65:王女のお呼び出し再び
私は城の外に停めてある自分用の馬車に向かい、滞在先が異なるノーラは別の馬車に乗り込んだ。
「それじゃあ、邪魔者はここで退散するわね」
彼女は、最後までニマニマした視線を私たちに送ってくる。
リカルドと私の関係を邪推しているようだ。
ノーラを乗せた馬車が走り出した後、私たちもまた馬車に乗り込む。
私を心配したリカルドは、滞在先までついて来てくれた。
「ところで、ブリトニー。一人で男二人を撃退したというのは本当なのか?」
「……そうだけど」
男二人が倒れている現場を見られ、アンジェラに証言されれば誤魔化し切ることはできない。
彼の質問に私は素直に頷いた。
「王女殿下が被害に遭いそうだから出て行って……私まで連れ去られそうになったから、お祖父様に習った護身術を試したの」
「ハークス元伯爵直伝か。すごそうだが、お前は十四歳の令嬢なんだ。あまり危険な真似はするな」
「……うん」
純粋に心配され、むずがゆい気持ちになる。
馬車は安全運転で私の滞在先へ向かった。
「ブリトニー、しばらく王都に滞在するなら、また会えるだろうか」
「もちろんだよ。ノーラと観光したり、王家の二人に呼ばれたりしそうだけど」
後半はちょっと気が重い。
滞在先まで送り届けてくれたリカルドは、私を支えながら馬車を降りると、マリアに引き渡した。
「じゃあな、ブリトニー」
「うん、今日は本当にありがとう。またね、リカルド」
そう告げると、リカルドは緑の目を細めて微笑んだ。
なぜか、胸の鼓動が高鳴る。
(今日の私……おかしいかも)
リカルドを見送った後、私は自室へと戻り、今後の予定を確認した。
王都にいる数日間は、ノーラと一緒に観光などをするつもりだった。
流行を調べたり、ツテを使って近隣のご令嬢にハークス伯爵家の商品を紹介するためだ。
今回の伯爵家の新作商品は、手作りファンデーションだ。
以前は、材料が見つからずに製作を断念したが、ノーラの領地から原料となる石が見つかった。
金紅石と呼ばれる石からは、ファンデーションの原料となる成分が採れる。
これに、同じくノーラの領地で採れた粘土質の泥などを加え、色を整えて、シンプルな製品を作るのだ。鉛のような中毒性はない。
そうして、二つの領土の共同開発で、無事にファンデーションが完成したというわけである。
下地には、植物性のオイルから作られたワックスやクリームを塗り、その上からファンデーションを塗ると肌が綺麗に見えた。
(これは、売れると思うんだよね)
もちろん、他の化粧水や化粧品も売るつもりである。
少々自虐的だが、「あのブリトニーを、ここまでマシな見た目に変えた化粧品」として、評判になって欲しい。
そんなことを考えていると、夜中にもかかわらずアンジェラからの使者が来た。
曰く、明日の午後に王女殿下がお待ちですとのこと。
いくらなんでも早すぎだ。
(そういえば)
私は、今日の彼女の格好を思い返す。
あまり覚えていないが、アンジェラを見た時、そこまで服装に違和感を覚えなかった。
つまり、おかしなドレスではなかったのだろう。
酔っ払いにも指摘されていた通り、彼女の化粧は過剰なほど薄かったけれど。
(私が前に言ったことを、気にしているのかな?)
なんだか、少し複雑な気持ちになった。
※
翌日、時間通りに私はアンジェラに会いに行った。
もはや、逃れることは不可能。ここは、腹をくくるしかない。
王城は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っており、時折役人にすれ違うくらいである。
私を王女のいる客室へ案内している人物は、もちろん全身真っ黒な姿のメイドだった。
「王女殿下、ブリトニー様をご案内しました」
広い部屋の奥にある長椅子に、淡いラベンダー色のドレスを着たアンジェラが姿勢良く座っている。
髪は、少し緩めに結い上げたアップスタイルだ。
やっていることはめちゃくちゃだが、彼女には長年培ってきた気品がある。
メイドに案内された私は、彼女の向かい側に座るよう促された。
菫色の瞳にじっと見つめられると、嫌が応にも緊張してしまうが、以前よりも彼女の放つ雰囲気が柔らかい。
それはきっと、衣装や髪型によるところが大きいだろう。
(というか、私が前に助言した格好そのものだし)
アンジェラの唇は、淡いピンク色に彩られている。
「ねえ、ブリトニー。私、あなたに言いたいことがありますの」
「は、はい……! 何でしょうか?」
痩せたはずなのに、急に発生した汗が止まらない。
二年前の苦情だと、何事もなく帰れる気がしないのだけれど……
「前回のあなたの意見を参考に、ドレスや化粧を見直してみたの。けれど、私の評価は昨日あなたも聞いた通り。以前より多少はマシになったものの、私が満足するには遠く及ばない」
昨日の評価というのは、酔っ払いが彼女に投げつけた言葉を指しているのだろう。
確か「パッとしない」、「冴えない」などと、王女に対して失礼なことを言っていた。
「ですから、あなたに命じます。私を美しくなさい。一人だけ、抜け駆けをするなんて、許しませんわよ!」
アンジェラは、居丈高に立ち上がると、私の顔をビシッと指差す。
(ええ〜っ)
過去のお咎めではなかったものの……
面倒くさいことになりそうな予感がした。












