く仕上げることで本来の素材の良さを引き立てるのです」
「…………」
私は、鏡に映るアンジェラをまじまじと見た。
確かに、以前の彼女の化粧よりは格段に良くなってはいる。
しかし、これではアンジェラの要望を叶えることはできないだろう。
「ご指摘させていただいてよろしいですか?」
「ええ、そのためにあなたを呼んだのですから。言いたいことがあるのなら、はっきり言ってちょうだい」
「恐れながら……顔の印象の薄い人間が、自然な化粧をしたところで、すっぴんと大差ありません」
「な、なんですって!」
「ひどいことを言ってしまい申し訳ありませんが、私やアンジェラ様のような顔立ちの人間には、自然な化粧は不向きなのです。こういうのは、もともと目鼻立ちがはっきりした女性を引き立てるもの。いくら薄く化粧をしても、地味顔が引き立つことはありません」
「……発言は失礼極まりないけれど、言っていることは正論ね。それで、どうすれば私は今よりも美しくなれますの?」
アンジェラは、私の言葉を受け入れた。
自分の美に関することだけなら、話が通じる王女なのかもしれない。
「私たちのようなぼんやりした顔の者は、自然な化粧風に見える別の化粧をしなければならないのです。子供の頃ならいざ知らず、年頃の令嬢として公の場に出るのなら薄化粧は不向き!」
「だったら、以前の化粧に戻せば良いのかしら?」
「いいえ、それも違います。ただ濃くすれば良いものではありません……というわけで、ハークス伯爵家の化粧品の出番です」
さりげなく、自領の商品を宣伝してみる。
「面白そうね。では、それらを使って、私を美しくしてみせなさい!」
アンジェラが宣言すると、黒子のメイドが彼女の周囲に集まり、化粧を落とし始める。
一から顔を作れということだろう。
私は、黒子のメイドに化粧を落とされたアンジェラに向き直った。
「では、失礼します」
伯爵家で作った化粧水、乳液やクリーム、下地を塗っていき、ファンデーションなどを重ねる。
目は目立つように、けれど下品ではないように仕上げ、鼻筋を通るように自然な陰影をつけ、唇を少し艶めかせる。
詐欺メイクを施されたアンジェラは、まじまじと鏡を見た。
「こ、これは……程良い自然さが出ていますわね」
「化粧なので限界はありますが、多少はお顔立ちがはっきりしたかと」
活性炭とオイルを混ぜたアイライナーに、同じく活性炭とハチミツやオイルを混ぜて作ったマスカラ。トウモロコシの粉に色粉を混ぜた茶色系のアイシャドウ。
頰に乗せるチークの入れ方も、アンジェラに似合うように変えている。
これだけでも、ずいぶん印象が変わった。
「でも、ブリトニーの目の方が、更にインパクトが強く思えますわ」
「ああ、私の目は……まつ毛に特別なものを使っていて」
「それは、なんですの?」
「加工した動物の毛をまつ毛にくっつけているのです。初めての試みで、使用するにも技術が必要なので、自分を実験台にして、しばらく様子を見ています」
私のまつ毛の実験に付き合ってくれたのは、メイドのマリアだ。
手先が器用で石鹸や化粧品の生産に興味を持っている彼女は、実験にも手を貸してくれる。
「そうですの。実験の結果が出たら、その商品を私のところにも回しなさい。あなたのメイドを派遣させるわけにもいきませんから、技術者はこちらで育てます」
「は、はい」
「あと、本日使用したハークス伯爵領の商品を買い上げますわ。他にも、数点見繕っていただけるかしら」
「かしこまりました」
アンジェラはハークス伯爵家の化粧品全種類を大人買いし、更に大量の予約注文を入れた。












